ヤマカワさんと王子様 2
「お話しを中断してしまい申し訳御座いませんでした。で、希望条件なのですが…もう少し具体的にお願い出来ますでしょうか?『聖なる清らかな乙女』と『国内の魔物を鎮める祈りの力』だけですと何とも」
ソファーへと戻って来た彼女は、私の方へと聖女の条件を書いた紙を差し出し、条件部分を指を揃え掌を上にして指し示す。
その表情は少しだけ申し訳なさそうだ。
「具体的…か。こちらは文献が殆ど残っていないのは前回お話しさせて貰ったが、神殿の方へも確認しても祈りによって魔物の氾濫を鎮めたとしか伝わっていなかった。申し訳ないが、一般的な聖女も分かっていないのだ」
「そうですね…国によって求める聖女は違いますので一般的という言い方は適切ではないかもしれません。聖女の祝福や浄化と呼ばれる能力は、聖女教育と研修が終了した時点で個人間で能力に大差は御座いません。ただ、そこにプラスして現地で直接討伐に参加させたいのであれば好戦的だったり運動能力に優れた聖女が好ましいと思いますし、神殿での祈りがメインでしたら集中力に長けた聖女が好ましいかと」
「なるほど。魔物の氾濫の治め方でも違うのだな。では、我が国では神殿での祈りが主な聖女の役割になる。そういった集中力に長けた方が望ましいな。だが、大人しい方が良いとは思っていない。神殿の人間は昔からのやり方を尊重し過ぎる所があってな。自分から意見の言える方だと有難い」
ヤマカワ殿の話しを聴く程に、聖女召喚を国だけで行う危険性が分かる。
150年前の聖女のような性格は論外だが、神殿での祈りが欲しい我が国に活動的な人が召喚されたならば、理不尽に行動を制限しようとしていると思われるかもしれない。
逆に、大人しい性格であれば魔物の討伐へ直接向かへと言われても無理に等しいだろう。
「かしこまりました。では、性格はそのように。次ですが『聖なる清らかな乙女』との事ですが、処女でなければならないでしょうか?そうしますと、10代の若い世代が多くなりますが、年齢は如何致しましょう?後は、見た目も金髪碧眼や黒髪、スレンダー体型や豊満ですとか色々とご希望があれば追記をお願い致します。聖女へはタレント性と申しましょうか偶像崇拝をされがちな業務ですし、国民ウケの良い見た目を望まれる国も少なくは御座いません。なるべくご希望に添えるよう努力は致します」
「!?…しょ!?!?ゲホッゴホッッ!!!」
そんな事を考えていれば、突如として彼女の口から思ってもみなかった言葉が飛び出る。
丁度、口に含んだ紅茶が気管支へ入ったようで咽せて、何を言い出すのかと問いたくても言葉が出ない。
心配そうにハンカチを差し出す彼女から有難く受け取ると、私は何とか自分を落ち着けるのだった。
確かに『聖なる清らかな乙女』という希望は出したのはこちらだが、私としては未婚女性という意味くらいだとばかり…いや、そうか。
……それならば、そうなるな。
こちらの未婚女性は大抵そうだ。
「申し訳御座いません。少しばかり直接的な言い方をしてしまいました。聖女に処女性を求められる国は少なく御座いませんが、聖女の出身国全てが同じ価値観とは限らないので御座います。ですので、未婚だからと言って処女だとは限りませんし、自由恋愛が主流と思って頂いても結構かと」
「…いや、世界が違うのであれば価値観が違うのも当たり前だろう。未婚女性くらいにしか考えておらず、確認を怠ったのは私の落ち度だ。私としては真面目な方であって能力に問題ないのであれば構わないのだが。見た目も含めて、もう一度こちらで話し合わせて頂きたい…」
「かしこまりました。わたくしとしましても、能力重視でお願いしたくはあるのですが…国によっては色々と御座いますでしょうから。価値観の相違は思わぬところで火種となる場合も御座いますので、宜しくお願い致します。ちなみに、弊社登録の聖女は年齢は16〜65歳までで御座います。未婚既婚は問わず、シングルマザーの方も少なくありません。御社では国教が定められておりましたね。一神教のタサファル教では離婚はタブーと…では、離婚歴のある方は除外して。あ、こちらに派遣されるにあたって改宗の必要性は御座いますか?」
「……それについては、神殿関係者も含めて話し合わせて貰いたい」
手元の資料をパラパラと捲りつつ確認し、こちらの意見をメモして行く落ち着いて穏やかな様子の彼女とは反対に、私は痛む頭を抑え、考える事が多過ぎないか!?と叫びたい気持ちも一緒に抑え込む。
だが、こうして考える時間が出来た事は僥倖だとも分かっている。
我が国の国教まで理解し考慮してくれ、こちらが理解していない部分を細やかに説明してくれる彼女が居なければ我が国は確実に破滅していただろう。
自分の視野の狭さが際立つという意味では、やはり落ち込みたくなるのだが…
「では、次に神殿での祈りが主な役割との事ですが、時間はどの程度になるでしょうか?ここで先程の聖女労働基準法が深く関わって参りまして…前回お渡しした資料の3枚目も併せてご覧下さい。図4になるのですが、聖女は1週間で40時間、1日8時間以上の労働は禁止されております。それを超えて労働させる場合は残業代、割増賃金の支払いが必要になります。但し残業も月45時間、年間360時間以上は特別な事情がない限りは認められませんのでお気を付け下さい。昼休憩等の休憩時間は労働時間に含まれません」
「……済まない。我が国の話し合いに是非、ヤマカワ殿も参加して貰えないだろうか」
私が頭を下げるくらい何でもないのだ。
どんな手を使おうとも、絶対に絶対に話し合いの場を設けてみせる。
この先、私が王の器ではないと言われようとも構わない。
少し前の、私がやるしかないと思った自分は殴って捨てたのだ。
出来ない事を無理に行う等は王の器云々関係なく、ただの愚者であろう…この場合、判断を一つ間違えるだけで国が滅ぶ危険と可能性が高まるのだ。
「かしこまりました。出来る限り、御社のご都合の良い日程で再度伺わせて頂きますね。あ、こちらの通信魔法具は弊社からの貸与になります。ご連絡の際はこちらをお使い下さい」
頭を下げた私に対し、彼女はニッコリとした笑顔で了承の言葉をくれる。
もう本当、どうして彼女以外を希望せねばならないのか。
そして、通信魔道具なる物の説明を一通りした後、来た時と同じようにフワリと浮いて青白い光と共に彼女は消えて行った。
残された我々が一人残らず、貰った小瓶の飴を即座に口に放り込んだのは言うまでもない。
お読み頂き有難う御座いました!
殿下、キリッとしたイメージで書き始めたんですが…いつの間にか苦労の絶えない中間管理職( 'ᾥ' )