併殺打
白兎が帰ってから、高月渚は、そっけない自分の返事に後悔しかなかった。
もう少し可愛らしい書き方があったのではないか。
あの一行で終わらせてしまって、馬鹿じゃないだろうか。
せっかく高遠君がボールを投げてくれたのに。
違う、繋いでくれた。
ヒットで出塁してくれたのだ、なのに併殺打。
彼女は逃避するようにフランス革命年表の1791.4.2・ミラボー没の文字を見て、自分の誕生日はミラボーと言う人が亡くなったのだと覚えた。
でもテストには出ないだろうなと思った。
どんよりと落ち込む彼女に白兎が天使のように舞い降りた。
どうやらまだツーアウトらしい。
白兎がくれた白い紙には先ほどと同じ癖のない綺麗な字で「身近で変わったことがあったらすぐ言ってくれ 何とかする」と書かれていた。
高月渚は視界が少しぼやけていることに気づいた。
涙が零れないように必死で両手で目をこすった。
涙腺弱すぎ。
自分はこんなにすぐに泣く子供だっただろうか?
覚えていない。
怖がりだったけれど、泣き虫ではなかった気がする。
昨日から泣いてばかりだ。
でも嬉しい。嬉しくってたまらない。
彼女は「わかった 何かあったらすぐ言うね」と残っていた半分の紙でそっけない返事をした。
繋がった。
短くてそっけないやり取りだけど、昨日のことがなければ彼とこんなやり取りをすることなどできなかっただろう。
やっぱり踏切を渡って良かった。佐和山に登って良かった。
高遠君を追いかけて良かった。
高月渚は白い二枚の紙切れを見つめ、笑みを浮かべた。これだけで当分何があっても笑っていられると思った。
綺麗な字。
そういえば彼の声もそうだった。
癖がなくて透明感があった。この字に似ている。
白い紙に書かれた文字が彼の声に変化しそうで、高月渚は授業が終わるまでずっと眺めていた。
そういえば、朝「おはよう」とあんな大きな声で言ったのは嫌だっただろうか?
ああ、やっぱり直接目を見て話がしたい。
ううん、目は合わさなくてもいい。恥ずかしいから逸らしたままでもいい。
ただ、彼の声で聞きたい。
どんな言葉でもいい。直接聞きたい。どんなことでも。
やっぱり高遠君と話がしたい。
もっと彼のことが知りたい。
まだ全然足りない。
でも今日は彼の字を知った。
それだけで昨日よりも彼に近づけた気がして、幸先の良さに高月渚は頬の弛みを押さえることができなかった。




