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悪役令嬢のメイドさん〜お嬢様が婚約破棄されたので、イチャラブスローライフに突入です〜  作者: りんご飴ツイン


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北の大陸からやってきた主従の場合

 

 それはミーナとセシリーの結婚式から一週間が経ったある日の王都でのこと。


 ミリファとやらにべったりな『悪魔王の残滓の一つ』を観察して問題なさそうだと判断したミーナがセシリーにお土産でも買って帰ろうとしていた時である。


「あっ。貴女はあの時の!」


「……?」


 そう声をかけてきたのはマントのようにメイド服を肩に羽織っているミーナと違って、それはもうばっちりとメイド服を着こなした正統派メイドさんだった。


 結婚式の手伝いにと動いてくれたうちの一人。何やらシェルフィー=パープルアイス公爵令嬢と共にキアラも参加していた『仲良し決定戦』というものに出場していたのだとか。


「ミーナさんだったよね? メイドでありながら主人との結婚を果たした、あの!」


「ええ、そうですね」


「その、そのそのっ! もしよろしければお茶でもしながらメイドがどうやって主人を射止めたのか聞かせて欲しいんだけど……いい、かな?」


 セシリーに出会う前までのミーナであれば、声を発する暇も与えず『衝動』のままに殺していただろう。


 セシリーへの恋心を自覚する前のミーナであれば、無感動に断るなり無視して転移でもしていただろう。


 だけど、『今』のミーナは違った。

 本人も自覚していないが、確かに変化はあったのだ。


「あまり長くならないのならば、構いません」



 ーーー☆ーーー



『ハッピー☆トロピカルスパーククライシス』。若者に人気のある飲食店でミーナとメイドさんは向かい合って座っていた。


 赤とか青とか紫とか黄色とか緑とか、とにかくカラフルなドリンクで口の中を潤したメイドさんは開口一番にこう告げた。


「ぶっちゃけメイドの身で主人を射止めるのって大変じゃなかった?」


「射止める……。違いますね。アタシはセシリー様を射止めたつもりはありません。アタシが、セシリー様に射止められたんです。何せセシリー様ですもの。究極にして最高に全世界で一番可愛らしい女性のおそばに仕えておいて好きにならないなんてあり得ません!!」


「ほ、ほほぉ。初手から惚気とは流石は新婚さんっ。じゃ、じゃあ、メイドと主人が結婚するにあたってこれを乗り越えるのが大変だったってのは!?」


「乗り越える、ですか。第一王子も『衝動』もキアラも悪魔王も()()()()どうとでもできたので大変というほどでもありませんでしたが……」


 サラリとありとあらゆる変化を元に戻る第一王子や悪魔王から派生した殺人衝動や大陸も惑星も宇宙さえも消し飛ばしたキアラや『魔の極致』を含む魔族全員さえも不要なモノと切り捨てて最適化していった悪魔王とのアレソレを軽く流すミーナ。


 そんなものよりも大変だったとしてミーナの口から出たのは、


「セシリー様が好きだと、そのことにきちんと向かい合うこと。そこを乗り越えるのが一番大変でした」


「まあ相手は主人だもの。身分の違いやら何やらが気になって、自分の気持ちから目を背けてしまいそうになるよね」


 通じているようで通じていなかったりするのだが、その辺はやはり魔王(ミーナ)人間(メイド)なので完全に意思疎通することがまず難しいのだろう。


 くるくるとカラフルなドリンクが注がれたグラスを回しながら、メイドさんは言う。


「私もミーナさんと一緒で主人に恋しているんだよね。元と現という違いはあっても同じ公爵令嬢を相手に」


 ついでに言えば、主人が第一王子に婚約破棄を突きつけられたところも一緒だったりする。ミーナのほうはその手で主人の元婚約者である王子を殺しているが、メイドさんのほうは主人の元婚約者である王子が今どこで何をしているか知らないし興味もなかった。


