↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/64

第3話 召集

三日後。


王都西門は、戦争へ向かう人間で埋まっていた。


「……多くない?」


ミリアが言った。


「何がです」


「魔術師」


レオンは答えず、人混みを眺めた。


西門の外には、普段なら商隊が荷を積み替えるための広場がある。


今日はその半分を軍が占領していた。


天幕。


荷車。


軍馬。


武器箱。


食料。


治療用品。


そして、人。


兵士だけで数百人。


その間を軍務官が走り回り、名前を確認し、部隊を振り分けている。


門の外には家族を見送りに来た人々も集まっていた。


泣いている子供。


夫の服を掴んで離さない女。


逆に、妙に楽しそうな若い兵士たち。


戦争というものを知らない顔だ、とレオンは思った。


自分も最初はああだったのだろうか。


覚えていない。


九歳だった。


戦争へ行くことより、国選勇者パーティに選ばれたことの方が嬉しかった。


馬鹿だったと思う。


今なら。


「レオン」


「何です」


「聞いてる?」


「聞いてます」


「魔術師、多くない?」


「……多いですね」


広場の一角。


通常兵とは別に、杖や魔術触媒を携えた者たちが集められている。


年齢はばらばらだった。


若者もいる。


老人もいる。


服装も統一されていない。


軍服。


古い魔術師団の外套。


冒険者装備。


市民服。


おそらくほとんどが予備役か、民間から召集された魔術師だ。


「戦争だからじゃない?」


ミリアが自分で言った。


「たぶん」


「昨日もそれ言ってた」


「じゃあ訊かないでください」


「気になってる顔してるから」


「俺の顔から何でも読み取ろうとするのやめません?」


「分かりやすいよ」


レオンは無視した。


受付へ向かう。


「召集令状を」


机の向こうの軍務官が言った。


レオンが渡す。


軍務官は封を確認し、名簿をめくった。


「レオン・アルヴェイン……」


指が止まった。


顔が上がる。


レオンを見る。


名簿を見る。


もう一度見る。


「……あのレオン・アルヴェイン?」


「どのレオン・アルヴェインか知りませんけど、たぶんそれです」


軍務官は姿勢を正した。


「失礼しました」


「別に」


「国選第三勇者パーティ所属の?」


「元です」


「ああ……」


まただ。


その「ああ」は何だ。


レオンは訊かなかった。


「第一級宮廷魔術師資格、治癒術師上級資格、軍用攻撃魔術甲種、魔獣討伐特級――」


「全部読み上げなくていいですよ」


「失礼しました」


軍務官は名簿へ印をつけた。


「第三臨時混成団、特殊魔術中隊へ配属されています」


「特殊魔術?」


「はい」


「なにをする部隊です?」


「私には分かりかねます」


レオンは少し眉を寄せた。


「少なくとも勇者パーティへの復帰ではない?」


「そのような記載はありません」


「そうですか」


自分でも驚くほど、落胆した。


ほんの一瞬。


それだけだった。


だが隣のミリアがこちらを見た。


「何です」


「別に」


「今、何も言ってないけど」


「顔がうるさい」


軍務官が困ったように二人を見比べた。


「ええと……ミリア・エーベル修道女もご一緒ですか」


「はい」


ミリアが召集令状を渡す。


「第三臨時混成団、第二救護班です」


「別なんですね」


レオンが言った。


「基本的には。ただし行軍は同一部隊です」


「分かりました」


「出発は正午。荷物を預けた後、北側の待機区域へお願いします」


レオンが離れようとしたときだった。


「おい」


聞き覚えのある声。


振り返る。


「本当に来やがった」


坊主頭の大男が、人混みをかき分けて歩いてくる。


地下闘技場で戦ったダグだった。


軍服ではない。


使い古した革鎧。


腰に短杖。


左腕には身体強化用の魔導器。


