↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『通信の鳩、食料の鳩 〜戦国の兵糧から米相場、大正の災害まで。鳥の「愛」とフンで日本を救った4代の歴史〜』  作者: 塩塚 蘭仮名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/27

【第19話:お夜のブランディング作戦】

第19話です。

今回は情報戦の真骨頂、現代で言う「SNSマーケティング」をお夜が江戸時代に仕掛けます。

鳩をアイドルのように扱い、お上を牽制する作戦です。

「非公認の怪しい鳥など、お上の胸三寸でいつでも処分できるのだ。

今回は、たまたま鷹に食われなんだだけのこと。

次はないと思え」


江戸城の御用部屋。

老中・衣笠は、冷徹な目をいささかも揺らすことなく、

梛木統次郎を冷ややかに見下ろした。


その双眸には、先の最速勝負で味わった大恥を力尽くで揉み消そうとする、

理不尽な権力者の驕りがぎらぎらと宿っていた。


「衣笠様、

我が一族の伝路は、神君家康公より裁許状を賜った公なる──」


「黙れ。

そのような古い紙切れ、今の世に何の意味がある。

商人の不義なる博打の道具を擁護せねばならぬほど、

御公儀は落ちぶれてはおらん。下がれ」


言い捨てる衣笠の言葉には、

飛脚に圧勝した事実をも力尽くで握りつぶそうとする、

不条理な権力の冷酷さが満ちていた。


公儀の面目という壁が、統次郎の前に立ちふさがっていた。


「……あの分からず屋のドケチ老中、どこまで強情なんだい!」


常盤橋の袂にある大鳩舎に戻るなり、

お初が小刀を机にきつめの音を立てて突き立て、

隠密の血に流れる怒りを爆発させた。


「お初、落ち着け。

衣笠の言う通り、お上が『非公認の妖鳥』と言い張れば、

力を持たない我らはいつでも踏みつぶされる。

あの男は、最初から四角四面な理屈で動いていないんだ」


統次郎は、机の上に広げた古い血統図を見つめながら、

悔しさに唇を強く噛みしめた。


「だったらさ、

理屈じゃない方法で、あの老中の鼻をへし折ってやればいいじゃないの」


部屋の障子を勢いよく開けて入ってきたのは、

刷り上がったばかりの和紙を小脇に抱えたお夜だった。


その瞳には、江戸の街を昼夜問わず駆け回る瓦版屋の娘らしい、

不敵な輝きが満ちている。


「お夜か。

理屈じゃない方法とは、一体どういうことだ」


「簡単よ、統次郎さん。

ただ『速い』ってだけじゃ、お偉い方々は認めない。

だったらね、『江戸の庶民全員を、この鳥たちの味方につける』のよ」


「庶民を、味方に……?」


大鳩舎の奥から荒木弦蔵が顔を出し、

不思議そうに無精髭の混じった頭を掻いた。


「おいおい、お夜ちゃん。

江戸の町人がいくら騒いだところで、

お上の御触れ書き一枚で鳥どもは鍋の具だぜ。

どうやって味方にするってんだよ」


「そこは、あたしの瓦版の出番よ! 

いい、弦蔵さん。

人はね、ただの事実には金を払わない。

だけど、『涙と笑いの物語』には、命がけで飛びつく生き物なのよ」


お夜は、統次郎の前に一枚の真っ白な和紙を広げ、

墨のたっぷりついた筆を握り直した。


「疾風二世がどれほど主人の統次郎さんを愛しているか。

大坂の厳しい空で、どれほど恐ろしい鷹や隼に襲われ、

大雨に羽を濡らしながらも、ただ一途に江戸を目指して戻ってきたか……。

その健気な姿を、面白おかしく劇化して江戸中にばら撒くの!」


「お、お夜、それはあまりに誇張が過ぎるのでは……」


統次郎が気圧されたように声をすぼめる。


「誇張じゃないわよ、商売の知恵! 

名付けて『お鳥様の健気な大冒険・江戸恋しや百里の空』! 

これで江戸中の涙を絞り取ってあげるわ!」


お夜の筆は、恐ろしいほどの速さで和紙の上を躍り始めた。

江戸前の気風が、白い紙をまたたく間に黒く染めていく。

数日後、江戸の街は一変した。


「さあさあ、お立ち会い! 

