解けた暗示
H29年4月2日 宗教の成り立ち部分を若干変更。魔王を封印⇒魔王の前身は破壊神である。
レイナは、占星術を扱う東洋系の父と、タロットや水晶での占いを扱う西洋系の母の間に生まれた。特に母の家系は、西洋系の財政界にも影響のある古い魔女の家系である。そのせいか、彼女は幼い頃から異様に勘が鋭く、そして不可思議な事件に巻き込まれる事が多かった。現在の彼女の表情が動きにくく、言動も淡白に感じられるのはそういった経験からでもあり、彼女の父が、一般人とは違う人生を歩むであろうと、彼女に常に心を平静に保つよう躾けたせいでもある。けれど、そのことも含めて、人知の及ばない事件や一種の神隠しに遭ったとしても、不可解な事件に繰り返し遭う事から人に遠巻きにされる存在になったとしても、彼女は自分を大切に守り、愛してくれる両親と愚弟を愛していたし、ちっとも不幸だと感じてはいなかった。それに、最近になって≪魔女≫を怖がらずに友達だと呼んでくれる存在が出来たのもある。
――あの子、どうしているかしらねぇ。
財政界に影響のある血筋の母のせいか、それとも清廉ながらも異様な存在感を持つ父のせいか、全星間で信仰されている蒼穹神話の祭典では、よくよく、高名な占い師一家としてレイナ家族がパーティに招待される。レイナは大好きな、尊敬する父の頼みもあり、友達との神期祭を諦めたのであった。とはいえ、気にならないわけではない。この、何処の誰が主催しているのか、どういう意味のある催しなのか、よくわからないパーティの後にでも、デバイスから連絡してみようと考えていた。
「失礼いたします、お嬢様」
斜め後ろからした気配が、声と共にレイナの正面に回り込む。パーティの使用人の格好をしているが、レイナはぼんやりした半眼ながらも、その人が、このパーティの招待客にもあたる、名のある人物だと気付いた。しかし表情にはおくびにも出さず、彼の持つ銀のトレーに乗ったシャンパンの入ったグラスと、グラスのコースターにされている透ける程薄いレースのモチーフを静かに眺め、シャンパンのグラスを取る。
「ありがとうございます」
使用人が客に言うのはおかしな状況のセリフであったが、似たような招待を毎回受ける身としては、違和感もとっくに無くなっていた。レイナが好きだと言ったシャンパンを毎回取り寄せてくれ、待ち合わせ場所が察せられるモノをコースターとして使用する、そんな遊びの様なやり取りを彼は好む。物好きなかの人についてはとりあえず置いておいて、レイナは好奇心から、一礼して去っていく使用人姿のその人を、注意して見ていた。それなのに、すぐに紛れて分からなくなってしまう。そういう訓練を受けている人だと、父は何故か知っていて、無表情ながらむすくれたレイナに、こっそり耳打ちして教えてくれた。
一見、ぼうっとしている様なレイナであるが、彼女は自分が目立つ存在であると自覚している。それは、西洋系正統派美人の母の外見を受け継いでいるという話もあるのだが、本当に厄介なのは、両親の生まれにあった。冗談の様な話だが、現代にも続く古き魔女の家系である母方からは、両親も自身も認めていない、はとこの婚約者を宛がおうとしているし、東洋系の亡国に関係があるらしい父方からは、誘拐してまでレイナを嫁にしようとする危険思想の遠縁がいるらしい。レイナと弟のクリスレードは、東洋系と西洋系の貴重な血を両方持つという稀有な存在であり、会ったこともない祖父母や親戚が抱え込もうと狙っている存在であった。
今回シャンパンを贈り、招待してくれたのは、そのどちらの勢力にも属さない、むしろ両者よりも余程影響力のある存在である。かの人の庇護を期待して、何より両親、特に父が個人的に会う許可を出した人物であるので、レイナは気楽に、用意された個室を訪ねた。
