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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第三章
65/127

岬の亡霊

          ◆     ◆


 翌朝。


 昨日からの重たい空気を残したまま、平太たちは再びコンクラータの岬へとやってきた。

 目的は、伝説の盾についての情報収集である。

「……とはいえ、誰に何を訊いたら良いものやら」

 平太は周囲を見回す。岬は巡礼用の白装束を着た人たちで溢れてはいるが、彼らは言ってみれば観光客のようなものだ。恐らく持ってる情報など、平太たちと似たり寄ったりだと思われるので、あまり期待できない。


「お店の人たちに訊いてみてはどうでしょう?」

 スィーネが立ち並ぶ土産物屋を見て言う。正直期待は薄かったが、他にあてもない。藁にもすがる思いで、一同は聞き込みを開始した。

          ☽

 一時間後。

「駄目でしたね」

 片っ端から出店を回って聞き込みをしたせいか、スィーネの事務的な口調に少し疲れが見える。


「まあ、地元の人間全員が事情通ってわけじゃないからなあ」

 とは言うものの、さすがに平太も歩き回って疲れた。最初から期待していなかった分落胆は少ないが、それでも疲労が軽減するわけではない。特に行動に対して結果が皆無だと、肉体的にも精神的にも堪えるものがある。


「あの……」

 倦怠感の漂う場の空気に怯みつつ、シズが小さく挙手をする。

「どうしたの?」

「あんまり関係ないと思うんですけど、こんな噂話を聞いたんです」

 ほうほう、と一同の頭がシズを中心に集まる。


 シズが聞いた話だと、このコンクラータの岬には、二つの逸話があるという。

 一つは、誰もが知っている勇者が伝説の盾を手にしたという話。

 そしてもう一つは、

 そこでシズの言葉が止まる。見れば、心なしか顔色が悪い。

「どうした?」

 平太が声をかけると、シズは「は、はい!」と身体を震わせて驚く。

「実は最近、この岬に子供の亡霊が出るみたいなんです」


「亡霊?」

「はい。何でも、半年くらい前からずっと同じ姿で岬に立っているみたいなんです。でも海を見ているだけで、別に害があるわけじゃないんです。でも、地元の人は少し気味が悪いと」

「岬に立って海を見ている亡霊か」


 そこでふと、平太の脳裏に昨日見た少女の姿が思い浮かんだ。

「それって、髪がピンクでくせ毛の小さい女の子?」

「え? いえ、そこまで詳しくは……。けど、小さい女の子なのは当たってます」

「え? 何それ? もしかしてヘイタ見たの?」一歩後退るドーラ。

「あ、いや、見間違いかもしれないけど、昨日あの岬の先端に、そんな感じの女の子がいたような気がしたんだ」

「気がした、とはどういう事でしょう?」

「それがね……消えちゃったんだ。ちょっと目を離した隙にぱっとね」

 ひえええええ、とドーラとシズは抱き合いながら悲鳴を上げる。


「おい、本当に見間違いだったのか?」

 いつにも増して険しい目つきをしたグラディーラに問い詰められ、平太はますます自信がなくなってくる。

「一瞬だったからなあ。おまけに夕日が眩しかったし」

「ぬう……」

「何か思い当たるふしでもあるのか?」

「それは……」

 グラディーラは言葉を濁し、

「……いや、何でもない」

「何だよそれ」

「すまん。話を続けてくれ」

 平太の追求を逃れるように、グラディーラは話の続きをシズに振る。

「え? あ、はい。でも続きと言われても、後はその女の子の出現時間くらいですね」

「決まった時間に現れるのですか?」

「はい。お店の人の話によると、日の出から日の入りまでずっと岬の先端にいるそうです。巡礼の人たちは気づきませんが、さすがに毎日ここでお店を出している人は気づいているようです」

