剣の洗礼☆
キャラクターのイメージ画像を作ってみました。
平太、ドーラ、シャイナです。
◆ ◆
「よし、表に出ろ」
平太が右手の親指でくいっと店の外を指し、
「上等だこの野郎。後で吠え面かくんじゃねえぞ」
シャイナがそれを受けてにやりと笑う。
そこでふと、シャイナはドーラたちの席の方を向いて言った。
「おいグラディーラ。お前もちょっとツラ貸せ」
「良いのか? わたしが出ると洒落にならんぞ」
「後で『負けたのは得物がいつもと違ったせいだ』とか何とか難癖つけられたくねーしな。それに安心しろ。お前が出たところで結果は変わんねーよ」
シャイナの物言いにグラディーラは少しだけ不機嫌そうに眉をしかめたが、すぐに自分の分の茶を飲み干すと、
「では参ろう」
静かにカップを置いて立ち上がった。
グラディーラが来るのを見届けると、シャイナはその他の連中に、
「お前らは着いて来んじゃねーぞ」
まるで来たら殺すと言わんばかりの迫力で言い置いた。
☽
三人が立ち去ると、それまでの緊張が一気に解けた。
「ぷは~……」
重苦しい空気がなくなり、ドーラは今までずっと息を止めていたかのように深呼吸する。さすがのスィーネも緊張したのか、ほっと胸を撫で下ろす。
「ああああああ、あの、あの、どどどどどどうしましょう? このままじゃ、本当に、あの、」
シズは、見てて不安になるほど動揺していた。
そしてその対極的な存在がケインだ。
「ところで、あっしらは来るなときつく言われやしたが、どうしてあの銀髪の姉さんは良かったんでしょうかねえ?」
ケインは意味深な表情で言いながら、空になったカップを手で弄ぶ。まるで周囲を試すかのような口ぶりだが、それでいて見た目はおかわりを頼もうかどうか逡巡しているだけにも見える。相変わらず得体の知れない男だ。
「あ、それはねえ……えっと、うん、そう、立会人。こういう時は、勝負の結果を見届ける立会人が必要だしね」
「なるほど。しかし、こう言っちゃあ何ですが、見たかったなあ。お二人の手合わせ」
「覗こうなどと思わない方が良いですよ」
「いやいや、冗談でさあ」
「それに、彼女がわたしたちを遠ざけたのは、恐らく見せたくない結果になるからでしょう」
「見せたくない、と言いやすと?」
「殿方は、負ける姿を他人には見られたくないでしょう? 特に、見知った女性には」
「まあ、格好悪くて恥ずかしいでしょうな」
「そういう事です」
「つまり、姉さんはあの兄さんが負けるって思ってるんですかい? あっしは逆に、自分が負ける姿を見せたくないから、シャイナの姉さんはあんな事を言ったんじゃないかって思いやしたけどねえ」
「それはありません」とスィーネは断言した。
「剣士ではないわたしでも、彼女の強さはわかります。恐らく――」
そこでスィーネは言葉を探すように間を取る。
「少なくとも今のヘイタさんが相手なら、まかり間違っても負ける事は無いでしょう」
☽
平太たち三人は、林の中を十分ほど歩いた。あまり街道から近いと、うっかり人が入って来て騒ぎになるからだ。
そして木々がまばらで開けた空間を見つけると、
「ここらでいいか」
「そうだな。おあつらえ向きだな」
ここを勝負の場所と決めた。
「グラディーラ」
そろそろ剣になってもらおうと、平太がグラディーラに声をかける。
「…………」
が、グラディーラは何か考え事でもしているのか、こちらの呼びかけには気づいていないようだった。
「おい、グラディーラ」
「ん? ああ、何だ?」
「どうした? 何ぼんやりしてんだよ」
「すまない。少し考え事をしていた」
「頼むぜ、これから勝負だって時に。しっかりしてくれよ」
「ああ、」
口ではそう言いながらも、グラディーラは心ここにあらずといった感じだ。さっきからシャイナの事を気にしているのか、しきりに彼女の事を目で追っている。
「シャイナがどうした?」
「いや、あの女、相当強いぞ」
「知ってるさ。けど俺とお前の相手じゃないだろ」
平太がグラディーラの硬い表情を解すつもりで軽口を叩くが、彼女の不安そうな顔はわずかも明るくならなかった。