「こんばんは」
ノックして入れば、そう言って柔和な笑みを浮かべる、同世代らしき少年が居る。彼はアース系人類にはない、若草色の髪と目を持つ、グランディス系人類だ。それも今話題の、蒼穹神話に入信するという、グランディス系人類の頭領の息子である。この様なパーティに出る人ではないので、今回もお忍びなのだろうと察せられ、レイナはいつもの通りに用意されたテーブルに着いた。
「こんばんは。今日は、何を占えばいいかしら」
「性急ですね」
少しだけ眉を動かし、悲し気な表情を作って見せる、完璧な御曹司。顔立ちは彼自身が言う様に平凡より少し整っている程度だが、金の力かスタイリストの力か、彼は大変立派に見えるし、その所作もよくよく躾けられていて、レイナより余程気品がある。レイナの彼に対する評価は、努力によって作られた貴公子であった。
――でも、底意地が悪いのよね。
レイナは素知らぬ顔をして、カードを取り出す。彼との付き合いは、レイナが小学校に入ったぐらいに一緒に爆発事故に巻き込まれ、瓦礫の中で過ごし、共に救出されて以来なので、気安いものなのだ。そういうレイナの気負わない態度も彼の好みらしく、咎められた事はない。カードを並べてしまうと、レイナは半眼でじっと正面に立つ彼を見て、促した。
「つれないですね。では、いつも通りに」
残念そうな表情と所作を作り、彼は嫌味なのか、どかっと勢いよく前の椅子に座る。弟の居るレイナにしてみれば、彼のそういう動作は構ってほしくてやっている風に見えてしまう。実際そうだと思うが、同世代の弟はいらないので、彼女はさっとカードを切った。彼の守護は、【忌み子】。化け物の半身を持つ天使の姿に、彼は何が楽しいのか、にこにこと笑い、その意味が調和だと知って、舌打ちしそうな顔をしていたのを思い出す。そして今回も、彼を示す中央にそれが来た。そして次のカードをめくった所で、レイナは少し止まる。
「どうされました」
にこにこと、普段から絶えない柔和な笑みを浮かべているが、彼は読みにくいと言われるレイナの機微にも良く気付く。レイナは何も言わずに彼を見て、次のカードをめくった。そこで手は止まらず、次をめくり、そして次へ。全てのカードを提示され、レイナは困惑して彼を見た。普段通りの、内面を見せない柔和な笑顔と優美な仕草。足を組んでゆったり寛いでいる姿は、彼を知る者らからすれば、相当珍しいのだという。レイナの目から見ても、彼は普段と何も変わりないように思えた。だから、変だと思ったのだが。
「カードは、絶対なの」
占いの結果は、自分が生み出したものでなく、世界が提示したモノであるとは、父の言だ。信じられなくとも、世界がそう導くのだと、自身もよくよく知っている。だから、彼を新たに示す事になった一枚を取った。
「貴方の探し物は、人なのね。その人は、やっと貴方の見つけられる場所に出てくるわ」
次の変化を、レイナは意外に思う。彼は普段絶えない柔和な笑みを崩し、嘲笑するように「ふん」と鼻を鳴らした。そうした素が出る事など滅多にない彼の変化は、レイナでさえ、初めて見る。
「漸く、ですか」
爽やかなとか、優し気なと形容される彼の顔は、引き攣った様な笑みに変わり、それが、彼を示す【忌み子】とそっくりになっている様を、レイナはただじぃっと見つめていた。
☆★☆
下から上へ叩き上げる様な鼓動を感じ、万里は目を覚ました。はっと見開かれた視界は横縞のある白い壁紙の天井で、これは昨年変えた自室のモノだと、彼女はゆっくり身を起こす。
ベッドの上だ。そこに寝ていた。
