配管
工場中の黒い部品が、一斉に光った。
青白い光が、暗い工場を走る。
一つ。
二つ。
三つ。
止まっていた加工台から、隣の加工台へ。
さらにその先へ。
まるで火が燃え移るように、光が奥へ伸びていく。
「離れて!」
レオンが叫んだ。
カイがすぐにミリアの肩を掴む。
ガレスも倒れている作業員を引きずった。
次の瞬間。
床の下から、低い音が響いた。
ゴン。
金属同士が噛み合うような音。
止まっていた加工台が震え始める。
「動くのか?」
ガレスが剣を抜く。
「違う!」
レオンは杖を構えた。
加工台そのものは動いていない。
だが魔力だけが流れている。
しかも、普段とは逆方向に。
「ボルグさん!」
「何だ!」
「この設備、普段はどこから魔力を入れてます?」
「中央供給管だ!」
「今は逆です!」
「逆?」
「設備から吸われてる!」
ボルグの顔色が変わった。
レオンは床へ杖先を向ける。
魔力の流れが見える。
加工台。
照明。
搬送装置。
冷却設備。
あらゆる魔導器から、少しずつ魔力が抜けている。
それが床の下へ集まっていく。
「先生!」
カイが倒れた作業員を見た。
「この人たちもです!」
レオンが振り返る。
三人の作業員。
身体に残っていた魔力が、さらに薄くなっている。
「まずい」
ミリアが一人の胸へ手を当てる。
「このままだと危ない」
レオンは黒い部品を見る。
加工台に埋め込まれた小さな板。
そこから細い魔力線が伸びている。
設備だけではない。
作業員へも。
「これが繋いでる」
「切れる?」
ミリアが聞く。
「やります」
「接続は?」
「使わない」
「本当に?」
「今は疑ってる場合じゃないでしょう」
レオンは杖を振る。
黒い板と加工台の間へ、細い刃状の魔力を差し込んだ。
一気に切断する。
バチッ、と火花が飛ぶ。
加工台の光が消えた。
同時に、倒れている作業員へ伸びていた魔力線も消える。
「一個!」
カイが叫ぶ。
「次!」
レオンが隣へ移る。
二つ目。
三つ目。
だが多すぎる。
見える範囲だけでも二十を超えている。
「全部やっていたら間に合わない」
ガレスが言った。
「分かってます!」
「大元を止めろ!」
「それを探してるんです!」
レオンは奥を見る。
魔力の流れは全部、旧区画へ向かっている。
つまり大元は下。
だが今から降りて探すには時間がかかる。
「カイ!」
「はい!」
「こういう工場、非常停止は?」
「設備ごとならあります。でも区画全体なら――」
カイが周囲を見る。
壁。
柱。
配管。
そして入口近くにある赤いレバーへ走る。
「これです!」
「何です?」
「供給遮断!」
ボルグが叫ぶ。
「それは中央供給を止めるだけだ!」
「今は中央から来てない!」
カイが返す。
一瞬、ボルグが黙った。
カイはレバーに手をかける。
「先生、引きますよ!」
「待って!」
レオンは魔力の流れを見る。
供給管。
今は使われていない。
だが黒い部品の経路が、その供給管に沿っている。
完全に同じではない。
しかし近い。
「……やってください!」
カイがレバーを引いた。
重い音が響く。
工場全体で何かが閉じる。
一瞬。
光が弱くなった。
だが消えない。
「駄目です!」
カイが叫ぶ。
「半分しか止まってない!」
「十分です!」
レオンは杖を上げた。
流れが弱くなった。
今なら追える。
黒い板から伸びる線。
それが途中で束になっている。
「そこだ!」
レオンは床の一角を指す。
ガレスが剣を振り下ろす。
金属製の床板がへこむ。
「硬いな!」
「壊してください!」
「簡単に言うな!」
二撃。
三撃。
床板が割れる。
その下に、細い黒い管が何本も通っていた。
ボルグが息を呑む。
「こんな配管は知らんぞ」
「最近増設された?」
「記録にない!」
レオンが一本へ杖を向ける。
黒い管。
表面に細い溝。
死体の板と同じ加工だ。
「これです」
「何が?」
「全部これに繋がってる」
ガレスが剣を構える。
「切るぞ」
「待ってください」
「今度は何だ」
「中身が分からない」
「魔力だろ」
「たぶん」
「たぶん?」
「だからそのまま切るのは危ない」
ガレスが睨む。
「時間がないぞ」
「分かってます」
レオンは少し考える。
分からない。
以前なら、そこで自分で試した。
接続して。
中を覗いて。
結果、何かに見返された。
レオンはカイを見る。
「カイ」
「はい」
「魔導器の配管を物理的に止めるなら?」
「圧があるなら潰します」
「魔力でも?」
「軍用なら、外装ごと締めて流れを止めることがあります」
「やれます?」
「工具があれば」
ボルグがすぐに腰の箱を投げた。
「使え!」
カイが受け取る。
中から大きな締め具を出す。
黒い管を挟む。
「一本ずつです!」
「やって!」
カイが力を込めた。
金属が軋む。
黒い管が潰れる。
その瞬間。
工場の一部の光が消えた。
「当たりです!」
レオンが言う。
「全部潰す!」
ガレスも別の工具を取る。
「俺もやる」
ボルグも膝をつく。
三人で次々に黒い管を潰していく。
一つ。
二つ。
三つ。
光が減っていく。
最後の一本。
カイが締め切った。
工場が暗くなった。
静寂。
レオンは倒れている作業員を見る。
魔力の減少が止まっている。
「ミリア」
「止まった」
ミリアが頷く。
「まだ弱ってるけど、これ以上は抜かれてない」
レオンは息を吐いた。
「よかった」
カイが床へ座り込む。
