そんなわけないだろう
「そんなわけないだろう、そんな極端な話。高月渚、大丈夫だ」
「そうかなー?」
「ああ、あんたは、何だろうな、あんたは・・・・・・・・・・・・・・・・・」
彼は彼女の黒い瞳を見て、少し考えこう言った。
「そんなに不幸な目に合わない気がする」
「本当?嬉しいな。何か高遠君がそう言うと、本当に大丈夫な気がするよ」
「そ、そうか」
高遠忍からしたら、何の根拠もなく言ったことだった。
唯そんな気がするというだけの、そうであったらいいという、あやふやで願望じみたものに過ぎなかったのだが、高月渚は本当に心から喜んだ。
彼はそんなに不幸な目には合わない気がするという、どちらかと言うと、消極的で、そんなに縁起がいいわけでもないことを口にしたのだが、彼女は「あなたは必ず幸せになれる」とお墨付きをもらったと勝手に解釈した。
ただでさえ彼は神秘のジョブ陰陽師で今の彼女にとって最も頼りになる人間だったからだ。
彼が清廉な白を纏い、静かに揺れる水面を思わせる容貌で、すうっと体に溶けていくような声で彼女から視線を逸らさずに言うものだから余計だった。
彼の背後に浮かび全てを見通すかのように優雅な笑みを浮かべ、豊かな金色の髪をたなびかせるラプンチェルもそれに更に拍車をかけた。
彼女はすっかり安心してしまった。
本体ではないとはいえ、伝説の鬼がすぐ傍で、無邪気に笑っていたというのに。
「そうだよ、ママ。ママのことは酒呑童子がうんと大事にするし、九ちゃん達もママのこと守るから、だから約束守って。僕、ママのこと真っ二つにしたくない」
酒呑童子の切り落としを名乗る子供は、高月渚の腕をしっかりと掴み、赤い瞳をこれでもかと言うくらい潤ませ、けなげな言葉の後にとんでもなく物騒なものを放り込んできた。
高月渚も、流石に気づき、聞き返した。
「ねえ、九ちゃん。真っ二つって?」
「ママ、約束破ると真っ二つになっちゃうの」
「どういうこと?」
「あのね、九ちゃん、ママのお腹に爆弾しかけたの」
「爆弾?どういうこと?」
「時計か」
「高遠君」
「そうだよ、陰陽師よくわかったね」
九ちゃんは高月渚のシャツをめくり、「これ」と高月渚のお腹に書かれた球形の中に十字を書いた絵を指でつついた。
「これ、時計なんだ」
「うん、時計。九ちゃんがね、合図したら針が進んで、一周したら爆発して、ママ真っ二つなの、九ちゃん、そんなの嫌なの、だから約束守って、嘘じゃないよ。人間と違って妖怪嘘つかない」
「えー、そんなこと言われても・・・・・・・・・・・・・・・・・、高遠君」
「真っ二つにしたら、ママになってもらえないんじゃないのか?」
「大丈夫、酒吞童子くっつけられるもん。でも、もうママ元のママにはもどれないかなー」
「高遠君」
すっかり情けない声が出た。
丸腰で戦い方など知らない彼女は彼の名を呼ぶことでしかこの状況を打破する術を持たなかった。
彼女の持つ現時点での最大の武器が彼の名だった。
「お前は本体ではないと言ったな?」
「うん、僕は酒呑童子じゃないよ、本当の酒呑童子はもっと背が高くて、筋肉ムキムキのワガママボディなの」
「九ちゃん、どこで覚えたの?そんな日本語」
「えへへー」
「高月渚」
この期に及んでもまだ呑気な調子を崩さない高月渚を窘めるように彼は彼女の名を呼んだ。
「あ、ごめんなさい」
彼女は流石に悪いと思ったのか、首を竦めた。
「その爆弾、本体である酒呑童子は、もちろん解除できるな?」
「できるよー」
「なら、本体に解除してもらえばいい、高月渚。大丈夫だ」
「本当?良かったー」
「解除しないよ、お嫁さんになってもらうんだもん」
「嫌、解除してもらう」
「なんでー?」
「高月渚を妖怪の嫁にするわけにいかないからだ」
「だから、なんでー?妖怪の何が悪いのー?」
「妖怪が悪いんじゃない、ただ人間との結婚が良くないと言っている。上手くいくはずがない」
「いくよー、いくもん」
「いかない、高月渚は普通の人間だ。妖怪じゃなくて人間と結婚した方がいいに決まっている」