まるで帰るなりベッドにダイブしたと言わんばかりに、服は神期祭用の勝負服だし、部屋の中央に腕時計型のデバイスにポシェットが投げ捨てられて、ポシェットの中身は溢れている。それをじっと凝視して、万里は厳しい表情のままベッド横のデスクに移動し、本立ての中に紛れている15cm四方の折り畳みの鏡を出した。重なっているカバーを開けて、中を覗き込む。
左目は、普段通りの、黒い瞳。
まずそれを確かめて、次いで、右手でそっと頬に触れ、それからすっと下へ動かした。
首は――、手の形には見えないが、指の痕だろう、赤い点が5つ。
死んだと思ったのに、死んでいない。それを確かめて、彼女は散乱する荷物を避けて部屋を出て、何かを探すように見渡すと、明るい光の漏れる1階へ降りた。
階段下りてすぐ右の扉は客間である広間であり、左の扉はダイニングキッチンと居間だ。左手のドアは、中央に半透明のガラスがあしらってあるからか、居間の光が漏れている。誘われるようにすっと手が動いて、万里は静かに左のドアを開けた。ダイニングキッチンは今は用がないので照明が切られ、南側のテレビのある居間に明りがついて、半分暗く半分明るい。現在の自分の中で渦巻いている気持ちの様だと何となく思い、万里はテレビに向かってソファに座り、こちらに背を向けている≪兄≫の姿を見た。こちらを振り返る事はないが、彼女がドアを開けてゆっくりと居間を見たタイミングで、彼は落ち着いた声で彼女に声をかける。
「どうした? 眠れなかったか?」
妹を心配する兄そのものの声。これは万里が望んだ事ではないが、彼なりのオプションなのだろう。自分に兄は居ないし、本来ならこの家に独りきり。夢は覚めたと、万里は少しだけ、苦しそうに笑った。
「≪トラスト≫」
ピタリと彼の手が止まる。彼が見る番組は、人間の情報を集める為のニュースが多いのだが、今日は珍しく、深夜のバラエティだ。人間の冗談なんて理解出来るのか、どんな顔をしてこの番組を見ているのか、ちょっとだけ興味が湧いた。でも。
「なんじゃ、お主」
テレビの笑い声が酷く遠い。ゆっくりと、本当にじっくり時間をかけて振り返った≪兄≫の顔が、歪んでいた。表情は微笑みを取り繕っているものの、もうあんな優しい目で自分を見る事はないだろうと感じられる、酷く無感情な視線だった。それが残念なのは、彼が≪兄≫を演じてくれた時間が、思いの外楽しかったからだろう。
「もう思い出したのか」
「うん」
言って、万里は彼の隣、テレビを一緒に見る様にソファに座った。直後、目に入ったスカートから、彼の嫌いな女神のテーマカラーである自身の服装を思い出したが、特に拒否されなかったのでそのままにしようと、見なかった事にした。彼は、彼女の行動を意外に思ったらしい。「ほぉう」と呟いて、上げた左手で、彼女の頭に触れた。兄として、そうしていた様に。
「良いのか」
「何が」
最後のサービスかもしれないなと、彼の行動を享受していた万里は、問われてそう返す。すると猫でも撫でていた様な手の動きを止めて、彼は偉そうに足を組んで座り直した。万里の座る方とは反対の、右の手すりに肘をついて、拳に頬を預ける。離れた手を視線で追った万里は、自然と隣人の姿を見た。
長めの黒髪を後ろで一本に纏め、黒いハイネックシャツとジーンズの兄の姿は消えてしまい、そこには同じ顔ではあるが、蒼い長い髪に長く尖った耳、縦に割れた瞳孔の同色の瞳を持つ人外――≪魔族≫の姿がある。それまで何も無かった彼の額に、彼の本体である赤い宝玉が現れて、蛍光灯の光を反射した。
全星間で信仰されている蒼穹神話の始まりは、人間を憎む≪破壊神≫と≪女神≫の戦いにあり、万里たち一般人が知っているのは、≪破壊神≫とその配下である≪魔族≫が、太古に人間を支配していたというものだ。そして、長い戦いの末、女神が勝利して、≪破壊神≫や≪魔族≫を滅ぼしたとされる。