「死ぬかと思いました」
「何も攻撃されてませんよ」
「先生の『何が起きるか分からない』が一番怖いんですよ」
ガレスが笑う。
「それは分かる」
「なんで俺が怪物みたいな扱いなんですか」
「お前が一番何するか分からんからだ」
ボルグだけは笑わなかった。
潰した黒い管を見ている。
「……誰がこんなものを」
レオンもしゃがむ。
「設備を作った時からありました?」
「ない」
「絶対に?」
「少なくとも設計図にはない」
「後から入れたなら、かなり大掛かりですよ」
「分かってる」
ボルグは床の穴を覗き込む。
「これだけの配管を誰にも気づかれずに通せるわけがない」
レオンはその言葉を考える。
誰にも気づかれずに。
本当にそうか。
工場が急拡大している。
設備が次々増えている。
工事も多い。
人も増えた。
なら。
「気づかれなかったんじゃなくて」
レオンが言う。
「普通の工事に混ぜた?」
ボルグが見る。
「何?」
「新しい設備を入れるたびに少しずつ増やしたなら、誰も全体を見ていなかった可能性があります」
カイが頷く。
「部品単位なら変だと思わないかもしれないですね」
「でも完成すると、全部繋がってる」
ミリアが言う。
「そういうこと?」
「可能性はあります」
レオンは答えた。
断定はしない。
まだ。
ガレスが旧区画へ続く鉄扉を見る。
「で、大元はあっちか」
「おそらく」
「行くんだろ」
「もちろん」
「聞いた俺が馬鹿だったな」
ミリアは倒れた作業員を見る。
「この人たちは外に出したい」
「俺もそう思います」
ボルグが頷く。
「応援を呼ぶ」
壁際の非常連絡器へ向かう。
だが動かない。
「これも止まってる」
カイが言う。
「外へ戻るしかないですね」
「俺が行く」
ガレスが剣を収める。
「作業員を運ぶ。ついでに外の連中を呼んでくる」
レオンが見る。
「一人で大丈夫ですか?」
「誰に言ってる」
「じゃあお願いします」
「お前らは勝手に奥へ行くなよ」
レオンは答えなかった。
ガレスが睨む。
「返事」
「善処します」
「お前それ覚えたばっかりだろ」
「便利ですよね」
「心にもない時に使うな」
ガレスは作業員を一人軽々と担ぎ上げる。
ミリアとカイも一人ずつ支えた。
「私も入口まで行く」
ミリアが言う。
「戻ってきます?」
「戻ってくる」
「危ないですよ」
「レオンにだけは言われたくない」
「その通り」
カイが頷く。
「カイ?」
「すみません」
三人が入口へ向かう。
レオンとボルグだけが残った。
工場は完全に静かだった。
「お前」
ボルグが言う。
「本当に十七か?」
「よく聞かれます」
「褒めてはいない」
「それもよく言われます」
ボルグは小さく鼻を鳴らした。
それから旧区画への扉へ近づく。
鍵は壊れている。
内側から何度も叩かれたように、金具が歪んでいた。
「さっきの音」
レオンが言う。
「人が叩いた感じじゃなかったですね」
「ああ」
「機械?」
「旧区画に動く設備は残っていないはずだ」
「はず」
「言いたいことがあるなら言え」
「最近、『そのはず』だったものが多くて」
ボルグが黙った。
レオンは扉の隙間へ杖の光を入れる。
階段。
下へ続いている。
かなり深い。
壁には古い配管。
その間に、新しい黒い管が通っている。
「やっぱり下まで続いてます」
「いつ入れた……」
ボルグが呟く。
レオンは扉を少し押す。
動く。
「待て」
ボルグが止めた。
「何です?」
「応援を待つ」
「ガレスたちが戻るまで?」
「ああ」
「分かりました」
ボルグが意外そうに見る。
「入らんのか」
「入ってほしいんですか?」
「いや」
「じゃあ待ちます」
「もっと勝手に行く奴だと思っていた」
「俺を何だと思ってるんですか」
「王国で指名手配されてる元勇者、独断専行の絶えない問題児」
レオンは黙った。
「……だいぶ酷い言い草ですね」
「事実だろ」
待っている間。
レオンは扉の周囲を見る。
古い標識。
錆びている。
文字はかろうじて読める。
第七旧採掘区。
立入禁止。
その下。
誰かが後から小さな印を刻んでいる。
「ボルグさん」
「何だ」
「これ、知ってます?」
壁の印を示す。
円。
その中に三本の線。
ボルグの顔が変わる。
「……どこで見つけた」
「ここです」
「違う。それを知ってるのか」
レオンは首を振る。
「初めてです」
ボルグは印へ近づく。
指でなぞる。
「バルグン家の古い工房印だ」
レオンの背筋が少し冷える。
「今も使ってる?」
「使ってない」
「いつまで?」
「三百年以上前には廃止された」
レオンは扉を見る。
六百年前。
グラド・バルグン。
古い工房印。
その先へ伸びる、最近取り付けられた黒い管。
古いものと新しいもの。
また同じ場所で重なっている。
だが、それが何を意味するかはまだ分からない。
後ろから足音がした。
ガレスたちが戻ったのかと思った。
違う。
音は扉の向こうから聞こえた。
階段の下。
ゆっくり。
一歩。
また一歩。
誰かが上がってくる。
ボルグが腰の短剣を抜く。
レオンも杖を向ける。
足音が止まった。
暗闇の中。
声がした。
「……レオン?」
レオンの指が止まった。
知っている声だった。
五年前より低い。
少し掠れている。
それでも分かった。
「ユリウス?」
暗闇の向こうで、誰かが笑った。
「やっぱり、お前か」
そして足元に、一つの黒い板が転がってきた。




