9話 冒険者ギルド
最悪の空気の中での野宿を早々に切り上げ、僕達は日が昇る前に移動を開始した。
「なんでこんなに早く動くの? もう町は近いんだから、そんなに慌てないでもいいじゃん」
「なんでって……あそこにいた皆の視線が気になって、全然休んだ気になれないよ」
「シンさんは小心者ですね。あのような有象無象の視線など、ほかって置けばいいではありませんか」
おぅ……マリアも昨日の事は悪いとかやり過ぎだとか思っていないようだね。やっぱりこの考え方が普通で、僕が間違っているのか?
うーん、分からないな。ミーシャさんはあまり善悪の判断がないようだし、マリアは元神官の割には腹黒そうだから他人の死をどう思っているか分からないし……
うん、答えは出ないね。
ま、町で腰を下ろせば少しはその辺の事も分かってくるかもしれないし、今は保留にしとこ。
予定より早く出発したので、町には日が暮れる前に到着する事が出来た。
ここは<シルフィー>。この辺りでは一番大きな町で、周囲が2メートル程の壁に囲まれている。他の町との交流も多く、モンスターからの守りもしっかりしているので住みたい町ナンバー1だ。
「おー! 生きてシルフィーに来る事が出来たよ。ここが物流と安心の町か……うん、歩いている人も普通の人が多い。この町なら安全に生活出来るぞ!」
「それでまずは何をしますか?」
マリアによると、町の中ではモンスターとの戦闘はないが、安全を確保出来るまではミーシャさんの姿でいるようだ。
「まずは仕事を探すよ。出来れば住み込みの職場があれば良いんだけどね」
「えー、一緒に冒険者になるんじゃないのー」
「いやいや、僕が冒険者なんてやれないのは分かったでしょ。だから早めに仕事を探さないと、お金がなくなっちゃうんだよ」
「とりあえずシンさんの思うままに行動をしてみましょう。ミーシャさんも我儘を言わないで、少し我慢してください。少しだけですから」
うん? えらく聞き訳がいいな……それになんか含みを感じる言い方だ。少し気になるが、了承してくれたなら気が変わる前に行動しよう。
僕は身近な飲食店から就職活動を始める………。
一時間後、僕は地面に手を突き落ち込んでいた。
「ば、馬鹿な……こんなに店があるのに全滅だなんて……」
何店もまわって交渉をしたが、住み込みどころか働く事すら駄目だった。やる気や経験の問題ではなく、最初から話すら聞いてもらえなかったのだ。
その原因は数軒前の店で教えられて分かっている。
「それでは冒険者ギルドに行きましょうか、シンさん」
マリアはこの流れが分かっていたようで、言葉だけでニヤリと笑った表情が見えた気がした。
「結局、僕は冒険者になるしかないって言うのか……」
「いいえ、他にも手段はありますよ。たとえば商人の娘を嫁に貰うとか、武芸大会などに出て名前を売るとか。まあ、シンさんの顔や腕前、懐事情を考えますと、どれも現実的ではありませんが」
そう、この町で話すら聞いてもらえなかった理由は、僕の身分を証明してくれる物が何もない事だった。その打開策として提案してくれたマリアの言葉が、矢に刺されるように痛い……
商人の娘を嫁にする? はい、僕の平均的な顔では無理ですね。
武芸大会で名前を売る? うん、攻撃出来ない僕には不可能ですね。
懐事情? そう、この町は村よりも物価が高いので、すぐにでもお金が底を尽きます。
考えてみれば例え治安の良い日本でも、何処の誰かどころか、どこの国の人かも分からない者を雇うところはないだろう。僕は転移者。出身地すら言えないのだから、雇う側からすれば怪しい人にしか見えなかったのだ。
ただ、せめてもの救いとしてこの世界には出生記録などがないので、例え孤児でも実力さえあれば身分を保障してくれる場所がある。
それが冒険者ギルドだ。
「危険な事から逃げる為に危険なところに身を置かないといけないとは……この世界は理不尽だ」
「そんな事無いって。わたし達と一緒にいれば安全に生活出来るよ。さ、一緒に冒険者になろ」
ミーシャさん、それは僕にヒモ男になれって事ですか? 距離を置いているとはいえ、モンスターが死んでいくのを見るのは堪えるんですよ? それに周りの視線が痛いんです……
心の中でいくら叫んでも現実は変わらない。僕はミーシャさんに引っ張られる形で冒険者ギルドへと連れて行かれた。
僕は諦めて冒険者ギルドの前に立っている。ここは2階建てで、昔見た西部劇に出て来る酒場のような造りだった。
中からは陽気な男達の声が響いてくるので、僕のイメージとそんなに違いはないだろう。
正直入りたくない場所である。……が、ミーシャさんがそんな雰囲気で立ち止まるはずがなかった。
「すみません。冒険者登録をしたいのですが……」
ギルドに入ると、予想通りと言うかミーシャさんの姿を見て注目されてしまう。
まあ、ミーシャさんは美人だから、男くさい場所では視線を集めても仕方がないよね。ああ、その横にいる僕も注目を浴びちゃってるよ。
「おいおい、えらく不揃いな組み合わせだな。あんな小僧には勿体ないぞ」
「おい姉ちゃん! そんなガキとは別れて俺の女にならないか」
とりあえず聞こえない振りをしておこう。変に反論すると揉め事になるかもしれないしね。さいわいミーシャさんは冒険者になれる事に浮かれていて、周りの声が聞こえていないようだし。
「えーと、2人共新規の登録で間違いありませんね」
受付のお姉さんは優しそうな人だった。和むな~。ゴツイおっさんが相手だったら、気分が落ちたままだったよ。やっぱりギルドの受付が美人ってのはテンプレだね。
