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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第三章
67/127

勝負あり☆

キャラクターのイメージ画像の続きです。

スィーネ、シズ、グラディーラの順で。

          ◆     ◆


 覚悟を決めたわけではなかった。

 ただ怒りに任せて斬りかかっただけで、後の事は考えていなかった。


 それでも――無意識なので平太は知る由もないが――致命的な一撃を避けるかのように何割か切れ味を落としていたのをグラディーラは感じた。


 平太が大太刀を振るう。最初のよりも遥かに速く、強い。たとえ刃止めがかかった太刀であろうと、当たれば決着は必死であった。


 だがシャイナはそれをかわした。

 目では見えないはずの速度を、予測していたような動きでかわした。

 しかし、今度は平太もそれを読んでいた。

 次もシャイナはかわすと。


 常軌を逸した膂力で、強引に太刀を切り返す。Vというよりはほとんど一の字に近い軌跡を描いて反転した太刀が、再びシャイナを襲う。音すらも切り裂くほどの切り返し。


 なのにそれすらかわされた。

 平太はもう何が何やらわからなかった。剛身術の使えぬシャイナが、この速度を見切れるはずがない。なのに現実は、自分の攻撃はことごとくかわされている。それとも、シャイナが剛身術を使えないというのはフェイクで、本当は使えるのに隠しているだけなのだろうか。


 ならばこちらも出し惜しみしている場合ではない。

 平太は太刀の強化に回す分の剛身術を、肉体強化へと注ぎ込む。これにより、さらに打ち込みの速度と威力が上がる。

「これならどうだ!」

 人間離れした身体能力にモノを言わせた、瞬きも許さないほどの連撃。もう基本もクソもない。剣術ですらない。子供が道端で拾った、ちょうどいい感じの棒切れをでたらめに振り回すのに似た、ハートリーが見たら泣くまで説教されそうな酷い攻撃。


 だが、子供には数トンある棒きれは振れまい。

 忘れがちだが聖剣グラディーラは尋常じゃないほど重い。超重量の剣を振れるだけでも異常なのだが、それを連続で振り続ければ、

 魔物だって殺せる。

 なのに、

 シャイナは笑いながら平太の攻撃をかわしていた。

 悪い夢を見ているようだった。


「おっほーすげーすげー。こりゃ気ぃ抜いたら一瞬で終わるな」

 セリフとは裏腹に、シャイナの顔には危機感がまるでない。むしろ格下を相手に、軽く流しているような余裕すらある。

 とはいえ、さすがのシャイナもすべての攻撃をかわす事はできないようで、何度か剣や盾で受ける事があった。


 手応えが無いのが気になるが、攻撃が当たるようになった。よし、このままの勢いで押せば――と考えた平太の頭に、新たな疑問が湧いた。

 自分の攻撃を受けているのに、どうしてシャイナの剣や盾は何ともないのか。

 おかしい。普通の剣や盾なら、平太の攻撃に耐えられるわけがない。剣なら折れ、盾なら砕けなければおかしい。現に、あのイグニスの鎧だって砕けたのだ。

 なのに何故――


『見事だ。あの女、お前の攻撃をきれいに受け流している』

 平太の動揺を察知したグラディーラが、その疑問を解消してくれた。

「感心してる場合かよ。で、受け流しって何だ!?」

 そんな事も知らんのか、という感じの気配が平太の頭の中に漂う。

『いくら剣や盾が頑丈だろうと、お前の馬鹿力でぶっ叩かれたら折れるなり砕けるなりする。だから、まともに受けずに威力を殺してるのだ』

「そんなこと、できるのかよ?」

『可能だ。ただし、相当の技量と経験が必要だがな。少なくとも、今のお前ではまず不可能だ』

 最後のひと言は余計だが、これで合点がいった。要は、当たっていると思っていた攻撃は、すべてその威力が殺されていた。どうりで手応えが無いわけだ。


 しかし、まだ疑問が残っている。受け流しているという事は、つまりシャイナはこちらの攻撃が見えている事になる。となると、やはりシャイナも剛身術によって目や身体を強化しているのか。