「――っ」
グラディーラは何かを言いかけたが、途中で言葉を飲み込んだ。それは、これから勝負をする平太にかけるべきではない言葉だと判断したからであろうか。何にせよ、勝負の事で頭がいっぱいになっている平太には、わかりようもない事だった。
とにかく、ここまで来た以上もう後には引けない。グラディーラは覚悟を決めたように口を真一文字に結ぶ。
林の中に閃光が生まれた。
光が収束した後には、長大な太刀を手に携えた平太の姿があった。
かつての大剣ではなく細身の太刀を選んだ平太の判断に、
「どうやら本気のようだな」
とシャイナは不敵に笑う。その笑みを見て、平太も彼女が本気だという事に気づく。口元はにやりと歪んでいるが、目がまったく笑っていない。こちらの動きをわずかも見逃すまいと睨みつける目に、口だけが笑っている。そう言えば、笑うという行為は元々は動物が牙を剥くのが始まりだったなとかなんとか、何故かそんな事を思い出した。
こちらが得物を手にしたのを確認すると、シャイナも剣を抜いた。いつもの直刀の片手剣に、反対側の腕には中型の円形盾を装備している。
見慣れたシャイナの戦闘スタイルだった。
平太は頭の中で戦術を組み立てる。
シャイナはただでさえ防御に長けている。それは、わずかな傷が生死を分けるかもしれない戦場で培われた技能なのかもしれない。とにかく盾があれば盾で、盾が無くても剣で相手の攻撃をすべて捌いたりいなしたりしてしまう。
思い返してみれば、結局平太はこれまでの彼女との稽古の中で、一度たりともちゃんと攻撃を当てた事が無かったのを思い出した。
――当たらなけりゃどーってことねーんだよ。
以前シャイナに言われた言葉が脳裏をよぎり、平太は改めて怒りを憶える。が、それは彼がまだ未熟だった頃の話だ。いや、今でも剣術に関しては充分未熟なのだが。
それより、今の彼には剛身術がある。常人には持ち上がりすらしない剣を振れるこの膂力を以って、有無を言わさぬ速度で剣を振れば、いかに歴戦の戦士シャイナと言えど完璧に防ぐ事などできぬであろう。
つまり、平太の作戦は至って単純。常識はずれの力でゴリ押しだ。
聖剣グラディーラと自分のパワーがあれば、例え盾で防がれても問題はない。ルワーティクスをも一刀両断したこの切れ味の前には、盾などあって無きが如しである。
だが、そこまではシャイナも想定しているはず。伊達に何度も平太の戦いを目にしているわけではないし、何よりハートリーというオリジナル剛身術の使い手が彼女の師匠だ。剛身術がどれだけデタラメな強さか熟知しているだろう。
ならば、無意味と知ってわざわざ盾で受けるような愚行はしないに決まっている。きっと平太の攻撃をすべてかわすつもりだ。それゆえの、「当たらなけりゃどーってことねーんだよ」というひと言であろう。
そこまで読んで、平太はなおもゴリ押しの策を取る。いくら目の良い戦士と言えど、目にも留まらぬ速さで剣を振り続ければ、いつかは当たるだろうという考えだ。
つまり、当たらなければどーってことはないが、逆に言うと当たりさえすればこちらの勝ちなのだ。
実に単純で頭の悪そうな作戦だが、これが今の平太ができる最良の策なのだから仕方ない。多少馬鹿っぽくても、使えるものは何でも使わなくてはいけないのだ。
勝つために。
「そろそろいいか?」
平太の腹が決まった頃合いを見計らったかのように、シャイナが剣を構えた。
「いいぜ。始めよう」
それに応えるように、平太も大太刀を構える。
互いの距離はおよそ5メートルほど。対してシャイナの剣は、平太の半分もない。先に仕掛ければ、彼女の剣が届く前にこちらの太刀が相手を捉える。
ならば先手必勝。
やはり先に動いたのは平太だった。
剛身術の前に、5メートルという距離は一歩にも満たない。カタパルトから射出されるような爆破的な加速とともに、平太は大太刀を上段から振り下ろす。
ヒトの目で、この速さが見えるはずもなかった。
だが、かわされた。
シャイナは平太の太刀を紙一重のところでかわしつつ、自身も踏み込んで剣を横に払った。