 ……血生臭い結末を迎えているか否かで、両者の性質の違いが見えてくるというものだ。


「時々、ね。この想いは胸に秘めたままのほうがいいんじゃないかって思う時もあるんだよね。だって、ほら、身分やら性別やら障害だらけじゃんっ。愛を貫くってのはお決まりの美談だけど、『どうなるか』は分からないもの。私の好きが拒絶されてシェルフィー様との関係が悪化するかもしれない。奇跡的に受け入れてもらえたとして、周りが受け入れてくれなかったら? その結果シェルフィー様の立場が悪くなるかもしれないし、最悪公爵家から追放されることだってあるかもしれない! だから、そうなるくらいなら、だったら好きという気持ちに蓋をして、せめてメイドとしておそばに仕えることを選ぶのも……ッ!!」


 溢れて、止まらない。

 ずっとずっと一人で抱えてきたそれが、ミーナという『可能性』を前にして爆発したのだ。


 諦めなければ、ミーナのように主人と一緒になれるかもしれない。だが、それはあくまで可能性。それも『元』公爵令嬢を射止めたミーナと『現』公爵令嬢を射止めようとしているメイドさんとでは乗り越えるべき壁に大きな差がある。


 それでも、もしかしたら。

 でも、やっぱり。


 思考はぐちゃぐちゃだった。それこそ一週間前に会っただけの相手にぶちまけてしまうほどに。


 だから。

 だから。

 だから。



「頑張ったほうがいいですよ」



「がん、ばる?」


「そうです。真正面からぶつかるのは怖くて、目を背けて膝を抱えていたほうが楽ですけど──頑張って頑張って頑張ったから、アタシは最愛を手に入れることができました」


「…………、」


「拒絶されるかもしれないという恐怖はアタシも理解できます。ですが、そこで諦めてしまったら『絶対に』最愛は手に入らないんです。それなら、どれだけ怖くても頑張ったほうがいいに決まっています」


「確かにそっちのほうが『美談』だよ。だけど、拒絶されたら……ううん、それは私が努力しないといけないことだよね。そうじゃなくて、万が一受け入れてもらっても、私のせいでシェルフィー様の立場を悪くして、敵を増やしてしまったら? 現実は相思相愛であっても『美談』にはならない!! 私の好きがシェルフィー様を傷つけてしまうかもしれないんだよ!?」


「……? その時は頑張って邪魔なものを片っ端からやっつければいいじゃないですか。好きと向き合うことに比べれば、邪魔なものをやっつけることなんて簡単でした。アタシにだってできたことなので、貴女だってできますよ」


「やっつけるって、は、はは。シェルフィー様の障害となる相手ともなればそれこそお偉方ってヤツなのに軽く言ってくれちゃって……。でも、そうよね、実際にそれで最愛を手に入れたからこそだものね」


 そもそも目の前の無表情女が悪魔の中の悪魔だって頑張ればやっつけられる最強であることまではメイドさんは気づいていなかった。


「何なら貴女の好きを邪魔するような奴はアタシがやっつけてあげますよ」


「そう、だね。実際に主人を射止めた成功者に力を貸してもらえるのは心強いかもっ」


 物理的に『強い』味方を得たことまではもちろんメイドさんは気付いていなかった。


「それより、その、ごめんね、ミーナさん。いきなりわーわー言っちゃってさ」


「いえ、別に気にしていません」


「そっかそっか。でも、うん、ありがとう。ミーナさんのおかげで吹っ切れた……とまでは言わないけど、少なくとも好きに対して前向きに考えたいとは思う」


「そうですか」


「……それはそれとして、シェルフィー様に近づく第一王女とか騎士団長の娘とか宰相の娘とかシェルフィー様の妹君とかシェルフィー様専属家庭教師とかズーム公爵家のご令嬢とかをなんとかしないとそもそも話が進まないのよね。くっそう、敵が多い!! ねえねえミーナさん、恋敵が現れた時ってどう対応すればいいと思う!?」