「今度はコイツ、本当は剛身術が使えるんじゃねーのかってツラだな」

 またもや的中。コイツ、剣士をやめて占い師か詐欺師にでもなればいいのに、と平太は思う。

「お前本っ当にわかりやすい奴だな。思ってる事が全部顔に出るようじゃ、この先高度な心理戦とかできねーぞ」

「うっせーお前に言われたかねーよ!」

「フン、言っとくが、あたしは剛身術なんて使ってねーよ」

「嘘だろ?」

「嘘じゃねーよ。だいたい、剛身術なんか使わなくったって、お前程度の攻撃を見切るなんて朝飯前なんだよ」

「マジかよ……」


「お前がいくら馬鹿力になって、目にも留まらないくらい速く動けるようになっても、いつ動くか、どこを狙ってるのかバレバレじゃあ意味ねーんだよ」

 シャイナの口上に、グラディーラが『やはりそうか』と一人だけ納得したようにつぶやく。平太はまったくわかっていない。

「あたしがどうしてよけられるか教えてやろうか? それはな、全部お前が教えてくれてんだよ。踏み出す前の足の運び、重心の移動、筋肉の動き、視線の動き、呼吸のリズム。それら全部が、次にお前がどう動いてどこを狙ってくるか教えてくれんだよ。だからな、どんだけ速く動こうが、前もってわかってる攻撃をよけるなんて簡単過ぎんだよバーカ」


 生き物が動く時には、予備動作というものが必要になる。たとえば、人は歩く時には行きたい方向を目で見て、そして片方の足を上げる。それから上げた足を行きたい方向へと向け、体重移動とともに地面に下ろす。これを繰り返す事によって前に進む。

 シャイナはこの予備動作を鋭敏に察知する事によって、平太の行動を先読みしていたのだ。


 だが先読みできるからといっても、平太の動く速度は常人を遥かに超えている。幾多の修羅場をくぐってきたシャイナだからというところも大きいだろう。並みの戦士なら、読めたところでかわすだけで精一杯だ。彼女のように受け流す事はできまい。


『やはりあの女、大したものだ』

 グラディーラは、シャイナの至った境地に純粋に感動している。勇者という最高峰の境地を目の当たりにした彼女がシャイナを褒めるたびに、平太の自尊心が軋むように痛む。


「これでわかったろ? 剛身術なんか使えなくったって、お前なんかにゃ負けねーんだよ。特に、妙な力に溺れて基礎を蔑ろにし、努力を怠った間抜けにはな」

「何だと……」

 剛身術も使えないくせに、という言葉を、平太は辛うじて飲み込んだ。今現在、剛身術を使えないシャイナにこてんぱんにやられているところなのに、そのセリフを言ってしまったら自分が惨めどころの話ではなくなるからだ。


「たしかに、剣を始めて半年そこらのくせに門を開いたお前には、才能とやらがあったのかもしれない。だがな、才能だけで到達できる場所なんて、努力でいくらでも追い越せるんだよ」

「努力なら、俺だって……」

 苦し紛れに呻く平太に、シャイナは冷ややかに告げる。

「じゃあお前は今日までに何回剣を振った? 千か? 万か?」

「それは……」

 そんなもの、数えてなどいない。

 そして今になってようやく気がつく。ハートリーとの修行以来今日まで、自分が剣の稽古をずっとサボっていた事を。


「あたしは今でも毎日千回は振ってるぜ。あたしを追い越したいのならその五倍、いや十倍は振らなきゃな」

 そう言うとシャイナは、呆然と立ち尽くす平太に背を向けて歩き出した。

 平太は黙って彼女の背中を見送った。

          ☽

 シャイナの姿が見えなくなると、平太の中で急に悔しさが込み上げてきた。

 完全に負けた。平太は自分の負けを痛感する。と同時に悔しさが込み上げ、口から溢れ出すようにして叫び声を上げた。

「くそおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 息の続く限り叫んでも、やり場のない激情は消えない。平太は地面に膝をつき、狂ったように地面に拳を打ち込み続ける。


 気づかず、涙が出ていた。

 いつの間にか太刀から手を離していた事も、手から離れた太刀がグラディーラの姿に戻っている事にも気づかなかった。


 グラディーラはむせび泣きながら地面を殴り続ける平太に何かを言おうとしたが、すぐに思い直して何も言わずにその場から静かに立ち去った。やはり平太はそれにも気づかず、生まれて初めて感じる泣くほど悔しいという感情を持て余していた。

