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理由

ユリウスは答えなかった。


黒い柱には、


『第三経路、準備率 八十』


の文字が浮かんでいる。


ボルグも、カイも口を挟まない。


ミリアだけが、レオンとユリウスを交互に見ていた。


「何だ、その聞き方は」


やがてユリウスが言った。


「そのままです」


「止めるために三日も地下を歩き回ったんだぞ」


「知ってます」


「この装置に繋がれて、腹まで切られた」


「それも知ってる」


「だったら何が言いたい」


レオンは少し黙った。


自分でも、まだ答えを決めてはいない。


疑っている。


だが、何を疑っているのか。


「第七区画では、被害が出る前から止めようとしてた」


「だから?」


「中央区でもそうです。でも王国に繋がった途端に、ずっと待てと言ってる」


「条件が違う」


「そうですね」


ユリウスが眉を寄せる。


レオンは続けた。


「だから、何が違うのか聞いてます」


「距離だ。規模も違う。接続先も分からない」


「それは分かってます」


「なら――」


「でも、本当にそれだけですか?」


ユリウスが黙る。


レオンは黒い柱へ目を向けた。


八十一。


「俺も、最初は待つべきだと思いました」


「なら待て」


「状況が変わりました」


「死者は出てない」


「家庭用まで繋がり始めてる」


「だから何に繋がっているか確認する」


「その間に開いたら?」


「切ればいい」


「開いた後に切れる保証はありません」


「今切って安全な保証もない」


また同じところへ戻る。


それだけなら、どちらが正しいとも言えない。


だからレオンは別のことを聞いた。


「じゃあ、王国じゃなかったら?」


ユリウスの目が動く。


「何?」


「この第三経路がドワーフ領の別の都市に繋がってたら、同じことを言います?」


「仮定に意味はない」


「エルフ領なら?」


「レオン」


「"王国だから"待ってるんじゃないですか?」


空気が変わった。


ユリウスの顔から、わずかに感情が消える。


「くだらない」


「そうですか」


「お前は俺を何だと思ってる」


「分からないから聞いてるんです」


「だったら勝手に話を作るな、悪い癖だそ」


「作ってません」


レオンは杖を下ろした。


「俺はまだ、あなたが何を考えてるか分からない」


ユリウスが少しだけ目を見開く。


「だから答えてください」


「……何を」


「第三経路をどうしたいんです?」


「調べてから止める」


「止めたい?」


「そう言ってるだろ」


返事は早かった。


だが、レオンはそれ以上追わなかった。


代わりに装置へ向き直る。


「分かりました」


カイが小声で聞く。


「切らないんですか?」


「もう少しだけ調べます」


ユリウスが息を吐いた。


レオンはそれを見なかったことにした。


八十二。


第三経路の枝をもう一度追う。


家庭用らしい設備。


数が多い。


一つ一つの魔力は小さい。


だからこそ、範囲が広い。


「水関係もあるかもしれません」


カイが言った。


「どうして?」


「この型、給水用の魔導器でも見たことがあります」


レオンが探る。


確かに一定の流れを維持する構造がある。


「王都だけじゃないですね」


「たぶん地方都市も入ってます」


「どのくらい?」


「そこまでは」


さらに別の枝。


今度は周期が違う。


カイの顔が曇った。


「これ、治癒用かも」


レオンが手を止めた。


「分かるんですか?」


「軍の野戦治療所で似たのを見ました。生命維持じゃなくて、術式を安定させる補助器です」


「止まったら?」


ミリアが聞く。


カイは迷った。


「治療そのものが全部できなくなるわけじゃないです。でも、魔導器だけで回してるところなら困ると思う」


ミリアがレオンを見る。


それだけで十分だった。


「切ります」


レオンが言った。


ユリウスがすぐに前へ出る。


「待て」


「治療設備まで繋がってる」


「可能性だろ」


「高い可能性です」


「だから開いた後で――」


「遅い」


レオンははっきり言った。


「開いてから何が起こるか分からない。俺はそこまで待てません」


「さっきまで分からないから待つと言ってただろ」


「情報が増えたから判断を変えたんです」


ユリウスが口を閉じる。


レオンはボルグを見る。