虚しく地面を切りつけた平太の太刀の上を、シャイナの剣が滑るように駆け登っていく。
「なにっ!?」
ほとんどカウンターのようなタイミングで迫るシャイナの剣を、平太は強引に身体をひねって地面に倒れ込むようにしてかわす。
喉元に鋭い痛みが走る。だが辛うじてかわしている。切れたのは皮一枚だ。
「ぐ……っ」
横向きに地面を転がって、平太は距離を取る。
「へえ、よくかわしたな。今ので終わると思ったんだがなあ」
身体の前で剣を∞の字に回しながら、シャイナはにやりと笑う。
地面に片膝をつきながら、平太は喉に手をやる。掌についた血と、楽しそうな笑顔を向けるシャイナに、平太はぞくりと寒気が走るのを感じた。
平太の頭を埋め尽くしたのは、どうして今のがかわされた――のではない。
コイツ、いま本気で俺の首を斬ろうとしやがった――だ。
ようやく平太は、自分がとんでもない奴の相手をしている事に気がついた。そして、自分と彼女との絶望的な差に、これまであった余裕が一瞬で霧散した。
平太はこの勝負、自分がシャイナの盾を破壊して、グラディーラさえいれば盾など不要だと証明すれば終わると勝手に思い込んでいた。少なくとも、致命傷を与える必要はないし、そうはならないだろうという先入観があった。
甘かった。
シャイナは、最初から平太を殺すつもりで剣を振ってきた。
平太は、ただの勝負だと思っていた。
シャイナは、殺し合いだと思っている。
二人のこの戦いに対する意識の違いは、もう決定的にずれまくっていた。
そりゃ最初に細かい取り決めをしなかったり、ルールを確認しなかったこっちも悪いかもしれない。だが、勝負と聞けば当たり前のように殺し合いを始めるシャイナの精神構造に、今さらながら平太は恐ろしくなる。やべぇこいつ、マジキチだ。
いや、それがきっとこの世界の常識で、戦士として当たり前の心構えなのだろう。スポーツマンシップなど存在しないし、そんな甘っちょろい考えをしている奴など真っ先に狙われて殺される世界なのだ、ここは。
ただ単に、平太が甘かっただけの話である。
「やっぱ異世界ってこえぇな……」
常識が違うという事の恐さを再認識していると、平太の頭の中にグラディーラの思念が響いた。
『気をつけろ。手加減して勝てる相手ではないぞ』
「手加減なんかしてねえよ」
沈黙が頭の中を漂う。
『やはり、気づいていなかったか』
「何にだよ?」
『お前、さっきの一撃は本当に全力か?』
「当たり前だろ」
グラディーラのため息。
『本気でそう言ってるとしたら、わたしも相当舐められたものだな。ルワーティクスを斬ったあの一撃と、さっきの一撃の違いがわからぬほど、わたしはなまくらではない』
そしてグラディーラは、決定的なひと言を言った。
『お前、人を斬れないだろ』
「ぐ……」
呻くことしかできない平太に向けて、グラディーラはさっきよりも大きなため息をつく。
『最初はあの女が仲間だから躊躇しているのかと思ったが、お前から伝わってくる感覚が“遠慮”ではなく“怯え”だったからな。どうりでわたしの切れ味も鈍るわけだ』
グラディーラとは大まかとはいえ思考や感覚を共有しているため、隠し事はできないようだ。
『まあいい。その話は後でするとして、今は目の前の相手に集中しよう』
「お、おう……」
『わたしとしては不本意だが、今回だけは切れ味を捨てよう。お前の膂力があれば、どれだけなまくらであろうと当たれば威力はそれなりに中に通る。奴の鎧がどれだけ強固であろうと、数を当てていけば何とかなるかも知れぬ』
ヒトに刃物を当てられぬ平太のために、グラディーラは剣である事の誇りを捨てて鈍器の役をしてくれると言う。その申し出がとてもありがたくて、とても申し訳なくて、
「――すまない」
つい謝ってしまう。
『謝る必要はない。わたしとお前はすでにひとつの身と化している。それに――』
「それに?」
『――いや、それも後で話そう』
彼女が何を言おうとしたのか問い返してみたが、それっきりグラディーラはうんともすんとも言わなくなった。仕方なく平太は思考を切り替え、目の前の戦いに集中する。
