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世界征服は完了しました。~【序章】最終決戦!~

連載開始しました。

よろしくお願いします。

 人々は時を忘れ、明けることのない夜も、沈むことのない闇も、ただ生き長らえることだけを糧に泥を啜っていた。

 時計の秒針が刻む音は、もはや時を刻むものではなく、終焉(しゅうえん)へのカウントダウンとして世界に響き渡っている。


 怪人たちの侵攻により、人類の版図は三分の一にまで削り取られた。残された者たちは家畜として管理されるか、あるいはイエネズミのごとく地下や山奥に潜み、怯えて暮らすしかなかった。


 かつての摩天楼は、今はただの瓦礫の墓標。ここ東京は、幾度となく繰り返されたヒーローと怪人の死闘の果て、かつての賑わいが(かすみ)であったかのように、無機質な灰色の世界へと成り果てていた。


 そして、今日。

 この地獄に終止符を打つべく、生き残った最後の希望――ヒーローたちが集った。


 瓦礫の頂、玉座のように積み上がった鉄屑の上から戦場を見下ろす影がある。

 怪人たちの首領、美津姫(みつひめ)うらら。

 世界を征服し、文明を灰に帰した「終わりの乙女」である。

 彼女は三日月のような不敵な笑みを浮かべ、ヒーロー側に佇む一人の男――天才科学者、興梠(こおろぎ)博士に甘い声を掛けた。


茂助(もすけ)茂助(もすけ)。あなたはどうして茂助(もすけ)なの?」


 その場にそぐわない戯曲の引用。問いかけに応じ、興梠(こおろぎ)茂助(もすけ)は静かに片膝をついた。まるで、滅びゆく世界で唯一の愛を誓う騎士のように、瓦礫の上の彼女を見上げる。


美津姫(みつひめ)うらら、私は誓おう。見渡すかぎりの瓦礫を白銀色(しろがねいろ)に染め上げている、あの冷酷で美しい月の光にかけて」


 うららはその言葉に、初恋を知った少女のような、無垢で幸福そうな笑みをこぼした。

 胸の前で手を結び、頬を朱に染め、恥じらうように、けれど残酷に言葉を重ねる。


「あぁ、我が友よ! でもね、うららはもう飽きちゃった。だから今ここでヒーローたちを滅ぼし、世界を完全に終わらせるの!……それでも茂助(もすけ)、その麗しき瞳に、まだ希望の光を宿していられるの?」


 興梠はゆっくりと立ち上がり、冷徹なまでの静かさで返した。


「希望の光は色褪(いろあ)せない。その輝きは瞬く間に膨れ上がり、君のすべてを包み込むだろう」


 二人の奇怪なやり取りに、ついに一人のヒーローが限界を迎えた。

 レッドが裂帛の気合とともに、怒りに震える拳を突き出す。


「ふざけるな博士! なぜあんな奴と毎回『ロミオとジュリエット』ごっこに(きょう)じている! 俺は……いや、全人類があいつを、その存在を、一秒たりとも許しはしない!」


 博士がわずかに眉を潜めるより早く、うららが鈴を転がすような声で笑った。


「全人類が、うららを許さない! うふふ、アーハッハッハッハァ! 凄い、凄いじゃない! 世界中のみんながうららのことで頭がいっぱいなんだぁ! おんもしろーい! ねえレッド、あなたも毎日うららのこと考えてる? ねぇ、教えてよぉ!」


 レッドは応えず、奥歯が砕けるほどに噛み締めた。

 続いて、グリーンが呪詛を吐き出す。


「お前だけは……絶対に生かしておかねえ。その血反吐で大地を塗り潰し、首を串刺しにして、永久凍土へ沈めて……100万年かけて、辱めてやる!」


 うららは身をくねらせ、恍惚とした表情で自身の顔を紅潮(こうちょう)させた。


「素敵! 痺れるような言葉! そんなに情熱的に愛を囁かれたら、うららのお胸がキュンッてなっちゃう! でもごめんなさい。うららは『みんな』のうららだよぅ?ひとりだけに愛を捧げるなんて、あぁん、できないできない! 本当にごめんねぇ?」


 ――嘲弄(ちょうろう)、絶望的なまでの温度差。

 ピンクとイエローはもはや言葉を捨て、ただ殺意を研ぎ澄ませて武器を構えた。


 最後に、ヒーロー側に与した「裏切りの怪人」、瑠璃目(るりめ)(はく)が、地を這うような声で告げる。


「私はもう、生を望みません。私が求めるのは、美津姫(みつひめ)うらら……あなたの死と、断末魔の絶叫だけ……。苦しんで……苦しんで……苦しんで苦しんでクルシンで! 狂って、擦り切れて、泥を舐めながら引きずって懺悔の言葉を吐き出させてやる!」


 白の絶叫が、開戦の合図となった。

 ヒーローたちがそれぞれの武器を掲げ、地を蹴り、瓦礫の山を駆け上がる!


 その決死の光景を、うららは慈しむような眼差しで見つめ、ゆっくりと右手を掲げた。

 そして、ただ、指先を前に突き出した。


「さよなら、希望……うふふふふ、ごめーんね!」


 時間にして、わずか一秒。

 それが、人類が「反撃」と呼べた最後の時間だった。


 遥か上空、大気圏を突き破り、音さえ置き去りにした怪人(はやぶさ)男たちが、神の雷のごとく飛来した。

 彼らが地面に激突する寸前で鋭く切り返した瞬間、周囲の物質は分子レベルで崩壊し、塵へと帰す。一拍遅れて到達した衝撃波と熱線の奔流が、東京という概念を地図から消し飛ばした。


 後に残ったのは、巨大な、あまりに巨大な虚無のクレーター。


 その中心で、美津姫(みつひめ)うららは手を結び、祈るように佇んでいた。

 静寂が支配する死の世界。

 彼女は満足げに、滅びた世界への鎮魂歌を唄い始めた。

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