「まあ通り過ぎるだけの巡礼者じゃあ、気づかないのは当然だわな」


「最初は近所の子供が通っているのかと思われていたそうですが、朝から晩まで毎日となると……ねえ」

「それで亡霊か。しかし、日の出から日の入りの間出現する幽霊ってのもおかしな話だな」

「そこはまあ、便宜上亡霊と言っているだけのようですよ」

 ともあれ、シズの話を聞くと怪しいことこの上ない。おまけに隠してはいるが、グラディーラは何か心当たりがありそうだ。平太自身も少女の事は気になる。となると、

「よし。明日直接その少女に話しかけてみるか」

 こうなるのは当然の流れだった。


「えー!? やめなよ。祟られでもしたらどうするんだい」

「そ、そうですよ。それに、わたしたちが探してるのは伝説の盾で、女の子の幽霊じゃないんですよ」

 ドーラとシズが結託して平太を説得しようとするが、その程度で考えを改める平太ではない。

「やれやれ。勇者巡礼中は彼に主導権があるとはいえ、今回は少し気乗りしませんね」

「まあそう言うなよ。もしかしたら、本当に亡霊に会えるかもしれないぞ」

「だから、それが一番困るんじゃないか!」

          ☽

 ドーラの制止も虚しく、一同は岬の先端までやって来た。

 そこには、巡礼者たちに混じって少女の姿があった。噂通りである。

「うわあ、本当にいたよ……」

「亡霊というわりには、ずいぶんとはっきり見えやすね」

「きっとそれだけ恨みが強いんですよ。だって昼間っから見えるくらいなんですもの」


「お前ら、勝手に人の背中に隠れるな」

 少女に一番近い距離にいるのが平太で、その隣にグラディーラ。そこから10メートルほど距離を置いてシャイナとスィーネ。その二人の背中に隠れるようにしてケイン、ドーラ、シズが立っている。


 平太は当然のように隣に立っているグラディーラに、自分の予感が正しかったという思いが強くなる。

 平太とグラディーラがそばに立っても、少女は意に介さない。まるで二人の事などまるで興味が無いように、じっと海の方を凝視している。

「やはり……」

 波に消えそうなほど小さな声で、グラディーラはつぶやいた。

「おい、スクート」

 グラディーラがそう呼ぶと、初めて少女が反応した。こちらを振り向き、グラディーラの姿を見とめると、それまで無表情だった顔が子供らしくぱっと明るくなる。

「グラディーラおねえちゃん!」

 少女――スクートは大きな声でそう言うと、グラディーラに駆け込むように抱きついた。


「おねえちゃん?」

 平太が繰り返す。グラディーラに心当たりがあるとは思っていたが、まさかおねえちゃんとは。予想外にもほどがある。

「グラディーラ、説明してくれ」

「仕方ない……。こいつはスクート。わたしの妹で、お前らが探している伝説の盾だ」

 平太の背後で、正確にはシャイナの背中から「ええっ!!」と驚きの声が上がる。

「ほら、スクート。みんなに挨拶しろ」

 グラディーラに促され、スクートは抱きついていた身体を反転させ、平太たちに向き直る。深々と頭を下げ、

「はじめまして、スクートです。あのね、スクートね、ゆうしゃのお兄ちゃんを待ってるの」

 にっこりと笑った。

          ☽

 巡礼者の姿が増えてきた。付近の宿に泊まってた連中が繰り出す時刻なのだろう。このままだと邪魔になるし、落ち着いて話もできないので一同は場所を変えることにした。


「……さて、詳しい話を聞こうか」

 適当な茶店に腰を下ろし、注文を取りに来た店員が引っ込むのを見計らって、平太が切り出した。グラディーラは頷く。

「スクート、どうしてお前がここにいたんだ?」

「あのね、スクートね、ゆうしゃのお兄ちゃんを待ってるの」

 スクートは楽しそうに足をぶらぶらしながら答える。

「それはさっき聞いた。そうではなく、お前がどうしてここにいる? アルマねえと一緒に隠居していたはずだろ」

「アルマって誰だ」

「今はその話はいい」

「え~……」

 平太の質問は一蹴されてしまった。


「アルマおねえちゃんは、ずっと前にどっかいっちゃった」

「なに!?」

 椅子が倒れそうになるほどの勢いで立ち上がるグラディーラ。その迫力にドーラたちも椅子を引いて距離を取ってしまうほどだが、対するスクートはしれっとお茶の入ったカップを両手で持ってすすっている。

「えっとね、スクートね、アルマおねえちゃんとずっと静かにくらしてたんだけど、ずっと前にね、アルマおねえちゃんがまおうがふっかつしたけはいを感じたの。むずかしい顔をして『この邪気は……』とか何とか言ってた。そしたらね、『ちょっと出かけてくるから、スクートはここでおとなしくしてなさい』って言ってどこかに行っちゃった」