          ☽

 馬車の中では、ドーラとスィーネとシズが心配そうな顔で待っていた。


 あれからどれくらい時間が経ったのだろう。平太とシャイナが馬車を出てから、誰も口を開いていない。三人ともただ、平太とシャイナが無事に戻って来る事だけを祈っていた。


 かすかな物音に、ドーラのネコ耳がぴくりと動く。誰かがこちらに向かって来る。そう判断して勢い良く顔を上げると、つられるようにしてスィーネとシズもドーラの向いた方を見やる。

 すると、「ふぃ~……」といかにも大仕事をやり遂げたような疲れたため息とともに、シャイナがのっそりと馬車の中に入って来た。


「シャイナ!」

 すぐにドーラたちが事の次第を問い詰めようと集まるが、シャイナは彼女たちには目もくれず、疲れ果ててへたり込むように馬車の隅に腰を下ろした。

「ヘイタはどうしたの? まさか、ケガとかさせたんじゃないだろうね!」

 詰め寄るドーラに、シャイナはちらりと目を向けただけで、すぐに眠たそうに目を閉じた。その態度に、ドーラの苛立ちが募る。

「もう! 黙ってちゃわかんないよ! そもそも、何だって二人が争わなくちゃならないんだい!? ボクにはさっぱりわからないよ!」


 子供のように癇癪を起こすドーラの前に、音もなくスィーネが進み出る。突然目の前にスィーネの背中が現れ、ドーラは制止されたように静かになる。実際、スィーネもそのつもりでドーラの前に立ちふさがったのだろう。


「……ンだよ?」

 シャイナは片目だけ開き、スィーネの顔を見る。その表情からは相変わらず何の感情も思考も読み取れない。

 スィーネはシャイナの全身に視線を走らせながら、「どこかケガをされたところはありませんか?」と尋ねた。

「別に、どこもケガなんかしちゃいねえよ」

「では――、」

「あいつもケガひとつねえから安心しな」

 そのひと言で、ドーラとシズがほっと胸を撫で下ろす。だがスィーネはシャイナの前に屈み込むと、彼女の胸の前に両手をかざして神への祈りの言葉を唱え始めた。


「おい、だからケガしてねーって、」

「ケガは無いようですが、激しく精神を消耗していますね。また、それによる疲労の蓄積も著しい。違うと言うのなら、今すぐ立ち上がってみてください」

 シャイナは少し驚いた顔をするが、すぐに舌打ちをした。スィーネの言う通り、もう膝が笑って立ち上がる事すらできなかった。喋るのすらだるい。


 スィーネのかざした掌が、ぼんやりと光を放つ。その光はとても温かく、まるで陽だまりの中でくつろいでいるような気分になり、じんわりと体力と気力が戻っていくのを感じた。

「どうやら、相当神経をすり減らすような事をしたようですね」

「お前は何でもお見通しかよ」

「いいえ。わたしはただ、あなたの生体波長オーラを見てそう思っただけです」


 スィーネの言う通り、あれは酷く神経をすり減らす戦いだった。一歩間違えば、伝説の聖剣とやらに鎧ごと真っ二つにされていただろう。剛身術によって思い上がった平太の心を砕くためにあえて余裕を見せていたが、実際は彼の攻撃をかわしたり捌いたりするのに、シャイナは全神経を集中しっぱなしだった。もう一度同じ事をやるくらいなら、まだ細い糸の上を綱渡りした方がマシだと思うほどだ。


「それで、ちゃんとお説教はできましたか?」

「さあな。こればっかりはあいつの根性次第だな……」

 剛身術を使えない自分が完膚なきまでに負かす事で、どうにか灸を据える事ができた。しかし、だからといって人は今すぐ心を入れ替えられるものではない。むしろ増長していた分、膨れ上がった自尊心が傷つけられてかえってこじれる場合の方が往々にしてある。

