↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君は新世界を思い描く  作者: 志黙アサニ
6/6

水神と浄メ国

 謁見の間・・・、夫人に寄り添われクッション椅子に座る、いつもの総統の前で、ソウが跪いている・・・。眼付きの悪い高官や結い髪の知者もいるその場で、

「そうだ!父の戦功を讃える式典をしましょう」夫の斜め前に身を乗り出して夫人が提案する・・・。そうなるといつも通り、

 総統は政府前の大階段を降りて、近衛部隊が待つ噴水広場へ・・・。夫人に言われるがまま凱旋式を行う運びとなり、それが催される現地へ向かうのだろう・・・。部隊中央に見える高台、足元に車輪の付いたそれに乗って・・・、罠が張り巡らされた〝北港〟へと・・・。


 高台車両を近衛戦車隊や国飼い歩兵が守る形の総統一行は、自由郷を北に出て・・・、荒野を走る道路を進み・・・、荒れた山々の間を抜けて・・・、周りの野山が青く茂り出した坂道を登り切ると・・・、

 向こうに水平線を見る・・・。陸《こちら》側には島々が幾つか浮かび、それらと陸との間の海峡には無数の渦潮が渦巻いている・・・。もっと視線を下すと、

 港町が見えて・・・、足元の下り坂はそこへと続いている・・・。

 港は、細かくは凸凹しているものの、全体的には円形か多角形に近い形で・・・、その凸部分、波止場の左右には、何隻もの船が間隔を開けて並び泊まっている・・・。灰色で近代的な戦艦に見えるそれらは・・・、

親父殿と呼ばれていた、火臣ラガナが乗っていたもの・・・。洋上にあった大艦隊は既に、凱旋式が行われる港に到着しているようだ・・・。それを率いていた中年軍人はというと・・・、陸側、

 開けたコンクリート地面の上に立っている・・・。ユラユラと逆立っていた髪を後ろに引っ張り寝かせたオールバックの髪型で、軍服の胸元もしっかりと締めた、身なりを整えた姿・・・そんな彼の視線の先には、

 左右に見える群衆・・・、それらの立ち入りを阻むように敷かれた、ポールを繋いだロープ・・・、そんな規制ラインを二つ置くことでその間に、車両が数台横に並んでも通れるほどのスペースが作られている・・・。そうしてコンクリートの上に設けられた道の先・・・、町並の中央を貫く道路の奥・・・、青山が見える方から来る集団・・・、

 それにラガナが気づくとともに、

「聖太陽万歳!浄化総統万歳!」人々の歓声が聞こえてくる・・・。

 道路の脇に設けられた異様に広い歩道で声を上げる国民達、その後ろにある建物の窓からも同様の礼讃の声が上がっているが、それらの歓声に包まれる集団、その車両群の真ん中には、台形の立体、正四角錐台というらしいが、そんな形をした立体が聳え立っている・・・。四つの大きな車輪を足元に付けたそれ・・・、その高台の上には・・・、

 謁見の間が再現されている。高台全体と同じく白い床に紫のカーペットが敷かれ、段差を二つ上がってから座布団の玉座まで続いている。当然、背もたれ付きの座布団には総統が胡坐をかき、その横にいつものように引っ付いているわけではないが、ちょっと離れた座布団に夫人が正座している。それらの前には、段差を二つ降りたカーペットの左右に政府の重臣高官らが立ち並んでいる。まず、保守派の眼付きの悪い男と太ったチョビ髭、次に、五行臣の一人、水臣ソウ、後は、保守派の若い知者と、残るはよく知らない有象無象・・・。

 そんな天開の謁見の間。人々の歓迎の声に包まれる中で・・・、保守派の知恵袋が何かに気づくと、

「なぜ奴が!」同時に眼付きの悪い高官が声を出して反応する。彼らの見る先には・・・、

 両手を上げて騒がしい民衆の中で、着物姿のカイセが歓迎のポーズも見せずに突っ立っている・・・。それが逆に目立っている彼の後ろにはスーツの護衛二人も見えるが・・・、そんな木臣代理一行を見つけて、異様に動揺している保守派の二人に、

「私が呼んだのです」カーペットを挟んで迎えに立つソウが応える。

「後で環境再生について色々教えてもらおうと・・・」そんなカイセがこの場にいる理由・・・。それを聞いた結い髪の知者だが・・・、

 再び要注意人物へ向けたその顔はまだ心配そうで・・・、懐から端末を取り出して・・・、

「木臣代理が来ている・・・」群衆の最後尾にいるカイセらの、後ろに見える路地へ目を遣る・・・。そこには、物陰に人影が隠れていて、

「「そちらの動きにも、警戒しておけ・・・」」紺色軍服の彼らへ、若い知者の声が指示する・・・。

 そうこうしているうちに、動いていた周りの景色が止まり謁見の間を揺らしていた移動による振動が収まる・・・。

 聳え立つ高台車両が親父殿の眼前で停車した様子で・・・、高台の側面、壁の如き急斜面を彼が見上げると・・・、斜面の一部が等間隔で手前に来て垂直な壁に、というか段差になる。そうして高台頂上まで続く階段が現れ、車輪分地面から浮いている分を車両下に折り畳み収納されていた数段の階段が補うと・・・、親父ラガナは地面擦れ擦れの初段に足をかけて、高台の側面を上っていく・・・。そして、

 階段を上り切り、カーペットの端を踏んだところで・・・、いつもの謁見の間を見る・・・。奥へと続く紫の敷物の左右に国家の重臣らが並び立ち奥には座る総統夫妻・・・。そんな感じの高台の上、いつもより大人しい髪型の男はカーペットを辿り、政府高官らの間を抜けて、夫妻が他より高位であることを示す段差の前で、跪く・・・。

