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制服管理課の部屋の中で、今か今かと朝からずっと緊張しながらマティの訪れを待っていたドルマに、まるで死を宣告するかのようなドアのノックが響いた。
緊張で高鳴る胸を押さえながら扉の隙間から覗いた時に見えた顔に、ドルマは心底、のけぞるほどに驚いた。
そこに居たのは、今日の歓迎式典で他のメイド達が黄色い歓声を上げていた、氷の彫像のごとき美貌の男。
(まさか・・あれは・・次期辺境伯のマティアス様・・!!!!)
そうしてドルマははっと思い至る。
マティアスの短くした呼び名は、マティ、だ。そしてマティはウソなどはついていない。
マティもマティアスも第1の騎士で、第6には異動という形の出張でやってきたのだ。
ドルマの足が震えた。勇気を絞って、今日はこの扉を開けて、マティに会う心の準備していた。
けれども今や絶対に会えるわけがない。
何となくドルマが青い便箋の文から思い浮かべていた、優しくて素朴で、そして少し上品な若者というマティという人物像がガラガラと音を立てて壊れてゆく。
どんな見かけなのかは想像もつかなかった。
だが決して目の前の、氷の彫像のような美貌の騎士などとは天地がひっくり返っても想像だにしていなかったのだ。
(まさか、マティ様が、マティアス様だっただなんて・・)
再び高いノックの音が響く。
そっと、もう一度扉の向こうを扉の隙間から覗くと、マティ、いやマティアス次期辺境伯は、そのきらびやかな外見にはそぐわない第六の古い廊下に一人、困ったように立ち尽くして頭をかいて立っていた。
従者も着けずに一人でドルマを訪ねてくれたのだろう。
手には小さな黄色い花束と、そしてどうやら繕いが必要なシャツが握られている。
黄色い花はミモザの花束だ。ドルマが手紙に書いていた事を覚えていてくれていたらしい。
(・・マティ様、ごめんなさい)
勇気がすっかりくじけてしまったドルマは、真っ白になる。
それでもなんとか気を取り直して急いで机に走って、いつもの小さな白い紙を取ると言葉を綴って、震えながらそっと扉の向こうから差し出した。
【マティ様、本当に申し訳ありませんでした。これまでの手紙での失礼の数々をお許し下さい。マティアス次期辺境伯閣下がマティ様だったのですね。 折角ここまで来ていただいたのに、私のような者がマティアス様のような高貴なお方にお会いするなんて、とてもできません。
ごめんなさい。お伝えしていませんでしたが、私は人が怖いのです。でもお手紙で知っている優しい騎士のマティ様であれば、なんとか勇気を出して会えると思って決心しました。
でも、マティ様がマティアス次期辺境伯様だなんて。マティアス様のような高貴なお方に会う勇気など、私にはもちあわせていないのです】
(やはり、な)
マティアスは差し出された紙にかかれた震える文字を見て、苦笑いした。
ドルマは酷い対人恐怖症と、ダンダップから先に聞いている。
もとより簡単に会えるとは思っていなかったし、直接会わなくてもドルマにまつわる噂の調査はできる。特に問題はない。
だが、マティアスはドルマと会いたかったのだ。
ドルマの繕いものに関する噂を確かめたいという理由もそうだが、ドルマと交わすようになった小さな手紙の数々は、忙しい次期辺境伯としての日々の中で、マティアスの心を温める、かけがえのない贈り物だと感じるようになっていたのだ。
ドルマと手紙を交わしている時は、政治の事、辺境の事、様々な問題を一瞬忘れていられてる。
鳥が渡った事、花が咲いたこと。次期辺境伯としての重責に耐える日々に、そんな小さな事に心を向ける余裕などなくなってから、一体どのくらいの月日を経ていたのだろうか。
気がつけば、ドルマの贈ってくれる小さな世界への優しい目線は、マティアスの忘れていた大事な事を思い出す、息がつける大切な瞬間に代わっていたのだ。
マティアスはポケットから青い紙をとりだして、ドルマを怯えさせないように、慎重にペンを取った。
【やあドルマ、扉越しにでもようやく君に会う事ができて嬉しいよ。
確かに私は次期辺境伯のマティアスだ。君に先に言わなくて悪かった。だが、ここに君を訪ねてきている私は、ただ君にシャツに繕いをしてほしいだけの、君の友人の第一の騎士マティだ。
君の繕い仕事は本当に素晴らしくて、いつも私を新鮮な気持ちで驚かせてくれた。そして、私はそれだけでなく、君とやりとりする手紙の全てが、毎日本当に楽しかったんだ。
今日ここに来た理由は、ただ、君の素晴らしい繕いへのお礼と、手紙へのお礼を伝えたくてやってた。どうか君にありがとうを伝えさせてほしい】
小さな白い指先が扉の下の隙間から見えて、マティアスの差し出した青い紙が、扉の隙間から向こうに吸い込まれていく。カサカサと紙を開く音も聞こえた。どうやら受け取った紙を読んでいる様子だ。
マティアスは続けて次の紙を差し入れた。
【もし君さえよければ、どうか今まで通り私をただのマティとして接してはくれないだろうか。
しばらく私は第6に異動になっているんだけれどもその間、ここには君以外、誰も気軽な話しをしてくれる友人がいなくて少し孤独なんだ。
君が人が怖いというのであれば、私に直接会わなくてもいい。ただ、ここのほかの騎士と同じように、私も君にお願いする繕いものを持って来てもいいだろうか? そして、今までのように私を友人として気軽に扱ってくれて、そして時々私と手紙を交わしてくれると嬉しい。
そうだ、君が手紙で教えてくれた、第6の跳ね橋のたもとのユリの蕾も見てきたよ。君が言っていたようにとても大きくて綺麗だった。君が教えてくれた、緑の鳥の巣も確かに物見の塔のてっぺんに見つけた。きっともうすぐ卵を産むだろう。君の友人として、私と一緒にそんな話しをさせてくれないか】
(友人・・!)
見慣れぬ言葉の綴られてある青い便箋に、一人ぼっちの孤独なドルマは舞い上がりそうに嬉しくなってしまった。
マティは、ドルマに無理して会わなくてもいい。でも扉越しに、そして繕いもの越しに、友人として接してくれるというのだ。
ドルマは嬉しくなって、急いでペンを取る。
【マティ様、来てくださって本当にありがとう。扉越しで、手紙越しの私なんかでよければ、友人として喜んで。
そして私の繕いを褒めて下さって、本当に嬉しい。私なんかでよければいつでも繕わせて。その手にもっているそのシャツは、肩の所が破れていますね。バスケットに入れておいてくれたら、私が大切に繕っておきます】
【ありがとうドルマ。嬉しいよ。所で君へのお土産に何がいいかと考えすぎて、結局第1で咲いていたミモザの花をもってきた。よく考えたらこの花を君にあげる頃には、第6でもミモザが咲いているだろうに失敗してしまった。ありきたりのお土産でつまらないが、バスケットに入れておくから、どうか後で受け取ってくれ】