 特に、男が女に負けた場合は。

 シャイナはこれまで、こうして腐っていく男どもを数多く見てきた。

 もしかすると、彼もまた――、


「なあ、もしあいつが駄目だった時は――」

 言いかけて、シャイナは言葉を止めた。

 別に言霊なんかを信じたわけではない。口に出して言おうが言うまいが、物事はなるようにしかならないと彼女は思っている。

 そうではなく、シャイナの心の中にわずかだがある、そうはならないかもしれないという予感のようなものが、口を閉じさせたのだ。


 今回平太に勝てたのは、彼の技術が未熟だったからだ。いかに剛身術で超人的な身体能力を身につけても、心技体がそろっていなければ意味が無い。

 だが逆に言えば、すでに体の部分はシャイナを超えているのだから、残りの心と技がそろった時、彼はどれほどの剣士になるのだろう。

 見てみたい、とシャイナは思った。

 ひょっとすると、本当に勇者になってしまうのかもしれない。


 ありえねー。


 シャイナは平太との初対面の時、自分に殴られて鼻血を流して這いつくばっていた姿を思い出し、つい笑みを漏らす。そうしてスィーネの回復魔法の効果も相まって、シャイナはにやにやしながら眠りに落ちた。

          ☽

 興奮が冷めて拳に痛みを感じる頃、ようやく平太は地面を殴るのをやめた。


 一日千回という単位に、平太は愕然とする。彼の乏しい知識では、たしかガチで甲子園を目指す高校球児はそれくらいバットを振っていると聞いた。

 何より、すでに十二分に強いシャイナですら、それだけの量の訓練を毎日こなしている事に舌を巻く。けれど、そもそもシャイナだって、才能の塊のようなものではないか。


 否。たしかにシャイナは恵まれた体格と、並の男以上の筋量を持っている。だが、さっき彼女が言った通り、生まれ持った資質だけでシャイナが生きてきたとしたら、絶対今の強さはあり得ないだろう。

 シャイナがここまで強くなれたのは、彼女がそれだけ努力したからだ。

 そして、努力で剛身術を超えたのだ。

 そこに至るまで、いったいどれほどの努力をしたのだろう。大した努力をした事もない平太には想像すらできない。きっと血が滲むどころか緑色になったり、生理が止まったりしたのだろう。そこまでしてようやく、彼女は師から継ぐ事のできなかった剛身術を超えられたのだろう。


 シャイナの壮絶な精進の結果を見せつけられ、平太は大した努力もせずに、ぽっと得た特別な能力の上にあぐらをかいていた自分が急激に恥ずかしくなる。

 この勝負、完膚なきまでに自分の負けだ。

 いや、勝負にすらなっていなかった。

 そもそも勝負ですらなかった。

 ただ単に、目上の者が調子に乗ってるクソガキを窘めただけだった。


 そうか、と平太はある事に気づく。

 よくよく考えてみれば、平太もシャイナも同じ師匠ハートリーである。つまりこれは、姉弟子からの説教なのだ。それも、文字通り身体を張った。


 そうして平太は天狗の鼻がぽっきりと折られたわけだが、ついでに心もがっつり折られた。

 それはそうだろう。

 ようやく他人よりも優れた能力を手に入れたというのに、それすらもあっさりと追い抜かれた。


 ただ、その努力が途方も無いというのも、自分がそれに比べたらハナクソほどの努力もしていないのと、だから自分が追い抜かれるのなんて当然の事なのは頭では理解している。


 だが頭で理解しているのと、心で納得するのとは違う。断然違う。歴然と違う。

 死ぬほど悔しかった。これまで誰かと何かを競った事の無い平太には、初めての感覚だった。


 違う。負けるのが恐かったから競わなかっただけだ。負けて悔しい思いをするのが恐かったから、他人より一歩離れ、競争に混じらないようにしていたのだ。競わず、極めず、努めず、遂げず、悔やまず、精神的温室にこもって自分を傷つけるありとあらゆるものから自分を守ってきた。だから負ける事もなかった。


 そうやって逃げてきた果てに出来上がったのが、クソニートの自分だ。

 今、身がよじれるほど腹の底から込み上げてくるこれが、本当に悔しいという感情なのか。こんな思いをしないで済むように、自分はこれまで生きてきたのに。やはり自分は正しかった。こんな思いをするくらいなら、最初から勝負などしなければ――