「第三経路の戻し側を開けます。最初は家庭用と思われる枝だけ」


「分かった」


ボルグが工具を取る。


ユリウスがその腕を掴んだ。


「触るな」


ボルグがユリウスを見る。


「レーヴェン」


「まだ早い」


「お前の意見は聞いた」


「これは俺が三日調べた装置だ」


「だから何だ」


「構造を一番知ってるのは俺だ!」


声が工房に響いた。


ユリウス自身も、一瞬だけ驚いたようだった。


沈黙が落ちる。


レオンはその顔を見る。


「ユリウス」


「……何だ」


「じゃあ教えてください」


静かに聞く。


「あと何が分かれば、あなたは切るんです?」


ユリウスは答えない。


「接続先は分かってきた」


沈黙。


「王国側では、もう設備が止まり始めてる」


沈黙。


「家庭用も、治癒用も繋がってる可能性が高い」


沈黙。


「準備率は八十三」


黒い柱の数字が変わる。


八十四。


「あと何が必要です?」


ユリウスの手が、ボルグの腕からゆっくり離れた。


「……もっとだ」


「何を?」


「確実な情報を」


「何について?」


「被害だ」


「どれくらいの?」


ユリウスは答えない。


レオンはそこで分かった。


少なくとも。


ユリウス自身も、自分の基準を説明できていない。


「死人が出るまで?」


レオンが聞く。


「そこまで待つんですか」


「違う」


「じゃあ何人倒れたら?」


「そういう話じゃない」


「じゃあ、どういう話です?」


ユリウスがレオンを睨む。


「お前には分からない」


初めて。


技術の話ではない言葉が出た。


レオンは動かなかった。


「何がです?」


ユリウスは目を逸らす。


「……何でもない」


「今、何か言いましたよね」


「忘れろ」


「無理です」


「レオン」


ユリウスの声が低くなる。


「今は装置を止める話をしてる」


「俺もその話をしてます」


「なら余計なことを聞くな」


「余計じゃない」


八十五。


ミリアが黒い柱を見る。


「レオン」


「分かってる」


時間がない。


ユリウスの本心を聞き出している場合ではない。


レオンは杖を握り直した。


「ボルグさん。やります」


「ああ」


ボルグが再び工具を差し込む。


ユリウスは動かなかった。


レオンは横目で見る。


止めない。


だが。


顔は納得していない。


黒い留め具が一つ外れる。


その瞬間。


工房の外から足音が響いた。


ガレスだった。


肩で息をしながら入ってくる。


「レオン!」


「中央区は?」


「落ち着いた。だが王国側から追加だ」


ガレスは折り畳まれた紙を投げる。


レオンが受け取る。


「国境都市だけじゃない」


紙を開く。


三つの地名。


どれも王国内。


「南東部でも停止が始まった。軍の通信、工場、それから病院だ」


ミリアの顔が変わる。


「病院?」


「ああ」


レオンは紙を握る。


もう迷う理由はない。


「切ります」


ユリウスが言った。


「待て」


今度は。


誰もすぐには動かなかった。


ガレスがユリウスを見る。


ミリアも。


カイも。


ボルグも。


レオンだけが聞いた。


「病院まで止まってるんですよ」


ユリウスの口が動く。


だが言葉が出ない。


「それでも?」


長い沈黙。


黒い柱。


八十六。


八十七。


ユリウスが小さく息を吐いた。


そして。


「……まだ、死んでないんだろ」


ミリアの表情が固まった。


ガレスが眉を寄せる。


レオンは何も言わなかった。


ユリウスも、自分が何を言ったのか気づいたようだった。


「いや」


言い直そうとする。


「そういう意味じゃ――」


レオンは静かに聞いた。


「じゃあ、どういう意味です?」


ユリウスは答えなかった。


八十八。


レオンはボルグへ向き直る。


「外してください」


工具が動く。


黒い留め具が軋む。


その時。


ユリウスの手が上がった。


魔力が集まる。


レオンは反射的に杖を向けた。


まだ攻撃ではない。


ただ。


二人とも。


次に何が起きるのかは分かっていた。


ユリウスが歯を食いしばる。


そして、ようやく言った。


「……止まったって」


声が掠れた。


「少しくらい、いいだろ」


誰も動かなかった。


レオンの目だけが、ゆっくり細くなった。

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