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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第二部 陰陽干犯篇
27/61

6.大枝王と銀王-4

 神櫛(かんぐし)王の一行が伊勢に着いてから三日ほどたった。

 多くの王族、特に男性の王族はこれを王族同士や伊勢の有力者と人脈を作る機会だと思って活発に動いている。また、神櫛王に近い人たちの中には、大和姫に近づこうというものも出てきた。

「お姉様、お帰りなさい。」

 (しろかね)王は部屋に戻ってきた五百野(いおの)王を出迎えた。

「大和姫様とはどういう話をされていたのですか?」

「ここの巫女をやらないか、という話よ。」

「え?で、どうするのですか?」

「当然、お受けするわよ。伊勢の神宮の巫女、『貴女なら斎宮にもなれるわ』と言われたわ。」

「ええっ!お姉様、凄い!」

 そう二人が話をしていると、

「ただいま~。」

という声がした。

「あ、お兄様だ!」

「お、銀王、ただいま。」

 そう言いながら大枝(おおえ)王が部屋に入ってくる。

「あ、五百野王も帰っていたのか。」

 五百野王が大枝王に会釈(えしゃく)すると銀王は口を開いた。

「お兄様はどこに行っていたの?」

「ちょっと神櫛王を探していたんだがな、見当たらなかったので帰ってきた。」

「そうなんだ~。」

「神櫛王なら大和姫様のところにいますよ?」

 五百野王が口を開く。

「お、そうなのか?」

「お姉様、どうして知っているの?」

「私が大和姫様のところを退出すると彼が入ってきたから。」

「そうか、なるほど!」

「おい、俺にはさっぱり話の流れがわからんぞ?まさか五百野王、大和姫様と話をしていたのか?」

「そうそう、お兄様凄いんですよ!お姉様はなんと、ここの伊勢の巫女になるんですって!」

「そうか・・・・。じゃあ、俺たちが大和に帰る時も五百野王はここに留まる訳か?」

「そういうことになりますね。」

 五百野王はそう言うと寂しそうに微笑んだ。

「それは残念だな。とりあえず、俺はちょっと神櫛王に会いに行ってくる。」

 そういうと大枝王は部屋から出て行った。




「そうですか、武内宿禰のことが気になるのですね。」

 大和姫は神櫛王と二人、部屋の中で話をしていた。人払いをしているため周りには誰もいない。

「ええ、彼はとても手ごわい存在です。」

「そうですか・・・・。貴方も幼い頃から色々な経験をしているから、そういう感情を抱くのはわかるわ。

 だけど、怖れの感情が行き過ぎて現実が見えなくなってはいけないわね。――私からすると、大枝王の問題の方がよほど大変そうよ?」

「え?」

「気付かなかった?まるで『好きになってはいけない人を好きになってしまった』というような感じの顔をしているじゃない。」

「あ、いや、その、伊勢に着いてからは中々大枝王とは話が出来ていませんでして――彼はあまり社交的でないから、私も中々彼と話す接点を持てないんですよね。」

「大枝王はね、貴方が思っている以上に重要な存在ですよ。気をつけてね。」

「・・・・わかりました。では、これにて失礼します。」

 そう言うと大枝王は大和姫の住んでいる家を出た。

「あ、兄上!」

 見るとちょうど話題に上っていた大枝王が立っている。

「やっと会えました!」

「お、大枝王か。お前が私を探しているとは珍しい。」

「そうですね。少し聞きたいことがあったもんで。」

「聴きたいこと?」

「ええ。銀王のことですよ。」

「どういうことだ?」

「銀王って、武内宿禰(たけうちのすくね)と仲が良いそうですね。どうしてそんな彼女がこの一行に参加しているのでしょうか?もしかしたら、私と銀王を同室にしたのも何かの意図があったのかもしれない、と思いましてね。」

「――そうか。お前、意外に勘が良いな。そのセンスがあればもっと社交的にもなれただろうに。」

「私は確かに鋭いのかもしれませんね。だからこそ、他の王族や有力者とはあまり関わりたくなかったのかも。」

「――なるほどな。まぁ、安心しろ。そんなに悪い話ではない。」

「どういうことか、教えてくれませんか?」

「わかった。まず、銀王と武内宿禰の関係は知っているのか?」

「詳しいことは何も。」

「銀王はな、武内宿禰依存症なんだ。」

「え?」

「あの子は母親の身分が低いだろ。だから、身近に頼れる存在がいなかった。そんなあの子がまだまだ若い少女であるにもかかわらず『王』を名乗れているのも、すべては武内宿禰のおかげだった。」

「そうなんですか。」

「あの子は俺にもよく懐いていたけどな。ただ、俺よりも武内宿禰の方が面倒見は良かったのかもしれない。何よりも、彼は修行によって体力も強いし、神通力も得ている。とても頼りがいのある『お兄さん』的な存在だったんだろうな。」

「はい。」

「それで、銀王は若干病的なぐらい武内宿禰に依存していた。武内宿禰とすれ違った時に挨拶をくれなければ数日間はうつ状態かというぐらいに落ち込むほど、武内宿禰の一挙手一投足に銀王の感情は左右されていた。当然のことながら、武内宿禰のいうことには絶対に反対しない。そう言う人間は、政治的には武内宿禰の派閥に属するとみなされるよな?」