しかし万里は、それが少し違っている事を知った。それまでにも何度か、人間を憎む≪破壊神≫の手によって人間達の社会は滅ぼされているという証拠も魔族側には残っているらしいが、かの神は女神と争う中で彼女に敗北し、体をバラバラにされたのだという。その後、バラバラになった欠片が魔王となり、魔族を支えたらしい。
一度は危機を退けた女神が天に帰った隙に、今度は、女神を恨む魔族たちが人々を襲うようになり、再び人々の嘆きに応じて降臨めされた女神は、四人の使徒の祈祷によって真っ青に晴れた空から顕れ、次々と魔族を滅ぼし、彼らの王であり≪魔力≫の源である≪魔王≫を封印したという。
万里の隣に座っているのは、≪魔族≫。それも、彼らを支える一柱である≪魔王≫の一人だという話だ。つまり、人間の敵なのだ。きっと彼が問いたいのは、そういう事なのだ。
「主食は人間と同じ物で大丈夫だって言っていたし、≪神殿≫に見つからない限り一緒に居てくれるって約束した。別に、記憶を改竄しなくても良かったのに、どうして兄になんてなったりしたの?」
彼、トラストと初めて会ったのは、万里の、いや彼の夢の中。女神が人間の元を去って数十万、数千万の年が過ぎた今、≪魔王≫の封印は緩まっており、自然と覚醒の途中――夢を見る様になった。彼らは知的生命体との精神リンクが可能な種族らしく、そうして、たまたま彼と万里の夢の形が一致したのだという。そして、精神的に近い生物の意識の助力を受け、彼らは現世に顕現する術を編み出した。今の彼がそうであるように。
「人間のコミュニティに属するのだ。周囲への説明の手間も省けて良かろう?」
言いつつトラストは、冷蔵庫で冷やしていたはずのジュースの缶を万里に手渡してくれる。いつの間にか、今のローテーブルの上に缶ジュースとビール缶が並んでいたが、≪魔族≫は≪魔術≫という不可思議な魔法が使えるらしいので、きっとそれだろう。女神に封印されている影響は残っており、未だ精神体なのに器用だなと思いながら、万里は素直に受け取った。手渡した彼は、今度はビール缶を自分の為に開ける。
「乾杯。魔王の術を打ち破る、頼もしき我が半身に。正しき契約の遂行に」
言って、彼は軽くビール缶を持ち上げると、口を付けた。万里もそれに倣うが、まだ文句は言い足りない。ずっと家族が居ない一人暮らしを慣れたものだと思っていたが、彼が現世に存在するために万里の存在が必要だと言われて契約を交わす段階で、対価として自身が求めたものは“同居人”の存在だったはずだ。そう言えば、彼は下らないとばかりに鼻で笑い、続ける。
「≪魔族≫との契約は、≪真なる心≫で行う。そこに偽りは入り込めない」
「つまり?」
「お主が欲したのは、単なる同居人でなく、自分を庇護し、相愛するための存在だったというわけよ」
まだまだ一人が寂しい子どもだと言われて、万里はむっと「なにそれ」とジュースに逃げた。
「とはいえ、もう術も効かぬ。であれば、我らは我らで信頼を築くしかあるまい。お主と我の望みは、平和を享受する生活である故、何も問題はなかろう」
ホームステイに来た西洋領の人間のような気楽さで、事も無げに言うトラストに、万里は少しだけ暗い顔で確認する。自分がそうだからから、彼にも家族が恋しいのではないかと思ったからだ。
「本当に、≪魔族≫を復活させる事はしなくて良いの?」
「バカらしい」
トラストはそう言って、くつくつ嗤う。魔王という存在だから、血も涙もないのかなと一瞬考えたが、彼の返答は簡単なものだった。
「≪魔族≫は当に≪表側の世界≫を去り、≪裏側の世界≫で楽しくやっておるわ。お主も片鱗には触れておる。あの、無人の街がそうよ」
蒼穹神話では、残った魔族は魔王と共に封印され、根絶されたと考えられている。蒼穹神話の神殿の関係者が知ったら悲鳴を上げそうな内容をさらりと告げ、彼は「精々」と続けた。
