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三つ子の魂百までも! ~何度転生しようと本質は変わりません  作者: チョコころね


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番外編:ファリザ神殿長の至福


 ほんの100年にも満たない前、科学を否定された時代があった。


 ファリザは、古い伝統を継ぐ地方都市で育った。

 そこそこ裕福な商家に生まれた彼は、他者と同じ、ほどよく(ゆる)い教えを受けたが、彼自身の才覚によって、それらは鋭角に研ぎ澄まされ伸ばされ、やがて異端の教義とみなされた。


 凝り固まった価値観を持つ者には、まだ13歳の少年の描く数式が複雑すぎて、邪神を下ろす魔法陣に見えたのも仕方なかったかも知れない。


 地下牢に閉じ込められて5年、彼は光を纏った一人の聖人によって解放された。


『遅くなってすまなかったね』


 その人は、汚臭漂う地下牢に自ら入り、垢まみれのファリザの手を取って、心からの謝罪の言葉を口にした。

 手から伝わるぬくもりを、目を閉じてさえ感じる聖なる光を浴びるにつれ、彼の心はどんどん白くなっていった。

 全身を洗われ、粥を供され、清潔なベッドに横たわる頃には、あんな境遇に落とした者達への恨みも、頭からあふれる数式も、全てはかすれて遠くなっていた。


 彼を救い出したのは、王都からやってきた新しい教皇とのことだった。

 3年前、至高の地位に就任したというニコラスは、ファリザに幾つかの選択肢を与えた。

 家に戻るか、学問を究める為に王都の研究所に入るか……


「君が望むなら、誰も知らない場所で体と心を休ませ、日々生きて行けるようはからおう」


 全て、彼のこれからを真摯に考えた提案だったが、ファリザは首を振った。


「赦されるなら、神殿に、貴方様の傍らに置いてください」


 皮肉な事に、科学を学ぶことを許されて初めて、ファリザは科学では表せない存在に(ぬか)ずいたのだった。


 


 それから十数年の間、ファリザはたびたび猊下と共に地方を周った。

 異端審問による傷跡をたどる旅だった。

 ファリザのいた街もそうだったが、審問禁止令を出しても行き渡らない場所や、知らせがあっても改善しない、むしろ隠そうとする所が多くあり、報告を待つ間に失われる命を猊下が惜しんだ為だ。


「それが人間(ひと)というものだ」


 (むご)たらしい現場に遭遇しても、猊下は人の弱さを否定しなかった。

 だが、罪を見逃すこともなかった。

 抵抗するものは容赦なく叩きのめし、その額に触れ罪人の証を刻んだ。


「己の所業を心より悔むことができれば消える」


 と言い残して。

 猊下はやることなすこと、とてつもなく非科学的だった。


(これらは決して、誰にも解明される事はない)


 原理を考える事が不敬、とかではない。

 どんなに科学が先へ進もうとも、決して解き明かせない謎が己の目の前にある。

 永遠に問い続けていられる存在に出会えた歓喜に、ファリザは身を震わせた。



 国内のごたごたが(おおむ)ね片付いた後は、猊下同様ファリザも王都に落ち着いた。

 ファリザはいつの間にか積み重なっていた功績により神殿長に指名され、人々に分け隔てなく対応したが、それは特に今まで下に見られる事が多かった女性達に響いた。

 ファリザにしてみれば、猊下以外は全て塵芥(ちりあくた)だったので、男も女も特に意識したことではなかった。


 ただ特別に思う女性はいた。


 たまに猊下を訪ねてくる、少女――マリオン・エクスチェンジ伯爵令嬢。

 彼女が祭壇に向かい何かを口ずさむと、猊下と同種の光を纏う事に気が付いた。


 自分の見た事を語ると、猊下は苦笑を浮かべた。


「あの子の歌う『歌』でなく、歌っている『あの子』自身に異能を感じるなんて。やっぱり君は面白いねぇ、ファリザ」


 そう言われれば、あの歌は聞き覚えがなかったと気づいたが、元より彼の知る歌なぞ少なかった。


「申し訳ありません。私は2、3の讃美歌しか存じませんので」

「ふふ、そうだねぇ。少しは、歌舞音曲も覚えた方が良いかもしれないね」


 神殿長の素養として必要なのかと、ファリザは真面目に『音楽』を学んだ。

 それによりますます女性人気は高まったが、そんな事は知らず彼は少女が歌っていた歌を探せずにいた。


「あの子はたまに誰も知らない歌をうたう」

「ご自身でお作りになられたものでしょうか?」

「違うと言っているよ」

「では、どなたの作なのでしょうか?」

「さあねぇ、この世の人ではないのかも知れないね」


 猊下は全てを知っておられる。

 それはファリザの信念であり、彼の知る唯一の真実だ。

 であるなら、あの少女の歌はこの世ならざる場所――神の国の歌なのだろう。


 人の美醜を気にせぬファリザの瞳だが、猊下と歌う少女の放つ光は、とても眩く美しく映っていた。

 

(あの光を守る事が、私がこの世に生を受けた理由であろう)


 ……ファリザは思い込みがとても激しかった。 









 己に課せられた全ての奉仕を終えた後、彼は仮初めの部屋に備え付けられている、小さな祭壇の前に膝をつく。


 エクスチェンジ伯家の問題が概ね片付き、マリオンが王太子妃、未来の王妃に内定したその日、ファリザはささやかな充足を得た。


 地上の地位など『聖女』には不要であろうが、目に見える地位がなければ、額づけない者への慈悲なのだと彼は考えていた。


「すべての栄光はあの方々の上に」


 その為なら自分の身など路傍の石、一握の砂、灰燼と帰しても構わなかった。

 ファリザは瞼の裏に()の光を思い描き、今日も短い眠りについた。




…彼に関しては猊下は何の誘導もしてません。

…多分、作中で一番幸せなファリザさんの話。

…今までも、これからも、彼とマリオンは一度も話すことはありません。


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