見ると、シャイナが剣の鎬で肩を叩きながら待っていてくれた。
「相談は済んだか? いい加減待ちくたびれちまったぜ」
「悪い、もう終わった」
「ったく、作戦会議なら始まる前に済ませとけよな。これが本チャンなら、律儀に待ってくれる敵なんていねーんだぞ」
まさか相棒に弱点を指摘されてそれが図星だったなどとは言えるわけもなく、それにシャイナの言う事ももっともなので、平太は素直に「すまん」ともう一度謝る。
「それじゃ続きやっぞ」
「おう」
何だか謝ってばかりで削がれそうになる気を、平太は懸命に立て直す。相手はもう、とっくの昔に本気なのだ。これ以上気合で出遅れるわけにはいかない。
再び太刀を構え、対峙する。
だが、今度はすぐには踏み込めない。さっきの攻撃がどうしてかわされたか、その謎が解けないうちは迂闊に飛び込めないのだ。
「どうした? 来ないのならこっちから行くぜ?」
言うなり、シャイナは大胆に間を詰めてきた。仕方なく平太が頭を切り替え、向かってくるシャイナに意識を集中する。ただし、脳の二割ほどを先の疑問を解くのに割り当てておくのは忘れない。
シャイナの戦闘スタイルは剣と盾を用い、攻守のバランスが良い。グラディアースでは一般的と言われるスタイルだが、凡庸ゆえに奥が深い。まるで将棋の定石のように、先人たちがあらゆる攻守の型を生み出しては洗練し、または対抗策を編み出しては消えていった。
そうして長い年月をかけて研鑽され、ふるいにかけられて現在に至った戦法は、古臭くはあるが決して古ぼけてはいなかった。
「ッシャァ!」
気合とともに打ち込まれるシャイナの剣は、一度の無駄もなく平太を追い詰めている。今や平太は防戦一方で、刀身の長い大太刀を窮屈そうに振るってシャイナの剣を防ぐので手一杯になっていた。
「オラオラ! 受けてるばっかじゃ勝てねーぞ!」
挑発しながらも、シャイナは矢継ぎ早に剣を振るい、着実に平太にダメージを与えている。辛うじて致命傷や重大な傷を受けていないのは、恐らく着ている鎧の性能のおかげだろう。
浅手ではあるものの、次々と襲う斬撃の痛みに、平太の中に恐怖が込み上げてくる。シャイナの攻撃は、決して見えないものではない。これまで幾度となく稽古を受けてきた彼にとっては、見慣れたといってもいいほどの速度である。
なのに、避け切れない。
太刀で受けると、すぐに逆側を切りつけられてしまう。
恐るべきことに、試しに剛身術を使って動体視力を強化してみても、シャイナの剣をかわしきれなかった。
幸いそれはすぐにカラクリがわかった。
シャイナは攻撃の中で、平太の重心をコントロールしているのだ。しかも重心がかかっている方を攻めるだけでなく、それまでの攻撃で体勢を崩している。だから避けようにもそれ以上足が動かず、太刀で受けようにも身体が思うように動かせないのだ。
これが、剣術というものか。
ヒトがヒトを倒すために培われた技術。
決して才能などではない。技術とは、努力の積み重ねで得られるものだ。そこに早いか遅いかがあるだけで、努力すれば絶対に得られるのが技術である。
つまり今この場にあるのは、それを持つ者と持たざる者の差。
努力した者と、しなかった者の差。
シャイナは今、それを平太に見せつけている。
「どうした? 信じられないって顔だな」
剛身術を出す隙を見出せずにいいように切り刻まれている平太に向けて、シャイナは余裕の笑みを向ける。
「剛身術さえ使えりゃ勝てるのに、ってツラしてるぞ」
図星である。
「いいぜ。使ってみろよ」
あろうことか、シャイナはこのまま続ければ確実に勝てる攻撃をやめて、一歩下がって間を取った。
何という余裕。
何という侮辱。
それが平太のプライドをいたく傷つけ、怒りの炎に油を注いだ。
「――後で後悔すんなよ」
「御託はいいからさっさとかかって来い。その分不相応な自信、粉々に砕いてやっからよ」
シャイナは平太をからかうように、剣を握っている手の人差し指をちょいちょいと曲げ伸ばしする。
それが着火点となった。
激しい怒りを吐き出すように、平太は全力で踏み出す。
今度こそ本気だった。




