ただいま
【お知らせ】
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
作者原稿では、このたび本作が最後まで《完結》しました!
なんと当初の想定を大きく上回り、合計45万文字を超える長編となりました……!
終盤では、作者でありながら一読者のような気持ちで登場人物たちの物語を追ってしまい、書き終えたばかりだというのに、早くもロスに陥っています(笑)
今後はこの第一稿をもとに、序盤から順次、加筆・推敲を進めながら投稿していく予定です。
特に序盤については、キャラクター描写や設定の整合性、伏線などを中心に修正する場合があります。
物語の大筋を変更する予定はありませんが、以前お読みいただいた部分にも細かな変更が入る可能性がありますので、「あれ?」と思った際には、よければ過去話も覗いてみてください。
また、推敲が順調に進めば、今後は1日2話更新にするかもしれません……!
最後まで皆さまに楽しんでいただける作品になるよう、引き続き磨いていきます。
これからも『魔術師のいらない世界』をよろしくお願いします!
「ただいま」
そう言ってから、レオンは少しだけ後悔した。
王女は目を逸らした。
ミリアがいる。
カイもいる。
ガレスも。
セイルも。
エドガーもいる。
全員。
聞いていた。
「……何ですか」
レオンが周囲を見る。
誰も答えない。
カイだけが、明らかに何か言いたそうな顔をしている。
「カイ」
「何も言ってないですよ」
「顔がうるさいです」
「先生こそ」
「何です」
「いえ」
カイは黙った。
王女が振り返る。
「みんな出て」
「殿下」
エドガーがすぐ反応する。
「現在、レオン・アルヴェインは拘束下にあります」
「知ってる」
「二人きりにはできません」
「何で?」
「何で、ではありません」
「私が襲われるとでも思ってるの?」
「そういう話では」
「レオンが?」
王女はレオンを見る。
「私を?」
「しませんよ」
「ほら」
「本人の申告は根拠になりません。しかもよりによってレオン・アルヴェインです」
エドガーが言う。
レオンは少し考えた。
「じゃあエドガーさんだけ残ればいいんじゃないですか」
「なぜ私が」
「見張り」
「それは分かっている」
「じゃあ残ってください」
「お前に命令されたくない」
「面倒ですね」
「お前が言うな」
結局。
ミリアたちとセイルは部屋を出た。
カイは最後まで何か言いたそうだったが、ミリアに背中を押されて消えた。
残ったのは。
レオン。
王女。
エドガー。
そしてヴァルト。
王女がヴァルトを見る。
「この子も?」
「私の使い魔です」
「可愛い」
ヴァルトの耳が僅かに動く。
エドガーが低い声で言った。
「触らないでください」
「何で?」
「噛みます」
ヴァルトがエドガーを見る。
「……多分」
王女はしゃがみ込んだ。
ヴァルトが少しだけ後ろへ下がる。
「嫌われてる?」
「警戒しているだけです」
「あなたより正直そう」
「殿下」
レオンが笑った。
エドガーが睨む。
「何だ」
「いや」
「笑うな」
「何も言ってませんよ」
「顔がうるさい」
レオンはカイの気持ちが少し分かった。
王女は立ち上がる。
それから。
レオンの手首を見る。
拘束具。
少しだけ眉が下がる。
「痛い?」
「全然」
「本当に?」
「これは本当です」
「外せないの?」
「殿下」
エドガーが言う。
「その話は先ほど」
「あなたに聞いてない」
「私はここで何をしているのでしょうか」
「見張りですよ」
レオンが答える。
「お前も黙れ」
王女は拘束具に手を伸ばした。
触れる。
冷たい金属。
レオンの手。
指先。
ほんの少し。
王女の指が触れた。
エドガーが視線を逸らした。
露骨に。
レオンが言う。
「気を遣ってます?」
「何の話だ」
「いや」
「私は何も見ていない」
「まだ何もしてないですよ」
「なにもするな」
王女がレオンを見た。
エドガーが深く息を吐いた。
ヴァルトが床へ伏せる。
主人より諦めが早かった。
王女は椅子へ座った。
レオンも向かいへ座る。
手は拘束されたまま。
「さっき聞いてた」
王女が言う。
「何を?」
「大体全部」
「あなたが逃げたところから」
「そのあとも」
教会。
エルフ。
ドワーフ。
ユリウス。
全部ではないだろう。
だが。
ある程度は。
「……そうですか」
「ユリウスって」
王女が少し止まる。
