第6話 訪問者
本日2回目の投稿です。
……何が起きたのか、改めて説明しよう。
部屋の扉を開けると上裸の男の子がいた。
そして木刀持って追いかけ回したら、今度はその男の子が突然炎に包まれてクロに化けて今に至る。
うん、自分で言っててまるで理解できない。訳がわからないよ。
「クロ……いや、あなたは一体なんなの……?」
「……」
「……その状態で話せないなら、人の姿に戻ってもいいから」
「バウッ」
一声鳴くと、もう一度黒い炎が現れ、クロを包む……そして炎が消えると、またもや男の子が現れた。
……上半身裸で。
「……ねぇ、目のやり場に困るからなんか羽織ってくれない……?」
「そう言われても着るもんがねぇんだから仕方ねぇだろ……」
頭をガリガリ掻きながら、ぶっきらぼうに答える。
さっきは駆逐対象としてしか見てなかったから、あまり相手の容姿をじっくり見てなかった。なので、改めて目の前の男の子を観察する。
身長は180cmある部活の顧問の鈴木先生よりも大きそうで、185cmくらいはあるだろうか。
全体的にがっしりしていて、純粋な力比べではどう足掻いても勝てなさそうな体格をしている。
……いくら冷静さを欠いていたとはいえ、よくこんなの相手に木刀を振り回したな、私。次からは素直に逃走しよう。
そして少し長めの黒髪を蓄えた、全体的に野性味溢れる風貌。特に鋭い目つきが印象的だ。
そういえば、この目だけはクロの時と変わらないみたいだ。
「全く理解は追いつかないけど、あなた本当にクロなの……?」
「ああ……お前が無理矢理風呂に入れたあのクロだよ」
そう言うと、ふいっと私から目をそらす。
ん?
ちょっと待て、風呂?
そういえば、全身丸洗いするときクロのあらゆる場所を洗ったけど……。
その時洗った場所の中には確か……!!
「う、嘘だっ!!!」
「嘘じゃねぇだろうが!!懇切丁寧に人の下半身まで洗った事を忘れたとは言わせねぇぞ!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁそんなバカなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
真っ赤な顔をして、私が目を背けたかった事実を突きつけるクロ。「物心着いてから、親にすら触られたこと無いのに!!」と、余計な情報まで寄越された。
悲報。時灯那央、16歳の誕生日に初対面の男子の息子を洗う。
ちょっと調子に乗った結果がこれだよ!
ーーごめん下さい。
頭を抱える私の元に、訪問を告げる誰かの声が聞こえてきた。
一体こんな時に誰が……というか、今コイツが我が家、しかも上半身裸でいる状態で家に上がられるのはマズイ!!
万が一にでもこの状況を知られたら、田舎特有の驚異的な噂話拡散速度で明日にでも「裸の男を連れ込んでた」なんて噂(事実だけれども)が広まってしまうかもしれない……っ。
それだけはなんとしてでも避けねば!!
「と、兎に角詳しい話は後で聞くからここで待ってて!!絶対動かないでよ!?」
「あ、おい!」
「いいから!クロ、待て!」
「俺は犬かよ!?」
なんか色々文句を言っていたけれども、全部スルーして部屋を飛び出す。
わざわざ来てくれたのに申し訳ないが、お客様には帰っていただかねば。
◇
玄関に着くと、引き戸の向こうに影が見える。
「ごめん下さい」
お客様のものと思われる声が、引き戸越しに聞こえてきた。
声の感じからして、お年寄り……おばあさんだろうか?
玄関に立て掛けてあるサンダルを履いたところで、私は「あれ?」と思い足を止めた。
紅羽に住む人は、基本的に玄関に鍵をかけない。ほとんど泥棒が出ないし、万が一出たとしても住民の顔なじみじゃない不審者の情報が多く寄せられてあっという間にお縄になる。
去年、ご近所さんが空き巣にやられたときも2週間ほどで犯人は捕まっていた。
そして、鍵を開けっぱなしにしているのはみんな知っているので、知り合い同士ならば勝手に扉を開けて玄関で待っているのが普通だ。
中には挨拶もそこそこに、勝手に上がり込んだり上がり込まれたりする間柄の人たちもいる。
つまり、今玄関の前にいるのは私、そして恐らく祖父母も知らない誰かということだ。
もしこれが訪問販売とかなら好都合。さっさと帰ってもらって、話の続きをクロとしないと。
「はい、どちら様ですか?」
そう言いながら引き戸を開く。
ガラガラっと音を立てて開いたその扉の先には
誰もいなかった。
「え……」
その場で硬直する私。開ける直前まで、引き戸には影が映っていた。
そして私の家の玄関周りには、隠れられる場所なんてどこにもない。そもそも、隠れる必要性もないだろう。
なら、おばあさんらしき人物は一体どこに消えたというのか。
いや、待て。おばあさん?
私の脳裏に、朝練から引き上げる際に学校の中庭で見かけたあのおばあさんの姿が浮かび上がる。
一年生の校舎を眺めていた、藤色の着物を着たおばあさんの姿が。
目を離した一瞬の隙に姿を消した、おばあさんの姿が。
「っ!?」
ザァッと、全身から血の気が引いていく。
「まさか、あり得ない」、「でもひょっとしたら」という二つの相反する考えが浮かんでは消える。
もしかしなくても、引き戸を開けたのは不味かったんじゃあないのか!?
慌てて引き戸を閉めて、玄関にサンダルを脱ぎ捨てる。
そしてクロの待っている二階へ向かおうとしたところで、
「ごめん下さい」
私の真後ろ……玄関、それも室内から感情のない老婆の声が聞こえてきた。
まるで金縛りのように、その場でピタリと動きを止める私。
動きたいのに、動けない。そして後ろを振り返りたくない筈なのに、ゆっくりと後ろを振り向いてしまった。
本当に、何故こういう時に限って私の予想はよく当たるのか……。
玄関に立っていた訪問者は、私が今朝見かけたあの藤色の着物を着たおばあさんだった。
「お尋ねしたいことがあります」
そう言うと、老婆は私を見てにっかりと笑った。
果たして、このおばあさんは何を聞き出したいのか…。