「先生」


ダグが笑う。


「もう魔術師じゃねえんじゃなかったか?」


「何の話です」


「そっちの嬢ちゃんは?」


「聖ルシア救護院のミリアです」


ミリアが頭を下げた。


「この人の知り合いですか?」


「殴り合った仲だ」


「やっぱ地下闘技場じゃない」


「いまそこ重要ですか?」


ダグは笑った。


「いい嬢ちゃんだな」


「何がです?」


「お前に遠慮がない」


「ホントです。もっと遠慮ってものを知ってほしいですよ」


「聞こえてるよ」


ダグが受付へ召集令状を出す。


軍務官が名簿を見る。


「ダグ・ハーランド。元第五魔導歩兵連隊……第三臨時混成団、特殊魔術中隊」


三人とも黙った。


ダグがレオンを見る。


「一緒だな」


「……ですね」


「偶然か?」


「知らないです」


軍務官が言った。


「次の方がいますので」


追い払われた。


*


待機区域には、すでに百人近い魔術師がいた。


レオンは歩きながら一人ずつ見る。


魔力量。


装備。


年齢。


杖の種類。


癖。


完全には分からない。


だが、ある程度なら外見と魔力の流れで推測できる。


「あれ、元北方魔術師団」


レオンが小声で言った。


「分かるの?」


「外套の留め具」


「あっちは?」


「冒険者でしょうね」


「その隣」


「たぶん元宮廷」


「何で?」


「杖」


「杖で分かるの?」


「王立工房製です。七年前まで宮廷魔術師にしか支給されてなかった」


ミリアが感心したように周囲を見る。


「本当に魔術師ばっかりだね」


「だから言ったろ」


ダグが後ろから言った。


「切られた連中だ」


「全員とは限らないでしょう」


「調べてみるか?」


「どうやって」


ダグは近くに座っていた女へ声をかけた。


「姉ちゃん、どこ所属だった?」


女が睨む。


三十代。


片目に眼帯。


長杖。


「口説いてんのか?」


「違う」


「じゃあ失せろ」


「元軍属?」


「……何で」


ダグがレオンを見る。


ほらな、という顔。


レオンは無視した。


今度は自分から別の男へ声をかける。


「すみません」


「何だ?」


「以前、どこかで魔術師を?」


「西部鉱山」


「今は?」


男は少し嫌そうな顔をした。


「荷運び」


「魔術は?」


「使わねえよ。魔導掘削機の方が安い」


「……ありがとうございます」


次。


「元王都消防術師団」


現在、無職。


次。


「民間治癒師」


治療用魔導器の普及後、村の診療所を解雇。


次。


「元軍属」


次。


「元冒険者」


次。


「魔術学院講師」


学生数減少で契約終了。


十人。


十五人。


二十人。


二十人目まで訊いたところで、レオンはやめた。


全員ではない。


現役の魔術師もいる。


軍に所属している者も、冒険者として今も稼いでいる者もいた。


だが、それを差し引いても。


「……多い」


レオンが言った。


「何が?」


ミリアが訊く。


「職を失った奴です」


元西部鉱山付き魔術師。


現在、荷運び。


元王都消防術師団。


現在、無職。


元軍属。


元冒険者。


魔術学院講師。


学生数減少に伴い契約終了。


二十人程度に訊いただけで、半数以上が魔導器の普及後に以前の職を失っている。


ダグが鼻を鳴らした。


「だから言ったろ。切られた連中だって」


「失業者を優先して召集する合理的理由はあります」


「例えば?」


「職に就いている魔術師を徴発すれば、その分だけ国内産業に穴が開く。無職ならその影響が少ない。それに元軍属が多い。経験者から呼び戻すのは当然です」


「お前、自分で言ってて嫌にならねえ?」


「何がです?」


「無職なら死んでも社会への影響が少ない、って聞こえるぞ」


「そんなこと言ってないでしょう。無職が街から減れば治安は改善する。兵力も増える。仕事が増えるから経済は回る」