日本橋の商人も涙した、常盤橋の『お鳥様』の感動物語だよ!

 

大坂の鬼瓦のような鷹の襲撃を交わし、

愛する主人のために命を懸けて翔け抜けた、健気な灰色の翼! 

読まなきゃ江戸の男がすたるよ!」


お夜の仕掛けた瓦版は、文字通り江戸中で空前の大ヒットを記録した。


「おい、聞いたか? 

梛木様とこのお鳥様、大坂の空で片羽を傷つけながらも、

主人の形見の文を守り抜いて飛んできたんだってよ……」


「なんて健気なんだ。

それに比べて、お上の役人どもは、あんなに偉いお鳥様を

汁の具にしようとしてるんだろ? 

人間の風上にも置けねえや!」


日本橋の魚河岸から、大棚の奥座敷、長屋の裏井戸に至るまで、

江戸中の人々が疾風二世の物語に涙し、笑い、熱狂した。


評判の仕掛けの勢いは、もはや誰にも止められなかった。

町中には、疾風二世を模した伝書鳩の絵が溢れ返り、

手習い所の子供たちは、鳩を応援する歌を自作して通りを練り歩くようになった。


「お鳥様をいじめる悪いねずみは、お空の神様がお仕置きするぞ!」


子供たちの無邪気な歌声が、江戸城の城門を越えて響き渡る。


「……統次郎さん、見たかい。これが『評判』の力だよ」


大鳩舎の縁側で、お夜が満足そうに腕を組んだ。


「ああ、驚いた。まさか、ここまで世間の評判が鳩の味方になるとは……」


統次郎の肩の上で、疾風二世がクックッ、と誇らしげに喉を鳴らす。


「これじゃあ、お上の役人も安易に手を出せないね」


お初が、小刀で爪をいじりながら不敵に笑った。


「そうよ。

もし今、衣笠がこの鳥たちを一羽でも殺してみなさいな。

江戸中の町人が黙ってないわ。

最悪、打ちこわしが起きかねないもの。お上だって、御府内の騒動が一番怖いんだから」


その言葉通り、江戸城の御用部屋では、老中・衣笠が届けられた瓦版を握りつぶし、苦虫を噛み潰したような顔で畳を睨みつけていた。


「おのれ、梛木の小倅め……。

瓦版ごときで民草を動かし、公儀を脅かすとは、いささか卑しき仕業。

……だが、これほど世が騒いでしまっては、下手に動けばこちらの面目が丸潰れか」


衣笠は、忌々しそうに拳を机に叩きつけた。


「衣笠様、いかがいたしますか。

常盤橋へ役人を差し向けますか」


近習の問いに、衣笠は冷酷な声を絞り出した。


「いや、今は待て。

民草の熱など、喉元を過ぎればすぐに冷める。

……必ず、あの鳥どもの致命的な『弱点』を見つけ出し、

今度こそ根絶やしにしてくれるわ」


夕暮れの光が、常盤橋の大鳩舎を美しく染め上げていく。

統次郎は、集まってきた多くの鳩たちの羽をそっと撫でた。


「お夜、お前のおかげで、ひとまずこの子たちの命は救われた。本当に感謝する」


「お礼なんていいわよ、統次郎さん。

あたしは、面白い江戸が見たいだけ。

地上の古い道しか見えない堅物どもに、空の広さを教えてあげたかったのよ」


お夜は、夕日に輝く空を見上げて悪戯っぽく笑った。


「だが、弦蔵。

鳥たちの数が増えれば、それだけ別の問題も出てくる。

餌の工面や、小屋の有様……

衣笠が次の一手を打ってくる前に、我らはさらに先へ進まなければならない」


統次郎の瞳には、勝利の喜びだけでなく、

次なる嵐を予期する冷徹な軍配者の光が、変わらず宿っていた。


泰平の世の穏やかな風のなか、

人と鳥の絆を守るための戦いは、民草の歌声とともに、

より深く、より見えざる歴史の裏側へと、その根を張り巡らせていくのだった。

お夜のプロデュース力、恐るべし!

江戸中が鳩のファンになってしまいました。

しかし、鳩が増えすぎたことで次なる問題が発生します。

次回、まさかの「糞」が世界を救う!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。