1-11:ハイエルフ2
キュアリーが部屋を出ると、その場にいたアルト、アリア、そしてファリスがどっと椅子へと座り込んだ。三人とも精根尽き果てた様相で、誰もすぐに言葉を発しようとはしない。ファリスに至っては緊張が一気に緩んだのか必死に嗚咽を抑えようとしている。
「あの方は何を思っているんでしょう、最後の言葉がとても気になります」
アリアはキュアリーが立ち去る間際に残した言葉を思い返していた。そして、その中で語られた平和という存在を考えてみる。戦争の無い事、飢える事のない事、誰もが笑顔を浮かべている事、他にも平和を表す言葉はいくつもある。そして、自分たちの望みもその中にあった。
「わかるものか!俺には理解が出来ん、なぜ力があるのにそれを使わない!その力で救える者達が沢山いるんだ!」
アルトの声は悲痛を伴っていた。そして、それは今まで多くの者達の死を目の当たりにしてきたからこその叫びであった。その思いを良くわかっているアリアではあった。それだからこそアルトには何も助言することが出来なかった。
「今、我々エルフをおいてこの世界に平和を齎す事が出来る種族はありません。でも、その我々ですらあの方の前では赤子と変わりません。私にはあの方がとても恐ろしく感じます」
ファリスのその発言に、アルトもアリアも考え込み、そして結論を出すことを恐れた。それは神に敵対する事と同義に思えたのだ。それでいてアリアにはキュアリーがそこまで悪意があるとは感じられなかった。
「あの方は私たちを見てはいないのではないでしょうか?私たちが動物達を眺める様に、ただ好き、嫌い、可愛い、醜いといった感情以上に私達に関心があるのでしょうか?」
ファリスの更なる言葉にアリアは否定をしようとする。しかし、否定するだけの根拠を提示する事など出来なかった。アリアとて心のどこかでそんな事を思っていたのだった。その為返事をせず、ただキュアリーが出て行った扉を見詰めるだけだった。
その頃、キュアリーは部屋を出て、扉の前にいたセリーヌに持っていた荷物を渡していた。
「ごめんね、最初はもっと温かかったんだけど冷めちゃった。子供達と食べてね、あたしはちょっと疲れたから休むね」
セリーヌはキュアリーの様子を心配そうに見た。そして、その声にも、表情にも明らかに疲れの色を感じた。
「はい、ありがとうございます。あの、大丈夫ですか?」
主語の無い言葉、何が大丈夫なのかははっきりと告げず、それでも二人の間に複雑そうな意味合いの視線が取り交わされた。そして、その後にはキュアリーが静かに手を振って2階の部屋へと登って行った。
そして、階段を上がる途中にキュアリーは足を止めて振り返っる。
「あ、セリーヌさんクマッタの事とか聞かないといけないけど、夕飯の後で聞くからね」
そう言うと静かに2階へと消えていった。セリーヌは、そのキュアリーの言葉と、渡された食べ物と、それ以外の様々な事柄に対して感謝の思いを表し深々と頭を下げる。しかし、キュアリーはその様子を見ることは無かった。
キュアリーは、借りた部屋の中へと入るとそのまま目の前にあったベットへと倒れ込むようにして横になった。この数年処でなく100年近い月日の中でここまで人と会話した記憶はなかった。その為、異常に疲れ切っている事に気が付いた。
そんなキュアリーを心配して、ずっと後ろからついてきていたルルが、キュアリーの顔を優しく舐める。そのルルの頭をキュアリーも静かに撫で始めた。
「うあ~~疲れたね~、なんか変な事口走っちゃったし、突込み役がいないのは辛いね~」
「クォン?」
ルルが何を言われたのか解からず首を傾げる。その様子にまったく気が付くことなくキュアリーはベットの上で枕を抱きしめてゴロゴロとしだした。
「く~~なんでお塩買いに来ただけでこんな面倒事になるんだろう。だいたい、アルルさんが死んじゃったなんて想定もしてないよ、ましてや息子までいるって!アルルさんなら絶対誰とも結婚しないで廃エルフになるはずって思ってたのに!」
そんな事をぶつぶつと呟きながらもキュアリーはいつの間にか小さく寝息を立て始めた。
かつて、この世界に転移してきた者達の一部の者において加齢、容姿の変化などが発生した。当初は明確に歳を経る事が解る人族、獣人族において問題が騒がれた。そして、更に年月を重ねるに従って他の種族でも同様の事が起こっていることが判った。そして、すべての転移者の状況、加齢が始まった時期などの情報を集め原因の究明が始まった。
しかし、その原因は意外にあっさりと判明した。それは配偶者の存在であった。この事に気が付いた転移者はある意味当たり前であるが人族の中にいた。そして、その後数人の転移者達が自ら検証を行う為に子を成した。そして、その途端まるで時間の流れに流され始めたかのように歳を取り始めたのだった。
