後始末はきっちりやるわ
「うん、まあええやろ」
「く……なんで……」
「なんでも熊手もありゃしませんわぁ、力不足いうことです」
最大の一撃を食らったはずのトモエは全くダメージを負わずに【葉隠】の効果が切れて倒れるシラヌイを抱き留めていた。マジかよ、あれは食らって負ける流れだったろうが。なんで普通に無傷なんだよ。
「そりゃ土壇場の思いつきで完成した奥義なんてスッカスカなもん、食らっても大して効きやしないのは道理やろ」
「お、のれ、手前は、届かなかったの、か」
「んん? それもまた違うなあ、土壇場で出した舞にしては大したもんやったよ」
トモエの刀にヒビが入って、折れ、た。今まで歯牙にもかけられてなかったシラヌイの舞がトモエの刀を折ったってのか。
「折れてもうた、これじゃあ引き分けやね?」
「引き、分け、等という、戯言を、手前は、失い、貴様は笑って立っている、これ以上の敗北、無様があるか」
「ああ、そうやったね。れひとはんもう起きてええよ。傷ももうくっついたやろ」
ん? 本当に立って良いのか? 実は駄目でしたって言って大量出血なんて洒落にならんぞ?
「ふ、そーっと、そーっと」
ゆっくりと立ち上がる、血だまりから立ち上がったから俺の身体は血塗れだ。の割には別に血が足りない感じもしないし痛みはもちろんない。
「あの血はいったいなんだったんだ?」
「ほほ、血糊や。驚いたやろ、ああいう手品が好きでなあ。練習しとったんよ」
「こっちはマジで死ぬかと怖かったぞ」
「堪忍してな、この嬢ちゃんと死合う為の舞台が欲しかったさかいに」
俺に逆らう選択肢はほぼなかったような気がするから堪忍もクソもねえだろ実際、これが圧倒的強者の無自覚の傲慢か。気をつけよう。
「あ、あああ、生き、てる」
「ごめんなシラヌイ、一芝居やらせてもらった。ゲイシャ見習いを騙せたんなら俺も結構役者としてやっていける才能があるかもな」
あれ、シラヌイの顔が固まって、お面みたいになっちまってるぞ。これはなんの間だ、怒られる寸前か? それとも無言の攻撃が飛んでくるか? 今のシラヌイは満身創痍で動けないはずだが、下手すれば根性で一回くらい動く可能性があるぞ。
「……!!(両目から涙が滝のように落ちている)」
「うおおお!? 身体の水分全部なくなるぞ!?」
無言で号泣はちょっと予想外だぞ、そんなに水分出したら出血の分も合わさって死んじまうんじゃねえのか!?
「死ぬ、死ぬから泣き止め!! お前の身体はかなりギリギリのところで命をつないでるんだから無理させんな」
「手前が、どれほど……!!」
「うわああああ!!? もっと涙流すんじゃねえ、泣き止め、マジで死ぬから!!」
やべえぞ、本当に死ぬかどうかはちょっと分かんねえが、少なくとも良くはないはずだ。なんとか泣き止ませねえと。
「初心な娘を黙らせるんは、これが一番てっとり早いと思うわ」
「ちょっ!? 何を!?」
あんの元ババア瀕死も良いところなシラヌイぶん投げやがった!! これでシラヌイが死んだらどうしてくれる!? 馬鹿なの、若返っても頭は戻らなかったの!?
「あっぶねぇだろうがババア!! シラヌイが死んだらどうしてくれるんだこの馬鹿!!」
「れひとはんならちゃんと受け止めはると思うてましたから、信頼の表れと思って欲しいわぁ」
「何が信頼じゃこらぁ!! こっちのお前への信頼はさっきから大暴落中だ!!」
「元気が良いなあ、そんなことよりも受け止めたお姫さんのことちゃんと見てやってな」
ちゃんと見ろって、そんなもん瀕死に決まってるだろうが。
「あ、わわ、ちか(こんなに近いのは初めて)、あた(なんでこんなに温かいんだろう)、おこ(手前のために怒ってくれてる)、むり」
「うおあああああああ!!? 死ぬなあああああああ!!?」
涙は止まったが顔が真っ赤だぞ、やっぱりさっき投げられたのが致命傷になったんじゃないのか!? しかも今首がカクっていったぞ!!?