「お久しゅうございます・・・。総統閣下・・・」片膝を着いた中年は頭を下げ、

「火臣ギ=ラガナ・・・。海賊討伐より帰還いたしました・・・」俯いた状態のまま、そう続ける・・・。これに、

「おお、久しいな・・・。ラガーよ。そして」好意的に笑みを浮かべて応じる総統、

「遠征、ご苦労であった・・・」深々と頭を下げる義父へ労いの言葉をかけてから、

「早速の褒美を・・・」何かを探すように周りをキョロキョロと見始める・・・。その様子に、

 左右に控える重臣の一人、結い髪の知者が、前に出て何か助け舟をだそうとするが、

「いえ、閣下・・・」向けてくる大きく汚らしいゴツゴツとした手のひら・・・。その向こうで、

「先ずは、我が戦功をご確認ください・・・」顔を上げ立ち上がったラガーは、その軽く開いた手で後方を指し示す・・・。それに促されるままに、

 総統閣下は立ち上がり、下り階段の方へ進んでいく親父の背を追おうとするが、

「お前・・・?」座ったままで同行してくれない様子の夫人へ振り返る。

「ここまでの移動に疲れましたので・・・、私はここで待っております・・・」いつかのように付き合いの悪い彼女は、《《疲れている》》というより、やる気がない感じに見えるが・・・、

「残念だが仕方がない」総統もいつかのようなそんな顔で、彼女を置いていくようだ・・・。そうして最高指導者が、〝戦功〟へと案内するという臣下に追従すると、

 謁見の間にいる高官らも続いて、ぞろぞろと下り階段のほうへ歩き出す・・・。その中にいた、頭頂部で髪を結っている若者、

「カメラも来い」こちらを向いて命令してくる。

 謁見の間の様子を映していた人民服のカメラマン・・・。「は、はい」と、仕事道具を設置されていた台から外して、

 それを抱えて、戦功確認へ向かう集団を追う。

 高台側面の階段を降りていく集団。ラガナに追従する総統らの前に・・・、

 着物姿の二人が跪いている。紫と白、それぞれ異なる髪色で、同色の女ものの衣を纏った彼女たちが、硬そうなコンクリートの地面に正座して平伏している。

「彼女たちは?」階段を降り切った所で総統が、先導者に尋ねると、

「北海原住の長達です・・・」義父は低姿勢な彼女らへ目を向けて紹介する・・・。

「海賊に住処を荒らされ、共通の敵ということで海賊討伐に協力して貰いました・・・」

「おかげで私も主命を果たせたわけですから・・・」

「褒美に、北海で前のように暮らすことを許してやってください」

「あれらはそのために・・・」

「ああやって閣下の庇護を求めているのです」そうして、ひたすら顔を伏せている彼女らについて話したラガナだが、

「しかし、後にしましょう・・・」そんな必死らしい原住民を他所に、凱旋式進行役は体の向きを変えて、

「それよりも今は・・・」

「こちらです!」船への階段の前辺りを指し示す。

「天下に悪名轟かせし大海賊!北海王!」そこには、晒し台に浮浪者ような男が繋がれている。どこかの洋上、船の甲板にあった時と全く同じ状態の彼だが、それを見て、

「そんなに大人物か?」総統は近くの若い知者に尋ねる。

「ただ犯罪者ではないですね・・・」知者は応えて、

「北海の島々で補給してもらう代わりに、そこの住民らを水神やらから守ったりしてましたから・・・。その名の通り、かの海の王か指導者のようなものでしょうか・・・」北海王という存在を教えてくれる。そんな話を踏まえて、

「そんな男の首こそ、私が見せびらかしたい戦功です」こちらに笑顔を見せるラガナは、それを大袈裟に手で指し示す。そして続けて、

「海賊討伐が成されたこと、そして北海が我らのものになったことを見せつけるのに・・・」

「かつての支配者のこの様ほど、分かりやすいものはないでしょう・・・」と熱弁・・・。それと共にカメラが近づき、どこかへ放送されている映像が、みすぼらしい王者にズームする・・・。

(国民に、そして国外にか・・・)同じ様《ざま》を見る髪結いの知者のそんな心中・・・。その前で、総統が捕虜に近づき、

「生きてるのか?」首が拘束され俯き目元が陰になっているその顔を覗き込む。問いに、

「一週間くらいその状態にしてますが・・・」と晒し台の隣に立つ火臣、

「たぶん生きてるでしょう・・・」いい加減な感じで答え、

「タフな男ですから・・・」生気無き北海王を見下ろし微笑む・・・。扱いの酷さに、

 総統ら観衆は引いているが、そんな静寂の中から、

「さて・・・」と切り出した進行役・・・、

「後はオマケのようなものですが・・・」と手を前に差し出し、案内する様子で進み出す。

「他の戦利品をお見せします・・・」と続け、向かう先には・・・、灰色の艦船・・・。

「まず・・・」とそれに乗り込むための階段に足をかけた進行役は、

「そ奴が、率いていた大艦隊です・・・」金属っぽい船体を背に、港に犇めくそれらを紹介する・・・。

「ご存じの通り・・・」

「大陽国には、海軍戦力は皆無です・・・」

「それはそれらを扱う人材についても同様ですが・・・、幸いにも」

「接収したものは全て、自動操縦・・・」

「しかも、旗艦からその全てを操作でき・・・」

「必要な人員は、指揮官一人で十分です・・・」そんな説明を続ける凱旋式進行役・・・。戦艦中央の塔の足元辺りまで来た彼の後ろには、船の甲板上に総統一行が変わらず続いているが・・・、

「操船役として海賊共をこちらに引き込むこともかないませんでしたが・・・」その火臣の言葉で、保守派の知者の顔色が変わる・・・。

「そういう性能なので、即戦力として問題ないはず・・・」と続ける中年軍服を前に、

(待て・・・)

(「取り込んだ海賊共で襲撃する」という話ではないのか!?)何らかの違和感に、心中で戸惑っている・・・。その動揺に、振り返る火臣も気づき、

(あ奴がどう言って連中をおびき寄せたかは知らんが・・・)