「前に話してた人だよね」
「はい」
「研究所にいた」
「そうです」
レオンの返事が少し短くなる。
王女は気づいた。
何も訊かなかった。
正しかったか。
間違っていたか。
他に方法はなかったのか。
訊かない。
レオンは少し考える。
「多分」
「多分?」
「まだ」
自分の手を見る。
「よく分からないです」
「そっか」
王女はそれ以上言わなかった。
静かになる。
窓の外。
王城の庭。
風に木の葉が揺れている。
「俺」
レオンが言った。
「もっと責められると思ってました」
「誰に?」
「あなたに」
「何で?」
「逃げたから」
「怒ってるよ」
「ですよね」
「ものすごく」
「それは」
「だから殴った」
胸がまだ少し痛い。
「結構本気でしたよね」
「もっと本気でもよかった」
「怖いですよ、王族は殺人をしても罪を問われないでしょう」
「あなたはそれくらいじゃ死なないでしょう」
王女が少し笑った。
レオンも。
そのあと。
王女の表情が戻る。
「でも」
「はい」
「帰ってきた」
レオンは黙る。
「だから」
王女が続ける。
「今はそれでいい」
「簡単ですね」
「簡単じゃない」
少し強い声。
レオンが顔を上げる。
「ずっと」
王女は言う。
「どこにいるか分からなかった」
「……」
「生きてるかも分からなかった」
レオンは何も言わない。
「誰かがあなたを捕まえたって報告するたびに」
王女の指が服を掴む。
「今度こそ帰ってくると思った」
「ごめんなさい」
自然に出た。
王女の目が動く。
「珍しい」
「何が」
「ちゃんと謝った」
「俺だって謝りますよ」
「昔は絶対言わなかった」
「そんなことないです」
「ある」
「ないです」
「ある」
エドガーが遠くから言った。
「私もあると思うぞ」
「カカシが喋らないでくださいよ」
「聞こえる」
「聞かないでください」
「私は見張りだ、残念ながら聞くことも仕事だ」
王女がエドガーを見る。
「廊下にいて」
「嫌です」
「命令」
「陛下から、目を離すなと言われています」
王女が少し考える。
「じゃあ後ろ向いて」
エドガーが固まった。
レオンも。
「殿下」
「何?」
「やめてください」
レオンが言った。
「何で?」
「何するつもりです」
「別に」
明らかに別にではない。
エドガーが天井を見る。
「五分だ」
レオンが目を瞬く。
「え?」
「私は扉の外にいる」
王女が笑った。
「話が分かるじゃない」
「五分です」
「十分」
「五分」
「七分」
「五分」
「六分」
「……六分」
「交渉成立」
「何をさせられているんだ、私は」
エドガーがヴァルトを連れて出る。
扉が閉まった。
部屋が静かになる。
本当に。
二人だけになった。
レオンは少し困った。
「六分ですって」
「短いね」
「何するんです」
「何もしない」
王女が立ち上がる。
レオンの前まで来る。
近い。
「……殿下」
「名前」
「え」
「今は名前で呼んで」
レオンは少しだけ迷った。
「……テア」
その瞬間。
抱きしめられた。
拘束されているから。
腕を返せない。
ただ立っているしかない。
「ずるくないですか」
「何が」
「俺、何もできない」
「ちょうどいい」
「何で」
「逃げないから」
レオンは黙った。
王女の額が。
胸に当たる。
しばらく。
そのまま。
「帰ってきた」
小さな声。
「はい」
「本当に」
「いますよ」
「またいなくならない?」
レオンはすぐには答えなかった。
約束できない。
王国。
戦争。
魔族。
黒衣の男。
第三経路。
まだ何も終わっていない。
「分かりません」
正直に言う。
王女の腕に少し力が入る。
「でも」
レオンは続けた。
「今度は何も言わずには行きません」
王女が顔を上げた。
「絶対?」
「それくらいなら」
「約束」
「はい」
王女は少しだけ笑う。
その時。
扉が叩かれた。
「六分だ」
エドガーの声。
レオンが時計を見る。
「すごい正確だ」
「入るぞ」
「待って」
王女がレオンから離れる。
少しだけ。
名残惜しそうに。
扉が開く。
エドガーが入る。
一瞬。
二人を見る。
何も言わない。
「何です」
レオンが訊く。
「何も」
「顔がうるさいですよ」
「お前にだけは言われたくない」
王女が笑った。
その向こう。
廊下の端。
灰色の衣を着た国王の側近が、一瞬だけこちらを見ていた。
レオンと目が合う。
男はいつものように。
穏やかに頭を下げた。
それだけだった。