ふたりが絶句したところで、後ろから背の高い男が近づいてくる。


「相変わらずだな、お前」


知らない声だった。


いや。


レオンは眉を寄せた。


知っている。


ずいぶん久しぶりに聞いただけだ。


振り返る。


人混みの向こうから、一人の男が歩いてきた。


頭一つ分ほど周囲より高い。


白髪も混ざりつつある暗い赤褐色の髪の間から、二本の短い角が後方へ伸びている。


首筋から頬にかけて、ところどころ細かな鱗。


人間によく似ている。


だが、人間ではない。


竜人。


男は肩に大きな荷袋を担ぎ、こちらを見て笑った。


「久しぶりだな、レオン」


レオンは数秒、何も言わなかった。


「……何でいるんです?」


「再会して第一声がそれか?」


「いや、だって」


「俺にも来たんだよ」


男は懐から紙を出した。


見覚えのある王冠と剣の封蝋。


召集令状。


レオンはそれと男の顔を交互に見た。


「あなた、宮廷辞めたんじゃなかったんですか」


「辞めたんじゃない。辞めさせられた」


「同じでしょう」


「お前が言うな」


頭を小突かれた。


「痛っ」


「お前が宮廷にいた頃から、何回その言い方やめろって言った?」


「暴力で教育するのやめてもらえます?」


「口で言って直らなかったからな」


ミリアが二人を見比べる。


「知り合い?」


「ああ」


男が答えた。


「こいつがまだ、今以上に可愛げのないガキだった頃からな」


「余計なこと言わなくていいです」


「十二だったか?」


「十一」


「そうだった。初対面で俺の術式に三つ間違いがあるとか言ってきた」


「実際ありました」


「二つだった」


「三つです」


「二つだ」


「三つ」


「アレは回路の効率性を担保するためのもので」


「術式の意図からすれば本来展開速度を重視すべきだった。考慮不足か自分の術式への理解力不足です」


ミリアが笑った。


「レオンが十一歳の頃を知ってるんですね」


「よく知ってるぞ」


「何も教えなくていいですからね」


「聞きたい」


「ミリア」


男は笑ってから、手を差し出した。


「ガレスだ。ガレス・ヴァルガ。元宮廷魔術師」


ミリアがその手を握る。


「ミリア・エーベルです。聖ルシア救護院の修道女です」


「こいつの世話係?」


「違います」


「だいたいそうです」


「ミリア」


今度はダグがガレスを見る。


「竜人の宮廷魔術師なんていたのか」


「元、だ」


ガレスは自分の召集令状をひらひら振った。


「五年前にお払い箱」


「魔導器で?」


「半分はな」


「残り半分は?」


「上司を殴った」


レオンが鼻で笑った。


「人のこと言えないじゃないですか」


「俺は一回だ」


「俺は殴ってません」


「扉を吹き飛ばしただろ」


「何で知ってるんです?」


「宮廷中知ってたぞ」


レオンは黙った。


ダグが吹き出した。


ガレスはしばらく笑っていたが、やがて周囲を見渡した。


笑みが少し消える。


「しかし……」


魔術師たち。


古い軍服。


擦り切れた外套。


杖。


触媒。


統一性のない装備。


ガレスの目が一人ずつを追う。


「ずいぶん集めたな」


「戦争ですから」


レオンが言った。


「そういう意味じゃない」


ガレスは近くを通った男を見る。


「今の、旧第七魔術師団だ」


「知ってるんですか?」


「顔を覚えてる。三年前に縮小されたはずだ」


別の女を見る。


「あれは王都南部の防災術師団」


「解散したところ?」


「統合だ。名目上はな」


さらに別の男。


「魔術学院の制服。旧式だな」


レオンが言った。


「さっき訊きました。元講師です」


「今は?」


「無職」


ガレスの表情が変わった。


「ちょっと待て」


荷物を地面へ置く。


「名簿、見たか?」


「何の?」


「召集者名簿」


「受付にありましたけど」


「所属まで?」


「たぶん」


ガレスは受付へ歩き出した。


「何するんです?」


「見る」


