ステージ2 鏡と招かれざる客
「ふもとエリア……だよな?」
俺が思わずこんな声を出してしまったのは、ふもとエリアと呼ぶにはあまりに似つかわしくない全面ガラス張りの部屋に迎えられたからだ。
「こんにちはぁ!」
「おおう!」
先ほどのニャクシーの声ではない声が後ろから響く。
「びっくりした。お前は確か……」
「キャーロットですよぉ、操様」
何だか心なしか話し方がサリエルに似てるような気がする。耳に障る鬱陶しい声だ。これなら喋らないマスコットキャラクターでいてくれた方が良かった。
「ここは鏡の部屋ですぅ。簡単に説明するとぉ、ここでするのは殴り合いのバトルゲームですねぇ」
「殴り合い……? まさか、俺たち2人でか?」
「いえいえそんなことはしませんよぉ。あなたたちが戦うのはこの……」
そう言った瞬間、鏡の中から自分と同じ姿が実体化する。
「自分自身、ですよぉ」
「!?」
突然出てきた自分自身に思わず身構える俺と咲良。
「どうですぅ? この修行パートみたいな展開はぁ」
「ああ、最悪の気分だよ!」
気分は確かに最悪だった。だが、この自分自身と戦うというものにはある大きな弱点がある。
「咲良。俺の相手、任せていいか?」
「……ああ、なるほど。そういうことね。それじゃ、私の方は操に任せる」
それは、2人以上いるのであれば対戦相手をスイッチすることで難易度が格段に下がることである。だが、今回の場合はもう1つ、この試験そのものにある致命的な欠点が存在する。
「まあでも、俺たちがそんなに強くなくてよかったよな」
「まったくね」
俺たち2人は大した強さのない一般人だ。俺は異能力を持っているが、それは回避行動に関してのみ。早い話がただの殴り合いにしかならないのだが、俺も咲良も暴力的な戦いを好まない。それはつまり、どちらと戦うにしても大きな怪我にはならないことを意味する。この自分自身と戦うということは、つまるところ自分自身が強いから成り立つのであって、俺や咲良のような性格の人物には驚くほどに効果がないのである。だから、
「ま、あんたみたいな根暗オタクにはその影の姿はお似合いかもね」
みたいな悪口を言われるだけで俺はダウンしてしまうし、
「咲良を殴るみたいで気が引けるけど……」
俺が一撃食らわせるだけで咲良の影は消えてしまうのだ。
「……驚きましたねぇ。まさかこんなにあっさりと倒してしまうなんてぇ」
キャーロットも感心したような声を上げる。
「それで、次のエリアは?」
しかし、キャーロットはニコニコしている。
「まさか、これで終わりだとは思ってませんよねぇ?」
「……まだあるのか?」
「もちろん。私キャーロットに関するクイズですぅ。これに正解すれば、次の場所が分かるという2段構えのゲームなのですよぉ」
「はあぁ? そんなの分かるわけないだろ!?」
今まで仲良くしてきた友人ならともかく、今さっき知り合ったばかりのマスコットキャラクターに関するクイズなど正解できるはずがない。
「と言っても、正確には私に関するクイズではないんですけどねぇ。では行きますよぉ。私と一緒にいたニャクシー、あのキャラクターの正体を答えてくださいなぁ」
「ニャクシーの……?」
「正体……?」
どちらにしても難問らしい難問に変わりはない。今までのクイズからニャクシーの正体を判断するのは雲をつかむような話だ。
「強いてヒントを与えるのなら、ここに来るまでに名前の出た人物がヒントですよぉ」
「それってどういう……」
「ヒントはおしまいですぅ。あとは考えてくださいなぁ。あと、私の役目はおしまいですので、次のエリアでお会いしましょうねぇ。ではではぁ」
「あ、おい待て!」
言いたいことだけ言ったキャーロットはその場から姿を消してしまった。
「ここまでに名前の出た人物って……」
「ラミエル・ガブリエル・サリエルくらいだよな……」
しかし、どの人物もニャクシーの人物像には結びつかない。他にいたっけかな……と考えて、咲良がふと気づく。
「……いや待って。もう一人いた」
「いや、まさか……ああ、そうだな。いたなそういえば」
言いかけた俺も途中で気付く。そういえば最初のクイズの時に名前が出ていた人物がいたじゃないか。最初の試練も思えば変だった。なぜこの世界に知られるはずもないあいつの名前がアナグラムに組み込まれていたのか。その理由は1つしかない。あいつ自身もまたこの世界に呼ばれてしまったからに他ならないのだ。
「答えは……成田壮一だ」
「正解、でございます」
俺たちがそう答えた直後、どこからともなくニャクシーが現れた。
「もう驚かねーぞ」
「そうでしょうね。……いや、そうだろうなと言うべきか」
ニャクシーだったはずのそいつの姿は数秒と立たないうちに成田壮一の姿へと変わる。
「思えばさっきニャクシーから変な感じがしたのは、お前がニャクシーの正体だからだったんだな。にしても、何でお前までここに?」
成田はばつが悪そうに理由を話し始めた。
「それが、ラミエルをたまたま見かけて後ろからついていったら、上から降りてきたもう一人の天使の目を見ちまってさ」
イービルアイズのことだろう。
「それで何か知らないうちにこの世界に呼び出されたってのか?」
「ああ。んで、いつの間にかニャクシーってマスコットキャラクターにされてた。ただ、お前らがいちゃついてるの見て何となく隠れてた方がいいかなって思って」
「お前相変わらず性格最悪だな。見てたなら言えよ」
すべての行動を監視されていたとなると、手をつないだりしていたことも見られていたということになる。
「いや、ほら、俺にもクイズを出すっていう役割があったし……」
しかし、成田のその申し訳なさそうな顔が恐怖に変わるまでそう時間はかからなかった。
「ねえ成田。このことばらしたらどうなるか分かってるよね?」
「わ、分かってるって」
咲良が何事か彼の耳元で呟いた直後、彼の背中がピンと張る。
「何だどうした?」
「な、何でもない。ところで、次は中腹エリアだろ。チャレンジするのも難しくなってくるだろうし急いだほうがいい」
そう言ってすたすたと歩きだす成田。
「お、おい待てって。そっちは山すそエリアの方だよ!」
俺と咲良は急いで間違った道へ進む彼の後を追いかけるのだった。




