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女子高生とコーヒー、それと怪  作者: 霜見肇


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3/9

3

 息が苦しい。苦しくて、涙が出てくる。こんな経験は初めてだった。私は地面にへたり込んだ体勢のまま、地面に触れる両手に力を込めた。指先が痛いけれど、でもそうでもしないと息苦しさを忘れられない。


 落ちた涙が、地面を濡らす。苦しくて、吐きそう。そんな私の背中を、大きな手がゆっくりと撫でた。


「大丈夫? そのまま落ち着くまで、呼吸を続けて?」


 苦しくて、声のほうも見れない。でも視界に白くて長い髪が見えて、それが誰か分かった。多分、さっきすれ違った人だ。落ち着く低めの声で、その人は私に話しかけ続けてくれる。


「苦しいよね。でも大丈夫、側にいるよ」


 苦しくて、喉の奥がかさかさに乾いて、その奥、胃の中身が、どろりとうねるのを感じた。でもそれをなんとか喉の奥に押し込めて、ぜえぜえと呼吸を続けた。


 荒い呼吸に疲れて、眠気にも似た感覚に襲われたころ、私の息はようやく落ち着く気配を見せた。いつの間にか、涙で手も顔もぐしゃぐしゃだった。


「大丈夫? 立てるかな? もう少し静かな場所へ行こうか。ほら、手を貸して?」


 白い髪の人は、私の手をそっと取ると、もう片方の手で私の肩を支えて、ゆっくりと立たせてくれた。その人の支えで、私はゆっくりゆっくり歩いて、どこかのお店の店先にあるベンチへ、連れていってもらった。ゆっくり腰かけると、またどっと疲れが全身に押し寄せる。思わず、ふぅと息を吐いた。白い髪の人は私の前に膝をついて、優しい眼差しで私を見上げてくれた。


「コーヒー、飲めるかな?」


 私は弱々しく、横に首を振った。


「そっかぁ……。ちょっと待っててね」


 その人が立ち上がると、カランカランと小さくベルが鳴った。低めのいい音だった。私はゆっくりと深呼吸を何度かして、そして自分の状況を確かめた。


 私は商店街の端のほうにある、喫茶店の前にいた。店の前のベンチに腰かけている。お店のドアを挟んで反対側には、もう一つベンチがあって、そこに学ランを着た男の子が座っていた。まっすぐ綺麗に伸びる茶色い髪の下に、伏し目がちな表情を備えるその子は、私のほうを見ることなく、前だけを見つめている。その子の隣には、私の鞄が置いてあった。


「……鞄、ありがとう」


「俺がいて良かったな」


 何を言っているのか、よく分からなかったけど、荷物を運んでくれたことには感謝したい。なんて言おうか迷っていると、お店の中から白い髪の人が戻ってきた。黒縁の眼鏡をかけたその人は優しく微笑んで、縦長のグラスを差し出してくれる。中にはいっぱいの氷とストローと、校庭の水溜まりみたいな色の液体が入っていた。


「カフェオレだよ。牛乳と混ぜてみたんだ。美味しいから、ぜひ飲んでみて?」


 飲めないと意思表示をしたはずだけど……ここまでされて飲まないのも申し訳ないので、一口だけすすってみる。


「美味しい……」


 思わず声に出してしまっていた。その人が微笑むのを横目に、ごくごくと喉を潤す。走って喉が渇いていたのもあったけど、何か別の欲求に急かされるようにして、私はカフェオレを半分程度飲み干す。コーヒー飲めなかったはずなのに、今目の前にあるこれはひどく美味しく感じた。私は残りも、一気にストローですすった。


「……ご馳走様でした」


 白い髪の人はお粗末様でしたと嬉しそうに言って、私の隣に座った。


「聞いてもいい?」


 私に合わせるように視線を低くして、その人は言った。ただそれだけの言葉だったけど、何を聞かれるのかは、なんとなく分かった。


()()()()()()()()()()()()()()()()


「それは………………なんでだろ」


 走る理由なんてすぐに思い出せる。そう思っていたのに、しばらく考えても理由が思い付かなかった。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()。でも白い髪の人は、その答えを想像してたみたいに、納得した様子だった。


「じゃあ……走る直前までは、何をしてた?」


「えっと……学校を出て、スマホを開いて。LINEが来てたから、それを開いたら、動画が開いて……」


「……走ってた?」


 その人はまるで私を最初から見てたみたいに、そう言った。


 そうだ。私はよく分からない動画を見てすぐに、走りたくなってた。……ううん。違う。


「どこかに、行かなきゃいけない気がして……」


「……やっぱり」


「やっぱりって……どういうことですか?」


 私に何が起きたのか、この人は分かってるってことだろうか? でも、なんで?


 そう疑問に満ちた視線を送ると、その人はこれまでとはまるで違う、意味ありげな微笑みを浮かべた。


「ちょっと、そのスマホを借りてもいいかな? 別に壊したり、変に中を見たりはしないから」


 私は言われたとおり画面を見ないようにしながら、スマホをブレザーのポケットから取り出した。その人も私には見えないように、画面を隠しながらスマホを受け取る。その人がスマホの様子を調べようとしたとき、


「見るな」


 茶髪の男の子が、多分私に言った。何のことか分からなくて、私はとっさに目の前の地面を見る。


「そっか、ごめんね。僕が迂闊だった。眼鏡に画面が反射するのを、失念してたよ」


 白い髪の人は私と男の子、両方に謝っているようだった。彼は眼鏡を外し、頭の上に載せると、再びスマホの画面を見る。


「へぇ……。めずらしいね。このパターンは初めてだ」


 彼は後ろにいる男の子へ、画面を見せる。


「分かるかい?」


()()()()()()()()()()()。それで大体の場所も分かったけど、これを見たら、もうどこかなんて、疑いようがない」


「だよねぇ。これは早急に、対処しないとだねぇ……」


 ううんとうなって、白い髪の人が顎を撫でる。彼はそのまま画面を操作して……たぶんLINEの画面を消してくれた。しばらくLINEは開かないようにと言って、スマホを私に返してくれる。


「何を見たのかは、覚えてるかい?」


「竹林と、石畳と。それから……あれは…………あな?」


「そこまで覚えてるなんて……。君は元々、素養があるのかもね。だから強く影響を受けた」


「なんのです?」


「ん? まあ、有り体に言えば――神様かな」

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