「ああ面白い、でもそろそろ本気で怒られそうやねえ。件治したって」
「御意」
トモエの後ろに出てきたクダンが魔法を行使する、おそらく回復魔法だとは思うがボスの時は使ってこなかったはずだ。もしかして保有スキルとかもゲーム時とはかなり変わってしまっているのか。とりあえずみるみるうちに傷が塞がって顔色が良くなっているのを見ると少し安心した。
「綺麗に斬ったから治りも早いなあ、うんうんこれでなんとかなったなあ」
「いやいや全然チャラじゃないからな」
「いやぁ、年寄りがはしゃいでしもうたなあ。試練は終わったからこれあげるわ」
「これ?」
「受け取ってな」
ビュンという音と一緒に折れた刀を投げてきやがった、つーか今俺はシラヌイ抱えてるから両手ががっつり塞がっているんだが!?
「かっ!?」
「おー、刺さるもんやなあ」
これ、あれか、記憶、見せられるやつ、俺が、混ざって、自分と俺が、自分は、神さんを、嘘を、どうやって、
「きっついなあ、本当に神さんがやることかぁ?」
腕を失ってしばらく調整をした後にまた嘘つきの神さんとの戦いを始めた、幸い自分にはお供してくれる仲間がおるから、別段困ることもなかった。でも自分は甘く見とったんやなあ、神さんは人やない、人やないなら何してきてもおかしくなかったんや。その使いである聖人も、人やなかったんやなぁ。
「外道やん」
「は、母上、静は大丈夫ですから、早くこの下郎を」
「下郎だなんていけない子、母は罪を雪いであげようとしているだけよぉ?」
聖人の二段目【贖罪】とか言うんやっけこの女、たちが悪いとかそんなかわいいもんやったら一太刀で終わりにできるんやけど。この女はただ斬っても死にやしないどころか、返り血からどんどん気持ち悪いもんが流れ込んで来るわあ。露出の多い外套も血を相手につけるための衣装ってわけやねえ。ただの痴女と思うて油断したわあ。
「あと少しよお、あなたの身体も罪を清めれば母と同じ身体になれるんだから」
「はん、乗っ取るってわけや」
「乗っ取るだなんてはしたない、罪を清算するだけよ」
「勝手なこと言い腐ってからに」
駄目や、どんどん自由にできる部分が減ってる。皆にはまだ手を出すなって言ってあるさかい、不用意に操られはしないと思うんやけど。やっぱり駄目やなあ、いくらなんでも娘を人質に取られたら身体が動いてもうたわ。
「さあ、もう少し。そしたらこの子もあなたの手で罪を清算しましょうねえ」
「この、鬼畜が」
「うふふ、なんとでもお言いなさい。もう口くらいしか自由に動かないでしょうから」
覚悟。決めなあかんなあ。
「次郎、太郎、悟空、八咫、件、璃蝶、後は任せたで!!」
あの子らなら自分の意図をくんで動いてくれる、すこしだけなら心の声も伝えられる。やるべきことはもう伝えた。静を奪い返して逃げる、自分が死に損なったらとどめを刺す。これだけや。
「お前の思い通りにはならん」
渾身の力を込めて刀を振る、最期の一欠片をしぼりきって、己の首を落とした。
「いいざまや」
驚きに染まる【贖罪】と一斉に動きだした仲間の獣を逆さまになりながら落ちる視界の中でゆっくりと見る、これでいいんや、これで、これが最良の一手や。だから皆、そんなに泣かんといて。
「どうやった? 修羅になりきれないサムライの最期は」
「いやきついわ……」
俺に戻った瞬間にやっと絞り出せる言葉はそれだけだった。