(それと、今の発言に違和感を覚えたようだな・・・)そんな思いで、頬に汗を見せる知者を見る・・・。すると、

(それじゃあ・・・)凱旋式の案内役は正面へ顔を戻し、

 傍らにある灰色の壁に手を置いて、

(ここまでだ・・・)硬いそれを、指先で何度か小突く・・・。戦艦中央に聳える司令塔の、その足元をそうして叩くと・・・、振動は船底に伝わり・・・、そこから海中に響いて・・・、それに・・・、

 未だにコンクリート地面で伏している、〝北海原住民の長〟の一人が反応して、白い髪と着物の彼女がその瞳を開く。その尻の辺りで地面に接している長い髪からは液体がしみ出していて・・・、尾のようなそれが波止場の端まで続き、そこから海面にまで流れ落ちている・・・。そんな感じで水辺で蹲っている彼女らなのだが・・・、

 船上を案内される一行が前を横切ると、その場から姿を消し・・・、次の瞬間には、一行が動揺して見上げる前に、

 こちらを呑まんばかりの高波を連れて現れる・・・。絶壁の如く上る水流と腰辺りで融合した、白と紫の着物姿の女たち・・・。さっきまで伏していて見えなかったその顔は、北海王の一味とやり合っていた、女の姿をした液体の怪物達・・・。

(思ってたより高いじゃないか・・・)それらへ合図した中年はそんな思いで見上げてから、

(これなら問題なく・・・)その目を逸らし、

(高台も飲み込めそうだな・・・)高台のほうを意識する・・・。

 政府要人一行を北港《ここ》に連れてきた、その車輪付きの高台だが・・・、総統夫人が残るこちらから見ても、怪物の生み出した高波は、高所のそこすら呑まんばかりの高さに見えている・・・。

「何?」目の当たりにしたエン夫人がそう動じながら溢すと、

「〝水神〟ですよ・・・」その後ろから声変わりしそうな青少年の声がして、弟ソウが歩み寄ってくる・・・。そして続けて、

「北海で恐れ敬われる存在で・・・、簡単に言うと」

「液体生物です・・・。水を吸い無限に大きくなるアメーバのようなものでしょうか・・・。しかも肉食の」

「つまり、あれは・・・」と姉の隣まで来た青少年士官は、

「海水をいっぱいに含んだそれが、港に集まった獲物を喰らい尽くさんとしている状況ですね・・・」目の前の高波が、液体生物が大口を開けた姿であると教える・・・。そんな危機的状況に・・・、

(親父共に謀られたってこと?)という心中で弟を横目に見るエン。その視線を正面に戻すと、

(天災でしかないこれで、あたしを殺そうとしてるの?)重力に逆らい上る水流の壁・・・。港の全てを飲み込まんばかりのその規模に、

(でも、そんな無差別な殺戮・・・、自分達も危ないんじゃあ・・・)そんな思いで、親父のいる戦艦のほうを見下ろす・・・。

「水神です!」注目の中年が、後ろの総統一行へ声を上げる。そして、

 司令塔の足元にある扉へ近づき、そのドアノブを掴んで、

「早く船内へ!」要人らを安全地帯へ促す。それを、

(糞親父め!)苦々しい表情で見る養女。養父の声が聞こえている訳ではないだろうが、

 要人らが船内への入口に集まる様子から、

(その中が安全地帯・・・)それを察して、

(あたしが高台《ここ》に残って、あの場に行かないと踏んで・・・)父に謀られた事を悔しがる・・・。が、

 突然驚いた顔になり、

(開かないの!?)と見る先で、父がドアノブを弄りながら戸惑っている・・・。すると、

「あの人を殺す必要はないのですが・・・」彼女の隣にいる弟が口を開いて、

「《《共々に》》船内に逃れられては困りますからね」父を陥れた様子で、船のほうを見下ろす。その視線の先には、

「あの〝聖太陽〟に・・・」観衆からそう呼ばれていた太っちょの独裁者・・・。話から、

(動機は知れないけど・・・)弟へ流し目するエンは、

(狙いは〝あの人〟で・・・。そのために)

(《《ついでで》》あたしや糞親父は殺される訳ね・・・)迫る高波を前に、自らが置かれた状況を理解する・・・。

(でも・・・)懐、着物の中に手を突っ込んだ彼女・・・、次の瞬間には、

「あんたの身は安全なんでしょ?」と、弟に首元に刃物を突き立てている・・・。そこから続ける姉は、

「何なら・・・」透明な氷のような刃を喉元の肌に当てて、

「その水神とやらを思いとどまらせてくれない?」怪物らを従わせている様子の弟を脅迫する・・・。すると、

「流石姉さん・・・」後ろの姉を横目に無表情の彼、

「この状況では、《《これ》》が最善・・・」

「僕を使って水神《彼女ら》を脅せば、確かに事は収まります・・・」全く動じてない感じで、その行動を評価する・・・。そうしてから、

「ですが・・・」と、その人差し指を伸ばすと、その指先から雫が垂れて・・・、落ちる水滴は、尾を引いて空中を駆け、

 脅迫者の脇腹を貫く。そして彼女の驚愕の顔と共に、

「それは、適いません・・・」と弟の声・・・。

 崩れ落ちる彼女の前では、その身を貫いた液体が宙を舞い、上昇してから地面に落ちると、

 出来た水溜りから、少女の上半身が生えてくる。それを見て、

(水神?!)という心中のエン・・・。その茶髪の小娘の後ろに士官服の足元が見え、

 弟が見下ろして話す・・・。

「僕に従ってくれるのは・・・」

「三個体・・・。なら当然、一柱《ひとはしら》くらいは・・・」

「身を守る用に手元に置いてます・・・」そうして液体生物を使って姉を返り討ちにした様子のソウ・・・。その前で腰から上くらいしかない少女が前のめりになって、倒れ苦しそうな女の顔を覗き込み、