「恋敵……。ぶっ殺す、のはダメだから、遠くに捨てるのがいいと思います」


「あははっ。もう、ミーナさんってば無表情で冗談言うんだからー」


「???」


 やはり魔王(ミーナ)人間(メイド)なので完全に意思疎通するのは難しいようだった。



 ーーー☆ーーー



 何やら真面目というかシリアスというか、とにかく堅っ苦しい雰囲気だった。


「ひっく」


 そんな雰囲気の中、メイドさんは()()()()()()こう言った。


「そういえばミーナさんってば『セシリー様こそ究極にして最高に全世界で一番可愛らしい女性』なんてほざいていたよね?」


「ええ、それが?」


 話題が、飛んだ。

 先程までの真面目な雰囲気はどこへいったのか、メイドさんはだんっ! とカラフルなドリンクが注がれたグラスを机に叩きつけて、こう続けたのだ。



「シェルフィー様がいちばーんきゃわいいんだから!! 訂正をよーきゅーしますっ!! ひくっひっく!!」



 正統派メイドさんらしく芯の通った声音がそれはもうふにゃふにゃっと緩んでいた。目はとろんとしていて、そう、まさしく酔っ払いのそれだった(だからこそ、色々ぶちまけていたのだろう)。


 ……カラフルなドリンクはミルクを軸として果物の果汁などで色付けしているだけなので酔っ払うような成分は含まれていないはずなのだが。


 とにかくシリアスに事を運ぶような精神状態ではなくなったメイドさんを前にして、素面なミーナはといえば、


「何を言うかと思えば、戯言ですね。この世界、いいえ『全部』のストーリーラインを見渡したところでセシリー様以上に可愛らしい女性は存在しません!!」


「ひっく。しょーこはー!?」


 もう正統派メイドの影も形もないメイドさんは駄々っ子のように言い放っていた。それに対して正常も正常、完全に普段通りでありながら真正面から返すために口を開こうとしているミーナもミーナなのだが。


「証拠ならいくらでもあります。深淵さえも見通す真紅の瞳、腰まで伸びた三千世界を照らす美しき金髪、バリウス教の頂点に据えられし女神さえも裸足で逃げ出すスレンダーなビューティフルボディ。まさしく唯一にして絶対、天上天下ありとあらゆる世界線の美をかき集めたって敵わない──」


「外見だけなわけ? ひっくひっく」


「あ?」


「外見だけで可愛さを語るなんて三流よね。真なる可愛さとは肉体というガワだけに宿らない! 『あの時』なんてシェルフィー様ってば貴女と一緒に色んなことをしたいですねって私に、えへ、抱きしめ、えへへっ!!」


「セシリー様だって可愛いんです! キスした時なんて、もう、反応が可愛すぎて仕方ないんですから!!」


「はぁ!? 主人にキスってナニソレ羨ましいっ!! 私もシェルフィー様とキスしーたーいー!!」


「結婚するような仲になればいくらだってできますよ」


「やっぱりそうなるよね。あー! やっぱり諦めるなんて無理っ。どう考えたって、シェルフィー様と結婚したいもん!! そう、そうよね、あんなにも可愛いシェルフィー様を諦める理由なんてどこにもない。好き、好きったら好き!! 誰よりも可愛いシェルフィー様を絶対に手に入れてやるんだからぁーっ!!」


「ですから、セシリー様が全世界で一番可愛いんです!!」


「シェルフィー様だって!!」


「セシリー様が──ッ!!」


「シェルフィー様のほうが──ッ!!」


 そんなこんなで、『うちの主人のほうが可愛い』討論は閉店するまで続いたという。それだけ長く言い合った末に『まあ好みはそれぞれとして、やっぱりうちの主人が一番可愛い』という結論に至るのだった。


 というか、途中からかんっぜんに惚気を垂れ流していただけだったのだとか。



 ーーー☆ーーー



『クリムゾンアイス』が王都での拠点の一つとして利用している寂れた酒場でのことだった。


 毎度のごとく余計な一言を吐きまくったクソッタレどもが毎度のごとくアリスにぶっ飛ばされている中に彼女は足を踏み入れたのだ。


「あれぇ? 貴女は確か『魔王』の結婚式に参加していた『北のほう』のお嬢様だったよねぇ。なんだって公爵令嬢なんていう高貴なお方がこんなクソみたいな場所にやってきたわけぇ??? 迷子ならちゃんとしたところまで道案内くらいはしてあげるけどぉ」


