2−26 彼の婚約
ベルローズがルシウスへの恋心を自覚した次の日の昼休み。
食堂で昼食を受け取ってからいつもレインやリアとご飯を食べている場所へ向かおうとしていたベルローズは、ルシウスが食堂で並んでいるのを見つけた。
(……恥ずかしいわ)
恋心を自覚したばかりのベルローズは一瞬で耳を真っ赤に染めて足を止めるが、結局は同じ空間で昼食を食べる予定なのだから、と決心してルシウスに近づく。
「ご、きげんよう。ルシウス様」
「あぁ、ベル……顔が少し赤いけど、体調が悪いの?」
挨拶の瞬間、緊張のあまり少し噛んでしまったベルローズだったが、ルシウスがそれに気づくことはなく、彼は少し顔が赤く染まっているベルローズを心配するように尋ねた。
「あ、いえ! なんともないので大丈夫です」
「そう……?」
顔が赤くなっていることを恥ずかしく思いながらベルローズは苦し紛れに言う。
ルシウスは納得しきれないようだが、それ以上食い下がることはなかったのでベルローズはほっと息をついた。
ベルローズは昼食を受け取ったルシウスと共にいつも昼食を食べている場所へ向かうため、廊下を歩く。
今世での恋愛経験は前世を思い出す前のルシウスへの片思いのみのベルローズだったが、前世では人並みに恋愛経験がある人間だった。だというのに、なぜかそれらの恋愛経験はここに来てまったく生きず、ルシウスの隣で緊張してしまっているベルローズは会話を始めることができないでいた。
(必死に会話を探す感じ……前世を思い出した直後にもあったわね……じゃなくて!)
心のなかは騒がしいと言うのに、言葉は出ず、二人の間に沈黙が広がる。
「あのルシウ__」
「あら、ルシウス様。ごきげんよう」
ベルローズの声を遮るように廊下に響いた声の出どころをベルローズが見ると、そこには黒く長い髪を一つに束ねた背の高い美少女が立っていた。
ルシウスに思いを寄せる令嬢なんて何人もいる。それは長年彼と付き合いがあるベルローズが身を以て知っていることだった。それなのにこの黒い髪をたなびかせる彼女は、そういった令嬢とはどこか違う気がしてベルローズの心がゴトリと嫌な音を立てる。
「なに? ベルローズ」
「え……?」
しかし、ルシウスはその令嬢に目もくれずベルローズに視線を向ける。
そんなルシウスの態度に面食らったベルローズは目を見開きながら、黒髪の令嬢をちらちらと窺ってしまう。
黒髪の令嬢はルシウスの態度にそこまで驚くこともなく、堂々とした態度を崩さない。
「あの、あちらの方は……」
「あぁ、いいよ。無視して」
穏やかに微笑みながらとんでもないことを言うルシウスにベルローズはより一層戸惑ってしまう。
その様子を黙って眺めていた黒髪の令嬢はニヤッと笑いながら口を開いた。
「そちらの令嬢が、愛人候補なのかしら?」
「え……?」
「おい、口を慎め」
黒髪の令嬢が発した言葉にベルローズがこぼれんばかりに目を見開くと、ルシウスがベルローズを隠すように前に立って低く唸るような声で言った。
「そもそも僕は了承していない、だから関わるな」
「あら、でも貴方のお父様は了承したわ」
「血がつながっているだけのただの他人だ。関係ない」
「関係なくはないでしょう。貴族なんだから」
ルシウスと黒髪の令嬢の話は要領を得ない。それなのに、最悪な想像がベルローズのなかで膨らんでしまって、嫌な予感がザワザワと心を乱す。
「いいじゃないですか。互いに愛人を持っても良い……これほど寛容な条件はなかなかないと思うけれど?」
「その条件が一番愚かだ。何度も言わせないでくれ、僕に関わるな」
黒髪の令嬢の言葉にルシウスは苦虫を噛み潰したような声で返した。
(愛人……? それってまさかこの令嬢は__)
ベルローズのなかで一つの予想が生まれたと同時に、黒髪の令嬢がため息混じりに口を開いた。
「関わるなって……私は貴方の婚約者よ?」
その言葉にベルローズは心臓がギュッと掴まれた気がした。
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