「急所は外れたみたい・・・。どうする?」

「止め刺しとく?」後ろのソウに確認する・・・。それに、

「必要ないでしょう・・・」と応じた彼が、向こうを向くと、

 間近に迫り来る海水の壁・・・。高台の頭上を覆い、その場を影に包んだそれは、

「どうせ・・・」

「全て、喰らい尽くされる・・・」そんな言葉ごと、全てを飲み込んだ・・・。



 大波は横に広い建物の側面に打ち寄せ、倉庫らしきそれらの間を通る道路から町の奥のほうへもその魔手を伸ばそうとしている・・・。観衆が集まっていた海辺の広場は既に例の液体で満たされ、その中で起こされる激流に人影やら車両が弄ばれている・・・。そんな液体生物の蹂躙の中・・・、

 一部、水が流れていかない、コンクリート地面の見えている場所がある。水流が不自然に避けて出来た安地・・・、そこを、人影が歩いている。

 士官服でワカメ髪の青少年、ソウ・・・。水神を操ってるらしい彼の歩みに合わせて、安全地帯も移動しているようだが・・・、

 突然、その歩みが止まり、

「母さん達!?」と溢したその周りに、着物姿の女達が転がる。白と紫、そして明るい茶髪、そんな独特な髪色で、美女、美少女の姿をした水神達・・・。それらが冷や汗をかき、苦しそうにコンクリート地面の上に臥せっている・・・。そして・・・、

 繰り手を失った激流は、徐々に勢いを失い水嵩も減っていって・・・、ついには、港のコンクリ地面に水溜りが幾つか残るだけになった・・・。

 そうして水害が去った状況で、青少年士官は向こうを見ている・・・。

(生きている!)という思いで見るのは、ずぶ濡れで尻餅を付いた総統・・・。

(あっちはその上に、絡まれている・・・)と向いた別のところでは親父殿も・・・、この間の海賊達にマントの子飼い共々取り囲まれてはいるものの、ひとまず生きている様子・・・。他にも、

 若い知者を含めた政府高官達、凱旋式に集まった観衆達なども各所で動き出しているようで・・・、そんな高波の被害が大した事ない様子を見渡すと、

(水が引くのが早すぎだ。あれでは消化どころではない・・・)首謀者はそんな感想。そして、

(木臣め・・・)温和な感じの環境再生地区長官代理、カイセを見る。いつものボディーガードに身を挺して護られている様子だが、

 そちらへ険しい顔を向けるソウは、

(他にも対策を仕込んでいた訳か・・・)この男こそ、企みを台無しにしてくれた原因と考えているようだ・・・。

 同じく男を睨んでいた紫髪の水神《母》。前のめりに倒れていた状態から、

「くっ!」と溢した声とともに起き上がり、同時に右手を持ち上げると、

 液状になって伸びしなるその腕の先で・・・、虫食いと腐敗だらけの巨大怪魚を尻尾から釣り上げる。

 怪魚《それ》は宙を舞う中で目覚め、鋭き歯を剥き・・・、繰り手を痛い目に合わせたらしい男、木臣カイセへと襲い掛かる・・・。

 が、ひし形紋章のBG《ボディーガード》がその巨体の腹を掌底で打ちいなし・・・、巨体《それ》とのすれ違いざま、その尾から生えた透明な管状のものを、

 その手刀で断ち切る。それを見ていたソウは、

(水神《母さん》の身体を手刀で?いや・・・)驚く心中の後、

「手袋か・・・」そう溢し、その隣で、

「マズいわ。あれは」怪魚を操っていた液状の腕を戻した母は動じている様子で、

「逆に食われる感覚だった・・・」その身を切り裂いた黒手袋のBGを見つめる。

「水神《こちら》の体質を調べた上での、特殊素材か・・・」同じ方向を見ながらそう推測する士官服の息子。その心中では、

(しかし・・・)

(あれではない・・・)という具合で、険しい顔を見せる。

(あれでは、奴一人を守れる程度・・・。こうも被害を抑えた原因ではない・・・)

(液体生物《母さん達》の身を削り、〝人喰らう高波〟を無力化せしめた何かが・・・)企てをダメにしてくれた原因を探しているようだが、

(他にも・・・)思考する足元に、どす黒い皮を剥きかけた白い実の果実のような球体が転がっている・・・。

「おそらくは・・・」同じ物体を見ていた保守派の知恵者、

「木臣殿が仕掛けたカウンターの罠・・・。我々はまんまと水神の射程にまでおびき寄せられましたが・・・」

「あの方が水神対策をしていたおかげで命拾いした・・・」周りで未だに倒れている同僚達に状況説明をしているようだが、

「だったら・・・」その中の目付きの悪い高官が口を開き、

「さっさと其奴らを殺せ!」遠くに見える木臣(代理)へ、聞こえるはずもない場所から吠える。

「無理です・・・」言っていることを察してか、それに半眼で応える木臣カイセ。

「有効的な技術は全て、受け身なもの・・・」

「水神対策の罠は相手が仕掛けて来ないと発動しませんし・・・、水神《奴ら》を殺せる特注スーツは、着てる連中が〝殺し〟は専門外・・・」

「という旨、伝えてきてくれ・・・」隣にいるBGへ命じる。

「総統を護りに行くついでに・・・」と続けるそれに、動き出す彼は、

「了解・・・」と返事して、

 倉庫脇に転がる人影に向けて駆けていく・・・。その背に見向きもせずに木臣は、

(そして・・・)

(この殺意のない姿勢から察してくれるだろう・・・)開けたコンクリート地面に立つ四つの人影を見る。

(《《彼らも》》・・・)という思いで、ソウ及び水神たちを・・・。


(水神《こちら》を滅ぼすつもりはないと・・・)遠くに木臣を見ながらソウは察している。攻撃の意思はないらしい男の前には、もう一人の若いBGが進み出て同僚の代わりに護りに入った様子で・・・、

(あなた達、〝浄《きよ》メ国〟としては・・・)とそれを視認してから、

(でも・・・)