 と、これまでの平太なら安易にそう考えて、二度と立ち上がれなかっただろう。

 今までの、何にも挑まず、誰とも競わず、誰からも認められず、認められようと思いすらせず、ただ平穏という名のぬるま湯に頭の先までどっぷり浸かっていた引きこもりクソニートの平太なら、負けて悔しいという感情なぞ湧いてもこなかったであろう。「あーあやだやだ、こんな遊びに何本気になってんだよ寒いっつーの空気読めよ」などと言い訳をし、不貞寝を決め込んで起きたら綺麗さっぱり忘れ――たフリをして実は心の中ではズルズル引きずって鬱々としたものを溜め込んで、それを吐き出すためにネットの掲示板を荒らして憂さ晴らしをしてその結果アク禁を食らったりしただろう。


 しかし、今の平太はあの頃とはひとつだけ決定的に違う箇所がある。

 それは、今までの自分がダメだと認めた事だ。

 平太はグラディアースに来て初めて己を知り、そこから這い上がろうという意志を持った。それは、自分を変えようという決意となって彼を動かした。そして動き続ける事によって人は成長するのだと知った。


 まあ本来なら義務教育期間中に気づかなければならない事を、平太はこの歳でようやく知ったのだが、ともあれこうして彼は己を変えようと立ち上がった。これは魚類が肺呼吸を獲得する以上の大進歩である。


 そしてさらに、彼を立ち上がらせようとするものがもうひとつあった。

 平太の攻撃を捌くシャイナの超絶的な技術をグラディーラが褒めた時、彼は壮絶な嫉妬を憶えた。


 嫉妬とは一見後ろ向きな感情のように思えるが、扱う向きさえ間違えなければ大きなエネルギーとなる事もある。

 恐らくグラディーラは純粋に剣として、シャイナの技術を賞賛しただけなのだろう。まあこれは想像だが、かつての所有者である前勇者を思い出したのかもしれない。さらに邪推すると、グラディーラは平太よりもシャイナが持ち主だったら良かったのに、と思ったのかもしれない。剣ならば、達人に所有されたいと思うのは当然の事である。そこまで妄想をたくましくして、平太は嫉妬した。


 従来なら、平太はここで拗ねてすべてを投げ出していただろう。しかし、今の彼は前向きに、だったらグラディーラに認められるようになろうと思った。かなりギリギリだが、嫉妬の力を前向きに変換するのに成功した。

 平太は嫉妬を燃料にし、立ち上がる力に変える。

 目指すは、グラディーラを認めさせ、

 シャイナに勝つ。

 そのためにするべき事は――


 平太は歩き出す。

 するべき事をするために。

          ☽

 馬車の中は静かで、シャイナの寝息だけが響いていた。

「シャイナ」

 そこに突然平太が現れる。ドーラたちは何があったのか尋ねようとしたが、平太の何かを固く決意したような表情に、何も言えなくなる。


 そんなドーラたちには構わず平太は馬車の中へと入り、壁にもたれて寝ていたシャイナの前に立った。その瞬間、シャイナはさっきまで眠っていたとは思えないほど勢い良く目を開く。


 沈黙が流れる。二人が見つめ合う時間が長くなるにつれ、それを見守る他の連中の緊張感が膨れ上がっていたたまれなくなる。

「……いい加減何の用か言えよ」

 見つめ合うのにとうとう堪えきれなくなったのか、シャイナが少し照れながら水を向けてきた。


「また………………くれよ」

「え? 何だって?」

 これ見よがしにシャイナが聞き返す。実際声が小さかったのだが、もの凄く嬉しそうにニヤニヤしている顔を見ると大きな声で言うのが本当に厭になる。

 だが、進むと決めた以上これも試練のうちなのだと自分に言い聞かせ、平太は腹に力を入れてはっきりと喋る。


「また俺に剣の稽古をつけてくれよ」

 別に恥ずかしい事を言っているわけではないのだが、シャイナに正面切って頼み事をするのは何だか照れ臭い。それも、ついさっきしこたま負けてきたばかりだからなおさらだ。


 シャイナの返事を待つ。虫のいい話だと突っぱねられても、受けてくれるまで頼み込む覚悟はしてきた。


 だがシャイナはさっきまでのニヤけた顔から真顔に戻ると、再びニヤリと笑い、

「しょーがねーなー。あたしの稽古は厳しいぞ」

 何だか嬉しそうに言った。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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