そして、この事により自分の子を間接要因として転移者達がこの世界に結び付けられた為では無いかとの意見が出た。
そして、一人、また一人と歳を取る者が増え始めた時、誰が言い出したのか歳を取らない転移者達をハイヒューマン、ハイエルフなどと呼ぶようになった。
キュアリーがアルト達に言った事と本来は逆であり、子を成さない為にハイエルフなのであって、ハイエルフであるから子を成せないのではない、ただこの事を知る者はもうすでにいないだろう。
又、恋愛もせず、ただ只管趣味に生きる者達を冗談まがいに廃ヒューマン、廃エルフと呼び出した事が始まりと知る者はなおさら存在しなかった。
ましてや、300年を過ぎた辺りでなぜか髪の色が変化し始めるとは転移者達も想定はしていなかった。
そして、この事を知ったある転移者の発言によってそれは歴史の闇に葬られる。
「これって30年もにょもにょだったら魔法使いにってやつと一緒か?」
その発言者が、発言した後に大きな災いを受けた事も同時に闇に葬られた。
キュアリーが眠りについてしばらく時間が過ぎた時、扉を叩く音が響いた。害意は感じられない為ルルは身構える事もなく首を軽く持ち上げただけである。
「ん?誰か来たの?」
キュアリーはノックの音で一気に意識が覚醒していく。そして、軽く身だしなみを整えた後扉を開けた。
すると、扉の前ではセリーヌと共にいた子供の内年長者と思われる二人の子が立っていた。
「あ、あの、ごはんだから呼びに来たの」
明らかに怯えた様子の2人に対し優しく笑いかけながら、キュアリーはルルへと声を掛ける。
「ルル、ご飯だって、行くよ」
「ヴォン!」
子供達はルルの姿に更に驚き、パタパタと走って階段を駆け下りていった。キュアリーとルルはその後に続き静かに階段を下りていく。すると、階段の下から美味しそうな匂いが漂ってきた。
「あ、結構期待できるかも?でも、ルルのご飯指定するの忘れたなぁ、困った」
「グルルル」
ルルが不服そうに唸り声をあげる為、キュアリーは慌てて頭を撫でてご機嫌を取る。
「大丈夫だよ、もしなければすぐにお肉の塊を焼いて貰えばいいからね!」
「ヴォウ」
ルルはまだ若干不信感を表した目でキュアリーを見る。その視線を受け冷や汗を流しながらキュアリーは宿の奥の部屋へと入って行った。
「あら?なんでまだアリアさんもここにいるの?」
部屋ではアリアが直立してキュアリーを出迎える。そして、深々とお辞儀をした後自分が元老院とキュアリーの橋渡し役についた事を伝えた。
「あら、でもあたしこの街に長居しないよ?それなのにわざわざ連絡役なんているの?」
「え?あの、キュアリー様はいつまでご滞在されるのですか?」
慌てて尋ねるアリアに対し、キュアリーは少し思案した後答えた。
「たぶんだけど、明後日には街を出るかな?」
そう話しながらもキュアリーはセリーヌへと視線を投げ、セリーヌはその視線を受け小さく頷いた。
その小さな仕草にアリアはいちはやく気が付いた。
「この人族の者達が関係してくるのですか?」
「話の展開しだいかな?まだどうなるか解んないし」
探るような視線をセリーヌに向けるアリアに対し、キュアリーは頷きながらも若干首を傾げた。
キュアリーのその様子を受け、アリアはセリーヌに向き直り尋ねた。
「私は元老院に席を置きますアリアと申します。貴方とキュアリー様とのお打ち合わせに私も立ち会わせていただきたい。お願いできませんか?」
「私は元イグリアのクマッタ騎士団所属セリーヌと申します。聞いていただけるなら是非参加をお願いいたします。本来、私はエルフの皆様にお願いがあって訪問したのですから」
セリーヌも同様にアリアへと深々と頭を下げ、共に聞いて貰えるように頼み込む。
場の雰囲気がまるで食事をするのに適さないようになりかけ、キュアリーは咳払いをしてみんなの視線を自分に集め告げる。
「まずは食事を食べてから話しましょうか」
みんなの同意を受け、それぞれが席について食事を始めた。シチューをメインにパン、サラダといった満足できる味と内容に子供達からも笑顔がこぼれる。
ただ、シチューに玉ねぎを発見したキュアリーは、慌てて宿の主人に肉の塊を焼いてくれるように依頼した。そして、もちろんその肉が出てくるまではお腹を鳴らしながら食事を始めるのを我慢する事になった。
この設定は書き始めた時から考えてたんですけど、みなさんからハイエルフの感想をいただいて、このままの設定でいいのだろうかっと悩みました。
でも、悩んだだけで投稿w
結局、キュアリーですから(責任をキャラクターに押し付ける酷い作者!)