「はーい、2人共でーす」
「分かりました。それでは簡単な試験があるので、この誓約書にサインをお願いします」
そう言ってお姉さんは紙を二枚取り出した。
どれどれ…………なるほど、ようは今から受ける試験で怪我をしてもギルドとしては責任を取りませんって事か。
うわー、嫌だな。つまり怪我をする可能性がある試験があるって事でしょ? それって間違いなく模擬戦かなんかだよ。
それでも冒険者になるしか道が残されていないので誓約書にサインをした。そして嫌な予感が払拭されないまま連れて行かれた場所は、小さな部屋だった。
「それでは軽く説明をしますね。冒険者とは様々な人から頼まれる依頼をこなして報酬を貰う職業です。つまりある程度の実力がないとギルドの信用を落とすことになりますので、冒険者になってもらっては困ります」
「やっぱり戦って実力を示さないといけないって事ですか?」
「それでも構いませんが、まずは魔法の才能を見せてもらいたいと思います」
「魔法を?」
「はい、魔法使いの方が実戦形式の模擬戦をするのは厳しいですからね。ですからこの水晶で魔法の属性と魔力の強さを示してもらおうと思います」
魔法の属性まで調べられるのか……それって僕が隠している魔法の属性までバレちゃうって事だよね。ミーシャさんも確か闇属性のはずだから知られる訳にいかないし、ここは断っておくか。
「あのー……魔法の検査って強制ですか?」
「いえ、強制ではありません。ですが、ここで優秀な結果を示せれば模擬戦は免除になりますよ? 失礼ながら、お2人共前衛で戦えるようには見えませんので……」
なるほど、確かに僕達は戦えるような身体つきをしていないよね。このお姉さんは見る目があるなー……ただし僕に対してだけだけどね。
ミーシャさんはこう見えて鬼強だもん。
「あー、僕もミーシャさんも魔法の力は隠しておきたいので、この検査はパスでお願いします。ミーシャさんもそれで良いですよね?」
「うん! わたしなら剣だけの実力で十分だよ!」
元気良く答えてくれるのは良いですが、わざわざ剣を抜くのは止めてください。僕は刃物を見るのが好きではないんです……
「そうですか。確かに魔法を切り札にしている方はいますからね。分かりました。それでは模擬戦の場所に行きましょう」
どうやら僕達の他にも魔法の力を隠している人がいるようだ。前例があって良かった……もし強制だったら2人共冒険者登録を諦めないといけないからね。
「ここが模擬戦の会場です。まずはどちらから試験を受けますか?」
最初の小部屋から少し進んだ所に広いスペースがあり、そこには1人の男が待ち構えていた。この男の人が試験官のようで、レベルは9。昨日揉め事があった冒険者よりレベルが低いが、新人の対戦相手としては十分なのだろう。
「はいはーい! まずはわたしから行くよ! 早く冒険者になりたくてウズウズしてるもん!」
そう言ってさっさと前に出て行ってしまった。まあ、レベルの差から考えてもミーシャさんが負ける事はないだろうから、安心して見ていられるよ。
「それでは試験内容を説明します。まず武器は刃を殺している物を使ってもらいます。勝敗はどちらかの降参か、戦闘不能で決着とします。ただし相手を殺してはいけません。その場合は即失格として、二度と冒険者になれないと思っていてください」
「分かりましたー。ちゃんと手加減をすればいいんだよね」
「手加減って……そんな細腕の女がやけに強気な発言をしてくれるじゃないか」
確かにミーシャさんの腕は細くて綺麗だ。見た目だけで言えば剣なんて振りまわせるようには見えないが、レベルのおかげか簡単に振り回せるだけの力を秘めている。
剣が軽いのかと鞘に入った状態で貸してもらったけど、もちろん僕には重たくて使いこなせる気がしなかったよ。そんなもんだよレベル1なんて。
「えー、だって殺しちゃ駄目なんでしょ? 君には何の魅力も感じないから、大した事無さそうだもん」
おやおやミーシャさん。それは挑発って言うんですよ。ほら、試験官の人が凄い顔で睨んでいるじゃないですか。
少しはその次に戦わないといけない僕の事も考えてくださいよ。ミーシャさんは負けないだろうから、その怒りは僕に降りかかって来るんですよ。
「……いいだろう。少し顔が良いからって、手加減してもらえると思うなよ。そこの冴えない彼氏の前でボコボコにしてやるからな」
「それ以上険悪な空気にしないでください。これは試験です。落ち着いて実力を発揮できるようにしてください」
このままでは試験ではなく殺し合いが始まりそうだと感じたお姉さんが、スッと2人の間に割って入った。
「はーい」
もともと敵として見ていなかったミーシャさんは元気に返事をするが、それ自体が挑発になっている事を理解していないのだろう。試験の開始位置に着いても、試験官の睨みを気にしていなかった。
「それでは始めてください」
2人が向き合っていたのは開始の合図が出てすぐまでだった。ミーシャさんは剣を鞘にしまったまま構えていたのだが、開始と同時に走り出し、あっさり試験官の剣を弾き飛ばして肩に一撃を振り降ろす。
「がっ!?」
「まだやる?」
鈍い音と共に肩を押さえて膝をついた試験官に、ミーシャさんは捕食者のような目で問いかける。まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった試験官は、冷や汗を流しながら何とか口を動かす。
「い、いや……俺の、負けだ」
「だって」
相手の降参を聞いて、ミーシャさんの顔は笑顔に戻った。