(穢レ国は別だろ!)今度は、総統へと目を向け、

(奴らが〝環境再生〟を推し進める限り、脅威であることに変わりはない・・・)と考えると、

「ならば・・・」

「それを除く、この絶好の機会・・・」開いた手で彼らを指し示し、

「逃すわけないだろ!」の息子の声とともに、白き水神《母》シラナミが動く。

 彼女はその白髪の延長に生み出した津波に乗りコンクリ上を滑って、その押し寄せる水の圧倒的なスピードと質量で総統《標的》を呑まんと迫る・・・。が、

 紺色軍服を着た歩兵らが二人ほど、それを庇う様子で立ちはだかる。路地に隠れていた国飼いの歩兵のようで・・・、彼女が尻に敷いた大波なら総統諸共に吞み込めそうな感じ・・・。そんな簡単に押し流せそうな護りなのに・・・、

 シラナミは怯み、率いた津波を止める。

「また!」茶髪少女の水神が、何時ぞやのように情けをかけた様子に怒るが、

「いえ」と幼い母を宥めるソウ、

「足元を見てください・・・」護る歩兵らの足元へ目を向けさせる。

「玉葱?」母が思わず溢した、そんな風体の球体が幾つか転がり・・・、カウンターの罠とか水神対策とか言われていたそれが置かれている故に、白髪の水神《母》は躊躇ったようだ・・・。そしてその状況に、

(保守麒麟か・・・)士官服の青少年は何かを察し、保守派の知恵者を見る。

(伏兵共に運ばせていた・・・)続けるそれによれば、総統を護るために手を打っていたらしい若者。今はどこかへ連絡している様子で・・・、

 同時に総統のもとに装甲車が駆けつけ、

「こちらへ!」その声とともに車両脇の扉が開く。

 扉が閉まり発進する車両・・・。行く手を遮る歩兵越しにそれを確認したシラナミは、

 尻に敷いた大津波を滑らせ・・・、

 装甲車の後ろから迫る・・・。総統を乗せたそれは、

 少し走ったところで・・・、滑ってきた津波に車輪を持ち上げられ、推力を失った車両全体も忽ち白髪水神が駆る水流に呑まれる。

 車内では両脇の扉辺りから浸水し、動転する総統と運転手。マズい状況にある車両を足元の水中に見下ろし、

「あの場を離れたのは、失敗でしたね・・・」と白い髪の彼女。

「いや・・・」それを否定する男の声。聞こえた方を見ると、

「ナイスです。麒麟児殿」と、恐るべき特殊装備のBG《ボディーガード》が、こちらに飛び掛かって来ている。対水神素材で覆われた手刀を胸元に構えるそれを、

(天敵のほうへ誘われた・・・)という思いで見るシラナミ、

 次の瞬間、水神は上腕と胸辺りで上下に両断される。大波と繋がった長髪も断ち切られ、

 重力のまま落ちていく切られた毛先・・・。彼女は背中辺りまでになった白髪を伸ばし、それを繋ぎ止めようとするが・・・、黒手袋に頭を鷲掴みにされ、

 大波と繋がったそれから引き離される。そして、

 BGは乱暴に胸から上だけの水神を地面に叩きつけた。その結果、

 総統が乗る装甲車を包んでいた海水擬きは、萎みながらコンクリート地面に広がり、そうして解放された車両から、運転手と総統が浸水した水とともに飛び出す。

 脇の扉が開いた車両の横で、尻餅を付いたり四つん這いになって息を切らす二人。そこに、

 皮が剥がれ肉が抉れ骨まで剥き出しになった無残な姿の魚達、怪魚の群れが波の如く押し寄せてくる。呑まれた近衛服の運転手はグロテスクなそれらに貪り食われるが・・・、総統は、

 黒手袋のBGに押し除けられ難を逃れる。代わりに対水神スーツの彼が巻き込まれるが、

 ゾンビのような魚達を前転して払い除けながら、貪る群れから脱する。一回転した後のしゃがんだ態勢で糸目男は少し瞼を開き細目の間から青い目を覗かせると、

 後ろから飛んできた何かを、後頭部手前で掴んで止める。

 それは細長い魚で先端が鋭く尖っている。そして、

「身を削ぐというなら・・・」という女の声。

「遠くから弄るまで・・・」いやらしい表情をした紫髪の水神が、リング状の武器のグリップを握りその銃口らしきものをこちらへ向けている。リングは透明な水槽のようで中では細長い魚が泳いでいる。これがグリップに付いたトリガーで解き放たれる感じの遠距離武器のようだ。彼女は直接触れることのできない天敵に対し、これでじわじわと攻め立てるつもりらしいが・・・。それを背に見向きもしない糸目のBGは、前方に手を伸ばし、

 総統の胸倉を掴んで、地面にひれ伏させる。それとともにその頭上を細長い何かが通過・・・。さっきの魚の弾丸だろうが、それが別方向から飛んできた様子に、


(どこから飛んできた?)少し低いくらいの若者の声。木臣のBG、もう一人の若い方が遠くからそれを見ている・・・。その視界には紫髪の水神も見えていて、

 腸をリング状に繋いだ彼女は、それを風船のように膨らませ透明になったところで骨の輪でその太さで固定。その中に手を突っ込むと、その手を液体にして流し込み、一緒に細長い魚も放流する。そうして魚を発射する水槽銃、その弾倉が出来たわけだが、蠢く紫髪の彼女がそれを隣に渡すそぶりを見せると、

 渡された先で弾倉が消える・・・。もう一方の手は足元に伸ばしていて、

 そこから水槽銃を取り出した水神は、総統らへの射撃を再開。放った魚の弾丸は真っ直ぐ総統を狙い、同時に別の方向からBGへ鋭利なその口が迫る。先ほどと大差ない《《二方向》》からの攻撃だが・・・、しばらくそれが続けられると、