「出かけたって……どこに行くとか、いつ戻るとか聞いてないのか?」

「ううん、聞いてない」とスクートは首を横に振る。

「でね、スクートね、アルマおねえちゃんのいいつけどおり、おとなしく待ってたの。けど、いつまでたっても帰ってこないから、おかしいなって思ったの。そしたら気づいたの。たぶん、アルマおねえちゃんが出て行ったのは、まおうのせいだって。だってね、スクートたちがたおしたはずなのに、ふっかつしちゃったからせきにんを感じたんだろうな。だからきっと、もう一度まおうをたおすためにゆうしゃのお兄ちゃんを探しに行ったんだと思う」


 勇者という言葉に過去の辛い記憶が蘇ったのか、グラディーラの表情が一瞬だけ強張る。

「スクート、勇者は、もう……、」

「だからね、アルマおねえちゃんがゆうしゃのお兄ちゃんを探してるんだったら、スクートはゆうしゃのお兄ちゃんがスクートを見つけてくれたところで待ってることにしたの。だって、アルマおねえちゃんがゆうしゃのお兄ちゃんを探しに行ったように、勇者のお兄ちゃんもスクートたちを探してるかもしれないから。行きちがいにならないように、スクートはここで待ってたの」

「それでこの岬でずっと待っていたのか」

「うん!」とスクートは力強く頷く。


 ようやく事情が飲み込めた。亡霊という話は信じていなかったが、まさかその正体が伝説の武具のひとつだったとは。

 しかしながら、グラディーラも自分が勇者と出会った場所に戻って隠居生活をしていたが、こうなると冗談抜きで伝説の武具には元の場所に帰る、帰巣本能のようなものがあるのかもしれない。


