第一話
朝日が鎧戸の隙間から差し込むと共に、金床をがんがんと叩く音が街の端っこにあるはずのゴーブルの宿屋まで届いてきやがる。
精錬所から立ち込める石炭の煤が硫黄の臭いといっしょになって、小汚いオークの群れが酒場に連れ立つときのような騒々しさで流れ込んでくる。
おれはボウルの焦げたパイプに、ドワーフ好みの広藿香のするタバコ葉をぎゅうぎゅうに押し込み、燻ぶった暖炉からまだいくらか温かい木炭の欠片を拾い上げ、火皿に載せて一服する。
狭く小汚い宿屋の部屋は、真っ黒だったり紫だったりと、もうもうとした強烈な香りのする煙で前が見えなくなる。素焼きのコップに飲みかけていた小人の穴蔵酒を飲み干す頃には、朝日が空を覆う煙と雲の混ざり合ったところを影絵みたいにキレイに縁取っている。今日も最高の朝がやってきた。
おれの住むマルガワンダは、ウーロニアを南北に分断するようにパンテシオ山脈の一部、ドワーフと呼ばれる毛穴の塊のような小人どもが仕切っている。
街の名はそのまま山の名前でもある。標高4000メートルを超える山の中腹にあるのがこの鉱山都市だ。
マルガはやつらの古い言葉でハリモグラ、ワンダは大口という意味だ。
かつてはドラゴンが巣くっていたらしい針山みたいな峰々を貫く、鍾乳石が立派な彫像のように垂れさがっている大伽藍のような洞窟は、いまではトロッコと薄汚れた小人どもがせっせと金銀財宝を運び出すのに使われている。
ワンダという言葉は便利だ。この町では何か驚くことがあればワンダ、うすのろが大口開けて突っ立っていればワンダ、獲れたてのウサギの肉が美味くてもワンダといっておけばいい。
なぜ、まともな人間なら歩くだけでも息切れするような空気の薄い場所におれがいるかって?それは簡単な話で金になるからだ。
金になるとはいっても、ドワーフといっしょになって粉塵まみれになりながら穴を掘ってるってわけじゃあない。おれの商売はもっと上品で賢い。
どんな商売かだって?ワンダな野郎だな。それじゃあ、ちょっと説明してやろう。
最初にここが鉱山都市だっていったよな?
つまり、貴族のスプーンからケメル人どもを貫く矢じり、炉の火かき棒に至るまで、ウーロニアの金属という金属のすべてはここから供給されてると言ってもいい。
そうなってくると必要になるのが大規模な荷運び屋だ。そりや荷車なんかにウマやロバや、たまには人間を括りつけて、マルガワンダの麓から枝葉のように分かれて、国全体に張り巡らされたセンウーロ川まで送り届ければ、後は小舟で国中にドワーフ製の金属が届く。
馬借か沖仲仕をやってるのかって?それもちょっと違う。
おれたちのギルドはもっとそう……。多角的ってやつなんだ。
貴金属が詰まった荷車なんて、盗賊からしたら丁寧に包装された贈り物だ。それを守るのもおれたちの仕事よ。
どんどん上品さとも賢さとも縁遠くなっていくって?まあ待てよ。ここからが面白いんだから。
おれたちは腕っぷしは強いが、盗賊と切った張ったなんて間抜けな真似はしやしない。
盗賊どもはおれたちを尊敬してるからだ。そう、ここがおれたちが上品ということの説明だ。
この鉱山都市で、おれたちの面を知らない奴らはいない。
国王さまの名前すらまともに言えないやつや、生まれたてのゴブリンの赤ん坊ですら、おれたちには敬意を払う。
それじゃあ賢さってのは何かって?おれたちは荷車と船を動かして、盗賊を追っ払うだけが仕事じゃねえ。ドワーフどもの作った精巧な金細工や、鎧ごと肉と骨を断ち切れる名刀を、相場の2割引きで売り払うんだ。
どうしてそんなことができるかって?鉱山都市ってのには事故がつきものなんだ。
大事な荷車が滑落、小舟が沈没、おれたちでも手を焼く大盗賊ギルドが積み荷を狙う。
そうすると箱のひとつやふたつはどっかに行っちまう。
だが、おれたちは尊敬されているから、気が付けば手元に”なくなった荷物”が届いちまう。
しかし、無くなっちまったものが今更出てきても縁起が悪いし、そういうもんの大概は商人ギルドが保険を掛けてるから、向こうにとっても痛くも痒くもない。
だから、おれたちで売っ払っちまうってわけだ。そうやって稼いだ金でおれたちは、錬金術師の作った秘薬をエルフの葡萄酒で流し込むのさ。
で、誰からも慕われるおれたちの下には、いろんなやつらが助けを求めてやってくる。
どこそこに質の悪いボガードがいる。囲った女の首に付けさせる魔法のクリスタルが欲しい。ドラゴンの首を城の大広間に飾りたい。洗い物で関節炎が酷いから薬草が欲しい。
少し前までは、直接おれらが出向いてなんとかしてたが、戦争帰りで仕事にあぶれたごろつきはいくらでもいる。
そこでおれたち、センウーロ共和国冒険者組合の出番ってわけだ!
今まではただの半端もんの日銭稼ぎだった冒険者は、おれたちのお陰で立派な仕事だ!大量のごろつき共を取りまとめ、護衛に運送、退治に収集、力の無い一般市民を支える一大事業!
今とはなっては共和国だけじゃなく世界中の貴族からも依頼が止まらねえ!
どうやってここまで登り詰めたかって?
そんなに知りたいならちょっとした昔話をしてやろうか。
あれはまだ、おれが戦争にいってた頃の話だが─────────。