(今度は三方向・・・)また違う方向から魚が飛び来る。丁度総統らを三点で囲うような位置からの射撃に、

(さっき消えた水槽弾倉か・・・)心の中、続ける若きBG。辺りを見渡し、ソウの近くにいる茶髪少女を確認してから、

(白いのがいなくなってる)シラナミが糸目BGに叩きつけられた地面を見る。そして察した若いBGは、

「マズいですね・・・」状況から溢す・・・。隣で木臣カイセが聞く中続け、

「おそらく白い方が、見えない砲台を設置して回っている・・・」

「あのまま射撃地点が増えていけば・・・」四方向からの射撃も、難なく交わし総統も護る上司。その運命について話そうとしたところで、

「時間の問題か?」カイセが口を挟む。

「果たして時間は・・・、どちらの味方だろうな・・・」驚くBGに続け、

「この場は、こちらが多勢・・・。今はそのほとんどがダウンして使い物にならないが」

「ああして時間が掛かるほどに」

「味方が態勢を立て直し・・・」

「状況は有利になる・・・」そうして話す間にも見えない水槽砲台が増えて、総統を任せたBGは将に四方八方から狙い撃ちされている状態だが・・・、彼によればこれで順調らしい・・・。それがわかっているのか・・・。向こうの人影の一つ、

 相手《ソウ》のほうは顔に汗を浮かべてもどかしい表情をしている。母の一人を傍に置き残り二人が総統《標的》の討つのを待つばかりの彼が、

(幸いにも・・・)

(もう一人の厄介なのは、動けない・・・)そんなことを考えていると、

(このうちに、総統を・・・)焦っているその横っ面へ、飛び来る何か。

 淵に刃のような光沢がある鱗・・・。顔辺りに突き刺さらんとする刹那、捉えたその凶器は、

 斜め下から突き上げた液体によって弾き飛ばされ、そうして護ってくれた水神《母》の後ろで、

(この鉄羽根は!)ソウはその投擲武器の使い手に心当たりがある。後ろに気配がして振り返ると、

(ジョマ・・・)マントを纏った童、彼にとっての妹だか弟だかが迫っている。眼前でその子がマントを払った瞬間、下から液体が包み込み、

 目が点の液体マスコットが、ソウの身を大きな口で吞んで飛び上がる。ジョマのマントにその丸っこい腹を裂かれながら、

 仰け反り宙返りして・・・、盛られた山のような形で着地。こうして救い出された青少年士官は、

(海賊共に絡まれてたんじゃ?)その液中から襲撃者を見る。それから、

(いやそれより・・・)と下を向き、マスコットの腹、さっき切られた辺りに目を遣ると、

 透明な液体の中、紺色に濁った部分が拡がっている・・・。少し固体化してゼリー状かスライム状になっているようなそれを見て、

(母さん!)液中の息子が気泡を吐くと、

「大丈夫・・・」斜め前にいた茶髪の幼い母、

「切り離した・・・」と宙を鷲掴みにするそぶりを見せると、紺色のスライムが萎縮。マスコット体内の浸食が止まる。マント童に切られた傷から生じたそれを、

 水神少女がマスコットの体内に手を突っ込んで掴むと、

(今の感じは、神経毒か・・・)

(お陰で、大分ダメにされたけど・・・)

(これは使える!)そんなことを考えつつ、手のひらから毒に侵された塊を取り込む・・・。

 そしてこちら、マントの子の方に向いて、胸を膨らませると、

 紺色の塊を口から吐き出し弾丸のように飛ばしてくる。しかも、幾つかに分けて・・・。

(ダメ肉弾!)彼女がそう名付けた数個の連弾。だったが・・・、

 マントの子ジョマは、ダンスのようなステップで容易くかわし、その流れで強く踏み込んで、

 水神母子に迫る・・・。

 その背に引っ付く紺色でゲル状の物体。次々と纏わりついてくるそれらにジョマは振り向いて、

(麻痺したはずの肉・・・。どうして?)さほど動揺した様子もなく、ただ不思議そうに見る。様子に、

「それは饅頭よ・・・」応えてくれる茶髪少女。「してやったり」という感じの表情で指差しして、

「あんたにダメにされた肉で、元気な肉を包んだ・・・」説明とともに、紺色の塊から蠢くゲルが漏れ出ている様子。彼女は続けて、

「で、その元気な餡は、肉食スライム・・・」

「衣服を溶かして、その柔肌を・・・」声とともに、マントのスライムと接した所から煙が上がる。溶かされているか、焼かれているような感じだが・・・、

 マントの子がその身を捻ると、纏った濃い緑色の布地諸共にスライム達を引き裂いて、

 鋭利な羽根が逆立つ、剣山の如きマントの内を露にする。その姿に、

「へ、へぇぇ」

「中はそうなってんだ・・・」声を震わせる水神。その後ろ、胡麻目のマスコットの体内で息子のソウは、

「神剥ぎ具・・・」ジョマの纏っている物について知ってる・・・。

「神々の身体の一部から作られた、その能力《ちから》を宿す道具・・・。そしてあれは・・・」

「異国に伝わる鉄羽根の鳳のもの・・・」士官服の青年は液中で口を閉じて考えているだけだが、前にいる母には聞こえているようで、

「へ、へぇぇ」それに受け答えする水神少女、そこから「でも・・・」と続けて、

「こっちの消化液で痛んでるじゃん・・・」少し溶けたか形が変形した鉄羽根を指摘する。すると、

「問題ない・・・」平気な顔のジョマがその身を再び捻り、

 鉄羽根を周囲にまき散らす。

「丁度生え代わるタイミングだし・・・」回転した余韻のままに羽織を舞わせる童の前で、

「くっ!」頬に切り傷が見える水神少女。睨みつけるその後ろでは、マスコットにも鉄羽根が刺さり、その体内で水中の墨ように神経毒が拡がる・・・。

 水神は再びそれを鷲掴みで抑え込み、手のひらから取り込んで・・・、

 口から紺の物体を放つ、再びのダメ肉連弾!受けるジョマは、

 鉄羽根羽織を払って幾つかの鉄羽根のクナイを飛ばし、

 肉弾を串のように貫きつつ、クナイの先を地面に突き刺して固定。その対処に、

(早々に饅頭を潰して同じ手は通じないって)と見る茶髪少女は前のめりになって、すでに鉄羽織の童に迫り、

(本命は・・・)透明な蛇に変じた手が、その牙が、ジョマの幼顔へ延びる。と思いきや、

「ここだ!」もう片方の手、同じく水蛇となったそれが、鉄羽織の左胸辺りに食らいつく。

(投擲でできる隙間)鉄羽根が抜け落ちた所に、その牙は深く食い込んで・・・、

(もう一枚くらい予備があるかもとは思ったけど・・・)