 だが、今の話にはいくつか腑に落ちない点もある。

「亡霊じゃないってのはわかったが、じゃあ俺が見たあれはいったい何だったんだ?」

「あれってなーに?」と無邪気に首を傾げるスクートに、平太は昨日自分が見た光景を説明する。

 するとスクートは「なあんだ、」と簡単な手品のタネを明かすように答えてくれた。

「あれはね、スクートが走っただけだよ」

「え?」

 ますます納得がいかない。いくら夕日がまぶしかったとはいえ、岬のような開けた場所で走る子供を見失うはずはない。


「スクートが本気で走るとはやいんだよお」

「いや、でもなあ、」

「そいつの話は本当だ」

 スクートの話をグラディーラが補足する。

「スクートは増幅魔法を使うんだ。自分にかければ、身体能力を何倍にもできる。目にも留まらぬ速さで走る事だって可能だ」

「だから言ったでしょ。スクート、かけっこには自信あるんだ」

「なるほど……」

 だから一瞬で消えたように見えたのか。そしてそれを見た地元の人間が、スクートを亡霊と勘違いしたのだろう。


「ところで、グラディーラおねえちゃんはどうしてここにいるの? 世界のことなんか放っておいて、スピルトゥンスに引きこもってたんじゃなかったっけ」

「それは……」

 無邪気な少女の質問に、グラディーラは答えに窮する。

「そのおねえちゃんたちは誰? グラディーラおねえちゃんのお友達?」

「いや、まあ、何と言えばいいか……」

「あ、わかったぁ!」

 スクートが大きな声を上げると、グラディーラの肩がびくりと跳ねた。

「グラディーラおねえちゃんも、ゆうしゃのお兄ちゃんを探してるんでしょ。それでここに来たのね」

「違う。そうじゃないんだ」

「違うの?」

 再びスクートが子犬のように小首を傾げる。柔らかそうなピンクのくせ毛がふわふわと揺れた。


「わたしたちと共に戦った勇者はもういないと、何度も言ったはずだ」

 グラディーラの声は穏やかだったが、疑問や反論を許さない強さがあった。

「彼はもう、わたしたちの事を憶えてはいない。だから、たとえもう一度出会えたとしても、再び戦う事などできないのだ」

「そんなこと、わかんないもん!!」

 突然スクートはテーブルを両手で叩き、大声を上げる。周囲の客の視線がこちらに集まるが、グラディーラは意に介すどころかさらに大きな声でスクートを叱る。

「いい加減にしないか! お前は自分のわがままで、彼を再び戦いに巻き込もうというのか!?」

「わがままじゃないもん! まおうがふっかつしたんだから、倒さないとだめだもん! それがゆうしゃだもん!」

「そしてまた、彼が傷ついてもいいのか?」

 スクートの反論は無かった。何か言いたそうに口を開くが、言葉がうまく出て来ないのか、しばらくしたら口を閉じる。


 スクートの中では、勇者に会いたい気持ちと彼を案ずる気持ちが戦っているのだろう。勇者には会いたい。だが再び彼を戦いに巻き込むと、今度こそ取り返しのつかないくらい壊れるかもしれない。

「グラディーラおねえちゃんのバカ!!」

 色んな感情が混ざり合ってどうしようもなくなって、結局悪口しか出てこなかった。

 スクートは悔し涙を流しながら、瞬間移動でもしたかのようにその場から消える。

「あ、こら待て!」

 グラディーラが立ち上がって止めようとした時にはすでに遅かった。それは彼女も理解しているようで、行き場を失った手をゆっくりと下ろしながら座る。

 見れば、周囲の他の客の視線がこちらに集まったままだった。大声でケンカのようなやり取りをしていたのだから無理もない。グラディーラが大きく咳払いを一つすると、視線は一斉に散った。


 グラディーラがため息を吐く。

「騒がせてすまないな。あいつはいつまでも子供で困る」

「子供って言っても、五百年以上生きてるんでしょ? 中身は立派な大人じゃないの?」

 ドーラの意見ももっともである。彼女たちは五百年以上前に、魔王を倒すために生まれたのだ。

「わたしたちは老いない代わりに、生まれた時からこの容姿だからな。肉体的に成長が無いと、精神的な成長も少ないのだよ」

 そう言うとグラディーラは、少し寂しそうに笑った。それは、長い年月を変わらぬ姿で生きてきた者だけができる笑みだった。


「ともあれ、伝説の盾――スクートさんを仲間にするのは無理のようですね」

 スィーネが言うまでもなく、平太もそう感じていた。スクートは、前の勇者の事を忘れられないでいる。そんな彼女に、新しい主に仕えろと言っても聞く耳持たないだろう。

「本人にそのつもりがないのなら、仕方ないさ。無理強いするものでもないし、スクートの事は諦めよう」

「……わたしの時といい、お前はよくもまあそう易易と諦められるな」

 グラディーラにじっとりとした目で見られ、平太は「う~ん」と唸る。


「俺は自分がしたくない事はしないし、人が厭がる事はさせたくないだけだよ。それに……」

「それに?」

「俺の戦い方だと、盾は必要ないからなあ。ぶっちゃけグラディーラがいれば、何とかなるんじゃないかって気がするよ」

 平太のその言葉に、グラディーラが反応するよりも早く、シャイナが椅子を蹴って立ち上がった。

「お前、本気でそんなアホな事言ってるのか?」


「アホって何だよ? そりゃちょっと調子のいい話かもしれないけど、最強の剣のグラディーラと俺の剛身術があればそうありえない話じゃなくね?」

 平太が言い終えると同時に、シャイナが「ハッ!」と吹き出す。

「笑わせるなよ。お前のヘボ剣術じゃ、ちょっとばかし力が強くなったところで、少し腕の立つ相手には通用しねえよ」

「イグニスには通用したじゃないか」

「ありゃ相手がお前を舐めてかかってたからだ。次は絶対お前が負ける」

「そんなの、やってみないとわからないだろ」

「いーや、わかるね。お前相手ならあたしだって勝てるっつーの」

「なんだと……」

 しばらく二人は睨み合っていたが、やがて筋書きでもあるかのように、二人同時に声を合わせて言った。

「じゃあ勝負してやるよ」


 とうとう出てしまった言葉に、ドーラとスィーネが眉をしかめて天を仰ぐ。シズは鼻息の荒い二人をどうにか落ち着かせようと思いつつも何もできずに「はわわわ……」とおろおろしている。

 ケインだけが、のほほんと茶を飲んでいる。こいつにとっては真実他人事だから仕方ない。

「いやあ、大変な事になりやしたねえ」

 全然大変そうに聞こえない声が合図となったのか、平太とシャイナは同時に席を立った。

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