夢の中
目の前に広がる世界はただ暗く何も見えなかった。
自分が本当に此処にいて歩いている、そんな感覚すら失ってしまうほどに、何も見えなかった。
足は確かに動いているはずなのに、自分の体ではなく、他人の体を操作しているような、他人に操作されているような、奇妙なものだった。
それは例えていうなら、夢の中の自分と言えば一番近いのかもしれない。
夢の中に心は持っていけても、肉体は持っていけない。
先ほどまで感じていた歩きづらいサンダルによる足の痛みや、背負ったリュックの重さも高月渚は感じなかった。
白蛇と白鼠はもはや体の一部と化していたので、彼女にとって他者でもなければ異物でもなかった。
ひょっとして夢を見ているのだろうか?
だとしたら何処からが夢で、何処からは現実なのだろうか。
今日佐和山の頂上に着いた時から?九ちゃんが夢?
そんなわけない。今九ちゃんの手の感覚だけはある。
九ちゃんは夢じゃない。あれ?そういえば。
「高遠君・・・・・・・・・・・・・」
彼女は彼の名を呼んだつもりなどなかった。
ただ呟いただけだった。
それは彼女が今最も夢にしたくない名前だった。
今彼がいるという根拠がなかった。
彼の気配も芙蓉の気配も穴の中に入ってから一度も感じない。
「高遠君」
彼女は今度はちゃんと呼びかけた。
自分の声に、これは夢なんかじゃないとわかった。
彼女はもう一度大きな声で呼んでみた。
「高遠君」