(この血の温かさ・・・)その手にある感触に、水神は笑みを浮かべる。そして、

(このまま傷口から体液を流し込んで・・・)と食らいついた手に力を入れる・・・。が、

 蛇の顎から力が失われ、牙の食い込みが緩んだ状態で硬直。それとともに紺色の痛みが腕を這い上がってきて、

(此奴、血が毒!)水神少女は顔中に脂汗を浮かべる。

(これを武器に纏わせて・・・)と理解しながら思わず身を退かせるが、

(・・・でも)踏みとどまり、上体を起こして、

「逃がすかぁぁあ!」敵纏う剣山に顔面を埋め食らいつく。毒仕込みの刃に顔中を切られながらの茶髪の少女、

(ゴマちゃん!)

(アタシごと丸呑みに!)その指示とともに、胡麻目のマスコットが密着した小柄な二人を呑みにし、

 その体内で虚ろな目をした彼女は、「どうだ」と言わんばかりの笑みを浮かべる・・・。


「思いっ切りがいい・・・」ずぶ濡れで頬に液体を垂らした、ソウが呟く。自分を呑み護っていたマスコットと、その腹の中に浮かぶ二人を見ながら、

(弱点《こっち》の護りを捨て、全てを賭して・・・)

(勝利した・・・か)彼がそう思い耽っていると、後ろから・・・、

「その思いっ切りの良さが命取り・・・」女の声・・・。

 液中で何かを察し目を見開いた水神少女が、マスコットの頭から顔を出すと、

 息子の悶え苦しむ叫び・・・。

「その子を開放しなさい・・・」とスーツ姿の大女が、小柄な士官を後ろ手にして地面に抑え込んでいる・・・。爪が剥がれされたソウの指を握りながら、

「次は、指を折る・・・」と続ける彼女。それを見て水神は、

(あのヤバいスーツ・・・。〝浄めのガード〟がどこから!?)対水神スーツの突然の登場に戸惑っているが、そうこうしてるうちに、

 高い骨折音とともに、また息子の苦悶声・・・。

「早く!次は指を千切る」容赦がない小麦色の肌の女が、人質の指を引っ張ると、

「わ、わかった」慌てふためく茶髪水神。その下で、

「ほら、解放した」の声とともに、彼女の操るマスコットが鉄羽織の子を吐き出す・・・。

「そっちも・・・」それに見向きもせず横を向いている大女。その先では、

 総統襲撃中の、紫の水神が激しく動揺し、その攻撃の手を止める・・・。そうしているうちに、その向こうで、

 ボディーガードに促され、陸側へ続く大通りへ駆けていく総統・・・。そうして殺したい太っちょが遠ざかるのを、

 地面に押さえつけられたソウは剥き出しにした歯を噛みしめて、悔しそうに見送る事しかできなかった・・・。


 液体マスコットに吐き出され地面に転がるジョマ。起き上がったその顔は液体生物に消化されかけたからか、爛れて見るも無残だが、

 鉄羽織から出した手に持った丸薬を、「がりっ」と噛むと、

 醜い皮膚がひび割れ、剥がれ落ちたその内から、

 真っ新で柔らかな頬っぺが現れ、鉄羽織の子は愛らしい童顔に戻る・・・。そんな自己再生の様子を、

 コンクリート地面に這いつくばり眺めていたソウ・・・。そこに、

「気が済みましたか?」カイセの声が近づく。

 こちらを見下ろす優しい眉の男は、

「正直・・・」

「しつこく総統を狙ったのは、無謀でしたね・・・」

「人喰い高波での一網打尽が叶わなかった時点で、多勢に無勢になるのだから・・・」

「早々に諦めて逃げ帰るべきだった・・・」顔中に脂汗を浮かべたソウの過ちを指摘する。そして、

「そうしていれば・・・」

「そのように痛い目に合わずに済んだ・・・」爪が剥がれたり指が折れていたりする、痛々しい彼の手を見る・・・。

「よりによって、賢く冷静なあなたが・・・」とカイセは残念そうに続けて、

「思わぬ作戦の失敗に、気が動転していたってところですか?」足元の青少年に確認する。

「そうですね・・・」俯き目元を陰らせて返事するソウ・・・、

「天災規模のアレが・・・、無力化されるなんて、考えもしなかった・・・」としながら、港を呑まんとした高波を思い出している。そして、

「総統《標的》を海辺に誘い、水神《母達》を湾内に招き入れさえすれば・・・」

「後は、生存不可避の圧倒的な暴力で蹂躙するのみだと・・・」中央に高台聳える総統一行が港に入る様子と、港が面する湾内へ海峡を通って入ってくる大艦隊のイメージ・・・。大島と陸地間にあるその海中では、黒い影が一緒に侵入してきたようだ・・・。

「何を、仕掛けられていたのですか?」地面に押さえつけられたままのソウが尋ねる・・・。

「渦潮の浄水装置ではないのでしょう?」艦隊が通過した海峡には、今では渦潮が発生し、浄水装置だというそれに対しては、この士官も対策していたようだが・・・、

「やはり・・・」

「あの果実か玉葱のような皮付きの球体・・・」その低い視線は、そこら中に転がる、黒ずんだ皮が剥けた白い実の物体に向く・・・。すると、

「アレは・・・」

「浄水シートを何重にも重ねて丸めたもの・・・」カイセが説明してくれるようだ・・・。

「海水の有機的な異物を吸収するそれは・・・、浄水とともに固まり」

「水流で固まった表面が洗い流されると、露出した真っ新なのがまた万全の吸収力を発揮して浄水してくれる・・・」

「そんな感じの、正に玉葱のような浄水具・・・」

「そして・・・」

「「聖珠」と呼んでいる玉葱は、液体生物も海水から引き剝がす・・・」

「湾内の底に幾つか沈めておけば・・・」

「水神が高波を起こすタイミングで水底から引き上げられ・・・」

「激流に揉まれながら、それと同化した彼女らの身を腹の中から削り取っていく・・・。終いには」

「海水内に伸ばした無数の手足が尽くもがれ・・・、操っていた大水害は大した蹂躙もできずに終わる・・・」そうして種を惜しげもなく明かした、伏した小士官の隣に立つ着物姿の男・・・。

