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「はい、その件は午後から担当の者が伺いますので…はい。
宜しくお願いします」
真柴は受話器を置いて、ふぅと息を吐いた。
そっと隣の席に視線を流す。
あの日……警察からアリバイ確認をされると言っていた弥生だが、その日以降、彼女の姿がデスクに戻ってきていない。
最初は真柴だけでなく、何となく事情が漏れたようで、皆が心配していたのだが、日々の忙しさに、どうしても等閑にならざるを得なくなっていた。
そんなある日、真柴は上司から声を掛けられた。
「あぁ!
真柴さん、手ぇ隙いたときでええんやけど、佐々木さんの席、ちょっと片しといてくれへんか?」
想定外の言葉に、真柴の目が真ん丸に見開かれる。
「はい?」
「いや、佐々木さんの席……彼女、もう戻らへんから」
何気なく伝えられた言葉に、真柴は一瞬頭が真っ白になった。
「え?
その……それって、どういう?
……わたし、何も聞いてないんですが…」
真柴は自分の方が少し先輩になるが、それでも年齢が近く、仲良しだったと思っている。雑談するだけで楽しかったし、何より気が合うと思っていた。
それなのに、真柴に連絡一つ寄越さず、居なくなるなんて……もしかすると、仲良しだと思っていたのは、自分の独りよがりだったのだろうか…と、血の気が引くのを感じる。
「あぁ、せやろなぁ……。
あの…佐々木さんが半休で帰った事あったやろ?
あの後連絡もろたんや、暫く休むて。
事情知ってたら、頷くしかないやん?
付き纏いに襲撃やっけ? そんでドア破壊。
挙句誘拐犯やとか冤罪喚かれたんやろ?
そりゃ、ストレス半端ないわ…。
せやから有給も全部つこたらええって、部長も許可したんやけど……」
上司の表情が曇る。
「やっぱり精神きつかったんやろなぁ……辞表が送られてきて。
中には便箋も一枚入っとってな…一文だけ、すみませんて……。
ホンマ世の中理不尽やな。佐々木さん、あんなに頑張ってくれとったのに、多分鬱とかになってしもたんやないか?
一応休職扱いに出来るて、連絡したんやけど…繋がらへんでなぁ…」
真柴は声を詰まらせた。
思い返せばあんなに怯えていたではないか…。
弥生は気の優しい人で、争いを好むタイプではない。
だから騒音の原因一家に苦情を言えず、真柴の部屋でやっと眠る事が出来ていたのに……なぜもっと親身になってやらなかったのだと、真柴は自分を責めた。
蒼褪めた真柴の顔に、上司が慌てて封筒を差し出した。
「あぁ! これ、忘れんうちに渡しとくわ」
表書きに『真柴さんへ』とある。しっかりと封がされた封筒に差出人の名はないが、文字を見れば誰からかは直ぐにわかった。
固まっていると、上司が補足する。
「辞表送られてきた時に、一緒に入っとったんや。
便箋の方は社への一文やろけど、これは真柴さん宛やろ…せやから渡しとくわ」
まずは上司の指示に従い、弥生のデスクを片付けた。
当然気は進まなかったが、既に辞表を出しているのならどうしようもない。
昼休みになって、真柴は直ぐに自分宛ての封筒を開いた。
『真柴さんへ
これまで本当にありがとうございました。
直接ご挨拶しなくてはと思っていたのですが、泣いてしまいそうで手紙で失礼します。
色々と重なり、考えたのですが、会社を辞めて別の道を進もうと思うに至りました。
散々お世話になったのに、本当にすみません。
遠くから、真柴さんのご多幸を願っています』
真柴は手紙を握りしめ、声もなく泣き濡れた。
光もないのに、何故か視認できる闇の空間で、必死に自分を守ろうと、自身を掻き抱いて震える青年がいた。
彼の背後から、ハイヒールの硬質な靴音を響かせて近付く人影がある。
背後を取られ、更に怯えた青年に人影は名刺を差し出した。
『驚かせてしまったみたいですみません。
ご検討いただいたようで、本当にありがとうございます。
私、本件で貴方の担当となりました佐々木と申します。どうぞ宜しくお願いします』
名素を差し出す人影は、静かに微笑んだ。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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