「迷子ではありません。わたくしは貴女に用があってここまで来たのですから」


 シェルフィー=パープルアイス公爵令嬢。

 メイドさんの主人にして、こことは海を挟んで北にある大陸の人間であり、『仲良し決定戦』の最中に()()云々といったことを漏らしていた令嬢である。


「わっちにぃ、ねぇ。最近発見された『北のほう』を統一している巨大国家の外交担当様のお相手ならこんなしがない兵士よりもぉ、ヘグリア国国王とかその辺がお似合いだと思うけどぉ?」


「そちらは完全なハズレでしたね。直接『調査』する前からわかっていたことではありましたが。だからこそ、貴女と話をしに来たのです」


「なんだってそうなるわけぇ?」


「アリシア国の第五王女や『勇者』といった者たちと交流があり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()貴女を見極めないなんてあり得ないことですから」


「きゃは☆ 国の頂点なんていかにも面倒そうなものにわっちが手ぇ出すわけないよねぇ。大体ぃ、こんなしがない兵士が何をどうやれば国の頂点に立てるっていうんだかぁ」


「例の男爵令嬢に手を差し伸べた貴女の性質や血筋、現王権の腐敗具合、後は貴女が保有している戦力を鑑みれば『そうなる』のは確実でしょう」


 そんなことよりも、と話を進めようとするシェルフィー=パープルアイス公爵令嬢に対してクソッタレの中のクソッタレであるアリスはそのすまし顔を歪ませたいなんてことを考えていた。


 はっきり言おう。

 なんでもお見通しといったその態度が気に食わなかった。


 先程あがってきた『報告』を思い出しながら、アリスは嘲るように笑みを広げる。大方敵意はないことを証明するために(おそらくシェルフィー側から手を出さない限りはアリスが手を出してくることはないと見通した上で)護衛どころか従者も連れずに一人でやってきたのだろうが、その大胆な行動が己の首を絞めるのだ。


 つまり。

 つまり。

 つまり。



「おたくのメイドさんが飲食店の中心でいかに主人が素晴らしいか熱弁しているって報告があがってきているのよねぇ」



 しばらく、シェルフィー=パープルアイス公爵令嬢は反応できなかった。外交担当。今はまだ『調査』の段階であり、具体的に何らかの交渉等を行うわけではないとはいえ新たに発見された大陸の国の一つへと派遣されるような女だ。予想外の事態にも対応可能な技能は身につけているはず……というのに、だ。


 それでもじわりじわりと認識が追いついてきたのだろう。先程までの『全てお見通しですから』と言いたげな余裕の表情から一転、ぽっと顔を赤くして大きく飛び退く。


「な、なな、なんっななっ!?」


「不特定多数に囲まれていながら『シェルフィー様が一番可愛い』だの『シェルフィー様とキスしたい』だの『シェルフィー様と結婚したい』だのぉ、アッツアッツな想いをそれはもう吐き出しているようねぇ。いやはやぁ、メイドさんからそれはもう熱烈な忠誠心を向けられているようで羨ましい限りよぉ」


「ううっ!! 『前の時』もそうですけど、どうしてあの人はそう大勢の前で想いを吐き出すんですかっ。嬉しくはありますけど、せめて二人きりの時にそういうことは言ってくれないと、ああもう!!」


「それでぇ? メイドさんにここまで言わせた貴女はメイドさんのことどう思っているのかねぇ???」


「どうって、それは、そんなのっ!!」


 外交担当としてのガワはとっくに剥がれていた。唐突に、強力な衝撃が加わったことで取り繕う余裕が失われていたのだろう。


 だからこそ、この時に限り、普段なら封じ込めていたはずの想いがシェルフィーの口から溢れ出る。


「愛していますけど、それが何か!?」


 顔どころか首まで真っ赤にしてヤケクソ気味に叫ぶシェルフィーを前にして、それはもう楽しげに笑えるからこそアリスはどこまでいってもクソッタレなのだ。

シェルフィーとメイドさんのアレソレが気になった方は『婚約破棄されたお嬢様が大変そうなので助けに入りました』、『婚約破棄されたお嬢様が大変そうなので助けに入りました、その後のお話』を読んでもらえればと思います。

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