(どうせ、殺すからか・・・)頬に汗を浮かべるソウ。

(こうも洗い浚い話してくれるのは・・・)大女に押さえつけられながら、そんなことを思っていると、

「はぁ」上に乗る男物スーツの女が溜め息をつき、

 そんな彼女の後ろから魚の弾丸が飛び来る。

 それはもちろん、紫髪の水神《母》が撃ったもので、茶髪の母も同時に動き出すが、

 大女は大袈裟に飛び上がり、これを交わす。地面の人質を捨て置いて・・・。

 彼女が退いた後、すぐさま駆けつけた茶髪の母の後ろで、上体を起こしたソウは、

(何だ?今のは?)着地した大女を見ながら驚いている。

「妙ですね・・・」光学迷彩のベールを払い、小士官の後ろから姿を現したシラナミ。

「もう少し拗れると、潜んでいたのですが・・・」と続けると、

「そうですね・・・」息子は横目に応じて、

「簡単すぎる・・・」簡単に解放した女のほうへ視線を戻す。

 仏頂面をした彼女。

「あの・・・」その横から要人カイセの声。

「もう少し、粘ってくれません?」顔に汗を浮かべながら彼がそう言うと、

「ふん!」大女は不機嫌そうにその小さな眼をそらし、

「アタシ等は劇団じゃない」

「あんたの企みのための演技なんて知らん!」それなりに偉い男へ吐き捨てる。受けて木臣は

「ごもっとも・・・」おどおどしながら頷き、それ以上何も言えないが、

(こちらの思惑がバレたかもしれないが・・・、何であれ・・・)

(彼には伝わったか・・・)そんな思いで、水神母子らのほうを見つめた・・・。


 臨戦態勢の母達に囲まれながら、

(将来的には協力したいが・・・)敵の意図を察したソウは、

「今ではないか・・・」そう溢す。その前で、

「まだよ!」こちらへ振り向く茶髪の母。

「まだ木臣は殺せる」正面へ顔を戻し、二人のボディーガードに護られた標的《それ》のほうを見る。

「いえ・・・」そんな彼女の後ろから息子、

「長居すれば、敵は増えるばかり・・・」

「ここは・・・」

「逃げましょう・・・」三人の母達が動じる中、俯き気味に溢す。そして、

(そういうことなら・・・)

(退路も作ってくれているだろう・・・)彼が察した通り、海へと続く海峡に見えた邪魔な渦潮浄水装置は収まり、浄水を恐れる水神《母達》でも滞りなく脱出できる状態になっているようだ・・・。


 こちらに背を向けて、海へと逃げて行く青少年士官。水神らに護られつつ離れていくそれに、

「新人君・・・」若いBGに声をかけて、

「彼らを追ってくれ・・・」後ろから命じる木臣。

「えーと・・・」戸惑う若者はこちらに振り向いて、従うことに躊躇うが、

「ターパ。行け・・・」聞いたことのある男の声、

「社長!」若いスーツが放った先には、糸目のスーツ。総統の護衛に行ってきた男が戻り、

「ここは私と彼女で十分だ」と続けると、

「はい」配下らしきターパは応じて、すぐに駆け出す。そうして追っていく背を見ながら、

「どう思う?」カイセは隣にまで来た糸目のBGに尋ねる。何とも曖昧な問いだが、

「今のところは・・・」聞いていることを察して、ほうれい線の見えるその男、

「安い餌に食いつく小魚といったところでしょうか・・・」遠くに見える若き士官の背に向かって、そう評する。聞いて、

「小魚か・・・」と、同じ方向を見る要人、

「ここでリリースすれば、大魚に育って戻ってくるか・・・」BGの返答をそう解釈して、こちらを横目に見てくる。そうしてから、

「恐ろしいな」と目元を陰らせたハの字眉の男。心中では、

(陽国からすれば・・・)仕える国の脅威を、まるで他人事・・・。そして、小魚が波止場の端から海上へ飛び出すのを、

(こちらとしては頼もしいことだ・・・)

(敵を同じくする者達の、未熟さ故の可能性・・・)期待の目で見送る・・・。

(ただ・・・)腕を組み考え込むカイセ、

(同じように脅威に思われている現状は、何とかしておくべきか・・・)思い立つと、懐から携帯端末を取り出して、

「兄さん・・・」と連絡を取る。木臣代理カイセの兄、弟が真の木臣と話していた男が、

「「カイか・・・」」そう応じると、

「提案がある・・・。次のプロジェクトについて・・・」着物姿の男は海を背に振り返り、

(水神に配慮した浄水技術・・・)

(穢れが生んだ神々との共存の道・・・)そんな方針を胸に、大災に見舞われし後の港を去る・・・。


「待ってくれ!」ボディーガードに装甲車両へ押し込まれる総統が、逃げてきた方へ手を伸ばす。

「アイツは?」という彼の言葉とともに、

「あ!」政府高官やSP、周りの者達は、総統夫人エンがいないことに気づく。彼女と別れたのは、高台車両の上だったが、

 今では開けた波止場にその巨体を横たわらせているそれ・・・。エンがいた天開の謁見の間が垂直な床になったその周りでは、

 北海王の手下達が、何かを探している・・・。敵対していたはずの火臣ラガナも一緒になって周囲を見渡すが、それが全く見当たらない様子に、

「マズいな・・・」軍服のオッチャンは、顔に汗を浮かべた・・・。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。