「こちらに残っているのは、人とも血の混じった混血の子孫か、魔王を慕い、封印が解けるのを待つと残った者ども、それから、強く人間に恨みを持つ者ぐらいだな。後者は神殿が狩りつくしているやもしれぬ。もはや、ここは魔族の土地ではない故」
少しも寂しそうでないのはそういう理由かと、万里は彼を見上げた。深夜のバラエティの音量が気になったか、少しだけそれを落として、トラスト。
「接触してくるだろうと想定するは、我が配下の生き残りだが、我は封印の際にあちらに行くよう指示しているし、王が無くともやっていけるだけの土壌は作っている。実際、昨日挨拶には来おったが、特に問題は無い様だ。そして、悪い客である神殿の狂信者どもに、我を感知する術はない。まぁ、再び世界を滅ぼそうとでもすれば違うが、あの頃は状況が状況で、我が意思が入りこめる余地もなし、仕方が無かった事であるので、長らく封印され、自由を奪われておるので、もういい加減、勘弁してもらいたい」
「じゃあ、貴方は、何が望み?」
「――自由」
はっきりと告げ、彼はビールを飲み干した。ジーンズ姿でなく、魔王の装束らしい重厚なマントと、装飾のある飾り紐が揺れる、軍服の様なコート姿の彼であるが、毎晩、晩酌していた兄としての姿が思い出され、万里はちょっとだけ嬉しくなった。「じゃあ」と彼女は提案する。
「私は、貴方の封印を解く手伝いをすれば良いのね」
「出来れば、な。我にも封印解除の検討はつかぬし、お主の意識を借りて顕現していれば、特に問題は無い故、それほど気負う必要もない。何より、神殿に近づかぬ事だ。アレは言葉の通じる連中でないぞ。お主が死ねば、我は再び空気中を彷徨う霞と化す。それでは、困る」
「そうか…」
少しだけ意気消沈した彼女に少しだけ笑い、彼は気安く彼女の額を突いた。
「そうそう。お主、我の言いつけを破りおったな」
えっという顔をして、突かれた額を押さえた彼女は、靴は揃えたかと、慌てて玄関を見る。「違う違う」とトラストは言い、再びゆったりと逆の足を組んで座りなおすと、「それ」と万里自身を指した。
「今日は大人しくしている約束であったろう。それなのに、雑魚と戯れた揚句、我をも危機に貶めた」
「あ、そうだ。あの後、駅で何があったの?」
尋ねられ、「ふむ」とトラストは一度間を作った。何処まで話そうか、どう説明しようか、そんな間だったと思うが、彼はむっと眉を寄せて、その面倒を捨て置く事にしたらしい。
「我は、あのような雑魚には負けぬよ」
あまりにも簡単な言い様に、万里もまた、眉を寄せた。
「一つ目オバケから助けて、家に連れ帰ってくれたって事で良いの?」
「相違ない」
空いたビール缶を振り、飲み残しがない事を確かめて、トラストは頷く。そしてとうとう手持無沙汰になって、テレビを消した。テレビ上の、壁時計は午前二時を指している。
「さて、そろそろ眠るが良い」
促され、万里はソファから立ち上がった。彼女の飲み残しはすっと彼によって手から抜かれると、ラップと輪ゴムで封をされ、彼の手で冷蔵庫に戻される。すっかり人間生活に慣れた様子に、万里はこれもご近所付き合いとテレビ番組の賜物かもしれないと感心した。ぼんやりトラストの行動を眺めていると、ふっと彼の姿がぶれる。次には彼は、兄に擬態していた時の様に、男物のパジャマを身につけていた。欠伸一つし、彼は万里の背を押して居間兼キッチンから追い出す。部屋の電気を消し、階段の電気を付けた。
「詳しくは明日話そうか。おやすみ、万里」
言って、先に階段を上がる。その後ろ姿に付き添いながら、階上に上がった万里は、部屋に消える彼に声をかけた。
「おやすみ、トラスト」