「見せてもらえないでしょう」


「訊いてみなきゃ分からん」


「俺が訊いたら絶対見せてもらえませんよ」


「お前は黙ってろ」


「何で」


「過去の実績だ」


ガレスは受付の軍務官と何か話した。


最初、軍務官は首を振った。


ガレスが召集令状を見せる。


さらに何か言う。


軍務官が困った顔をする。


しばらくして、分厚い帳面が出てきた。


「……何て言ったんです?」


レオンが訊く。


「昔の部下がいるか確認したいって」


「それだけ?」


「お前、普通に頼むという発想はないのか?」


「ありますよ」


「ホントにあったらよかったのにな」


ガレスが名簿をめくる。


指が止まる。


まためくる。


止まる。


次。


その表情から、少しずつ笑みが消えていった。


「ガレス?」


レオンが呼ぶ。


返事がない。


「何かありました?」


「……これ」


ガレスが小さく言った。


「何です」


「旧第二魔術師団。解散済み」


指を下へ。


「第四王立工房所属魔術師。去年、大規模整理」


さらに下。


「北方結界隊。半年前に魔導器へ全面移行」


ページをめくる。


「こっちもだ」


「何が?」


「辞めた奴ばっかりいる」


ダグが横から覗く。


「俺もだな」


「全員じゃない」


レオンが言った。


「現役もいます」


「分かってる」


ガレスは帳面を閉じた。


「だが、比率がおかしい」


「さっき俺も調べました。でも失業者を優先するのは――」


「合理的?」


「そうです」


ガレスがレオンを見る。


「お前、昔からそれ好きだな」


「何が」


「合理的って言葉」


「合理的だからでしょう」


「じゃあ訊くが」


ガレスは周囲を顎で示した。


「魔導器に置き換えられて、軍を追われた魔術師をこれだけ集めて」


遠くでは、若い一般兵たちが新品の軍用魔導器を荷車へ積み込んでいる。


その隣で。


かつて同じ仕事をしていた魔術師たちが、古い杖を持って出発を待っている。


「一番危ない国境へ送るのも、合理的か?」


レオンは答えなかった。


「戦力として使えるなら、当然です」


少しして言った。


「戦争なんだから」


「そうだな」


ガレスは頷いた。


「それだけならいい」


「何が言いたいんです?」


ガレスは返却された名簿を軍務官へ渡した。


それから、もう一度だけ待機区域を見渡した。


失業した魔術師。


解散した部隊。


閉鎖された工房。


仕事を魔導器へ奪われた者たち。


そして。


その彼らを、今になって再び呼び集めた王国。


ガレスは声を落とした。


「これ、魔術師の口減らしじゃないだろうな」


レオンはすぐに答えた。


「そんなわけないでしょう」


思った以上に強い声が出た。


ガレスがこちらを見る。


「……何でお前が怒る?」


「怒ってません」


「怒ってる」


「国家がそんな馬鹿なことする理由がないって言ってるだけです」


「理由ならある」


「ない」


「あるだろ。街は元魔術師のせいで治安が悪化してる。それなりに戦力にはなる元魔術師を戦場で使い潰せる。勝てば戦力、死ねば厄介者が減る」


「陰謀論ですよ」


「だったらいい」


「大体、俺までいるんですよ」


言った。


その瞬間。


自分でも何かがおかしいと思った。


ガレスの眉がわずかに上がる。


「お前がいるから?」


「俺を使い潰す理由なんかない」


「……そうか」


「何です、その顔」


「いや」


ガレスは荷物を拾い上げた。


「お前、変わってねえなと思って」


「は?」


「何でもない」


「言ってくださいよ」


「嫌だね」


ガレスは歩き出した。


レオンはその背中を睨んだ。


腹が立つ。


何に腹が立つのかは、よく分からなかった。


ただ。


――大体、俺までいるんですよ。


自分が口にした言葉だけが、妙に耳に残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。