 大枝王はうなずく。

「無論、あの子はまだ若いから政治的な動きには詳しくはないだろう。だが、お前も気づいている通り、あの子は若帯彦(わかたらしひこ)派の一員と見られているのは、事実だ。そんな彼女が今回の旅行に参加したのは、ある意味、奇蹟だろう。」

「やっぱり・・・・。」

「そうだよ、これは若帯彦の即位を快く思っていない王族による旅行だ。だから、これに参加した人間は反若帯彦派とみなされる。普通なら、な。」

 そう言ってから神櫛王は若干自嘲気味に笑った。

「若帯彦は父上が選んだ太子だ。大使に反感を持つ人間の集会だと思われると、参加者は肩身の狭い思いをせざるを得なくなる。下手すると反逆罪の疑惑もかけられるだろう。

 しかし、だ。そこに、若帯彦の竹馬の友である武内宿禰に依存している少女がいたらどうだ?しかもその少女は俺とも仲が良かった上に、政治的な派閥抗争には無知だ。誘ったら参加してくれるかもしれない――そして、事実、参加してくれた。」

「・・・・そういうことだったのですね。」

「まさか、武内宿禰に依存している銀王と一緒に若帯彦への反逆の謀略の会合を行うとは、誰も思うまい。もう一つ、意外にあっさりと銀王が来てくれたことで、私は一つの可能性に気付いた。」

「え?」

「もしかしたら銀王は、私との関係を断つことも恐れているのかもしれない、ということだ。というのも、私もそう言うことがあったからな。」

「どういうことですか?」

「私の二番目の兄は三番目の兄に殺された。その三番目の兄が、大和建(やまとたける)だ。あ、言うまでもないがこれは同母兄の話だぞ?それでだ、大和建は筑紫の大王を暗殺して以来、出雲に亡命して60年にもなる。俺は辛かったな。だいたい、一番上の兄は父上と馬が合わない。そんな問題児の兄を持っている王族など、誰も相手にしてくれなかった。だから私は、人間との縁を大事にした。それで今の社交的な私がいるのかもしれないが、一方で若い頃の私は人間との縁が切れることを過剰に恐れていた。――もしかしたら、銀王もそうなのかもしれない、と私は思ったわけだ。」

 そう言って神櫛王は過去を振り返るような表情になった。

「そもそも、私と銀王が仲良くなったのもその境遇が似ていたからだ。王族なのに誰からも相手にされていない少女を見て私は幼い頃の自分を思い出した。もしあの子が幼い頃の自分だとすると、武内宿禰に過度に依存するのもわかるし、彼と別の派閥にいる私からの誘いに乗るのも、わかる。そして、もう一つ――」

「もう一つ?」

「――あの子は自分の兄となる存在を求めているのではないか、とも思った。」

「――そうですか。」

「そうだ。いくら兄弟が80人いるとはいえ、母親が違えばなかなか兄とは認識できないもの。むしろ武内宿禰の方が彼女にとって『兄』にふさわしかったのだろう。彼は血のつながった実の兄を『お兄さん』と呼んだことなど、無かったんだ。」

「え?」

「そうだ、お前がその最初の例外だ。銀王がお前のことを『お兄様』と呼んでいるのを見て、私は仰天したよ。『俺だってそう呼ばれていないのに』ってな。しかし、同時にこれはチャンスだと思った。」

「どういうことですか?」

「いよいよ、銀王と武内宿禰とを切り離すチャンスが来た、そう思ったのだよ。」

「え?」

「兄代わりだった武内宿禰にこれまで依存していた。銀王自身は政治には疎いが、実質的には敵対派閥にいる訳だな。しかし、だ。兄の代替品ではなく、銀王が本当に兄と認識できる人間がいたらどうだ?何も彼女は私と敵対する派閥に属する必要性はなくなる。すると、これは偶然ではあったが、大枝王が彼女に『兄』と認識された。このまま二人がもっと兄妹のような関係になれば?いや、俺たちはみんな兄弟ではあるが80人もいると別の家で暮らしている異母兄を兄とは認識しにくい。しかし、今回の旅行の間だけでも一緒に暮らしたら?」

「なるほど。そういうことだったのか・・・・。」

「気を悪くしないでくれ。これは天命だと思ったよ、だって、もし他の男であればお互いに恋愛感情を抱く恐れもあった。王族の恋愛となるとこれまた派閥が絡むややこしい問題になる。だが、神様はちゃんと考えてくれていたんだな。大枝王と銀王は兄妹だ。普通、兄妹で恋愛感情は抱かない。」

 そこまで神櫛王がいうと、大枝王は口元に薄らと笑いを込めていった。

「ああ、そうですよね!普通、普通ならば、兄妹で恋愛感情なんかあり得ませんよね!はい、ありがとうございました。私も派閥争いには興味ありませんけれど、これが結果的に神櫛王にとって都合の良いことになっているならばいいじゃありませんか!では、また。」

 そう言うと大枝王は振り向いて去って行った。

「お前、まさか・・・。」

 そうつぶやくように言った神櫛王の声は、もはや届いていなかった。

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