2-27 彼の『普通』
前話とこの話の間に入れなければならなかったところを丸々抜かしていていました。
本当に申し訳ありません。入れなければならなかったところは、この話の前半部分として追加いたしました。混乱を招いてしまい、大変申し訳ありません。
「違う!!」
ベルローズが黒髪の令嬢の言葉に呆然とする間もなく、ルシウスが大きな声で叫んだ。
ルシウスはくるっと振り返ってベルローズのほうを見る。
「違う、違うんだ、ベルローズ……僕は了承していない……当主が勝手に話を進めているだけで」
「ルシウス様……」
必死な表情で縋るように言葉を重ねるルシウスに、ベルローズは言葉を失う。
ルシウスの顔は青ざめていた。
そんなルシウスを追い詰めるかのように黒髪の令嬢は言葉を続ける。
「貴方が了承しなくても成立してしまうのが、貴族間の婚約でしょう? 私だって別に貴方と結婚したいわけじゃないわ、だからこその愛人の許容じゃない」
「黙ってろ! 違うんだ、ベルローズ。僕はほんとうに……」
必死に言葉を重ねて取り乱すルシウスは、以前ベルローズが離れようとするたびに変貌する彼とよく似ていた。
そんな彼を恐れていたベルローズだったが、不思議と今は少しも怖くなかった。それよりもベルローズはルシウスのほうがよっぽどなにかを恐れているように感じる。
「……リアランテ子爵令嬢、ですよね? 申し訳ありませんが、ルシウス様とお話がしたいのでお引き取り願えますか?」
「婚約者がいる令息と二人きりになるんですか? フェルメナース伯爵令嬢」
黒い髪の令嬢__リアランテ子爵令嬢__はベルローズのことを知っていたらしく、にこやかに笑いつつも攻撃的な口調で返した。
「王国法で貴族令息、令嬢が婚約をする際には、保護者の同意と本人の同意が必要とされています。ルシウス様が同意されていない以上、貴方はまだ婚約者ではありません」
「そんな法律、あってないようなものでしょう?」
「あってないようなものだとしても、あるのです」
ベルローズが一歩も引かないことを理解したリアランテ子爵令嬢は、少しだけ顔をしかめてから踵を返し、去っていった。
「ルシウス様、大丈夫ですか……?」
「違うんだ、ほんとうに……僕はちゃんとやり直そうと……ベル、頼むから捨てないでくれ」
ベルローズの質問に答えず、ルシウスはうわ言のように言葉を重ね続ける。
一向に落ち着く様子のないルシウスを見かねたベルローズは、グッと背伸びをしてルシウスの頬にそっと触れた。
「ベル……?」
「ちゃんと貴方の話を聞きます。だから落ち着いて」
静かでありながらよく通る声でベルローズは言い、ルシウスは彼女の様子に目を見開いたあと悔しそうに唇を噛みながら頷いた。
***
「それで、彼女は一体なんだったんですか?」
レインに『ルシウスと話すことがあるから今日は昼食をともにできないとみんなに伝えておいてほしい』と伝えたベルローズは空いている個室に入って、昼食が乗ったトレーを机に置いたあと、ルシウスに向き直る。
「…………当主が僕の婚約者を選び始めたんだ。17になっても婚約者がいないのは家の評判に関わると言って……反抗しているけれど、あいつは無理にでも推し進めようとしている。わざわざ同じように婚約を望んでない令嬢を連れてきて、『愛人を許してくれるんだからいいだろ』なんて言いやがった」
「そんなことって……」
「端から僕のことなんてどうでもいい奴なんだよ。愛してもない女と結婚する羽目になって自分がどれだけ苦しんだのか覚えているくせに、僕にも同じ道を歩かせようとしてる……」
自嘲するように笑ったルシウスにベルローズは言葉を失う。
一度話し出すと止まらないようで、ルシウスは言葉を続けた。
「僕が望んでるのはそんなんじゃない……もっと『普通』なのがいいんだ……」
(『普通』……?)
ベルローズはルシウスの『普通』という言葉に違和感を覚える。
なぜならリアランテ子爵令嬢が言っていたような愛人を許可する契約を結ぶ夫婦は少ないものの、政略結婚が主流の貴族社会において、互いが愛人を持つことを黙認することは残念なことに少なくない。
そして同時にベルローズはルシウスが昔『普通』という言葉を使ったときのことを思い出した。
ルシウスへの執着がなくなったベルローズに、ルシウスが構うようになってベルローズが「なんで私に構うんですか?」と聞いたときだ。
__君が『普通』になったから。
(ルシウス様が使う『普通』って……もしかして本来の普通と意味が違う?)
ベルローズは静かにうなだれているルシウスを見て、口を開いた。
「ルシウス様にとって『普通』ってなんですか?」
「『普通』は『普通』だよ。互いを尊重し合って、家族を大切にする……それが『普通』だろ? フェルメナース伯爵家だって『普通』の家庭だ……」
「……ルシウス様、それって__」
「僕は、ベルと『普通』が良いんだ」
ベルローズはルシウスの最後の言葉に大きく目を見開いて、ガっと勢いよく彼の腕を握る。
突然のベルローズの行動に驚いたルシウスは「ベル?」と言葉を漏らすが今のベルローズには気にしている余裕なんてなかった。
「ルシウス様。今日の放課後、空いていますか?」
「空いては、いるけど?」
「今日、ヴェリアンデ侯爵は屋敷にいますか?」
「あぁ、最近はずっと屋敷にいるはずだよ……?」
「じゃぁ、決まりです」
「ベル? なにが決まりなの?」
「全部、叶えるための選択肢です」
「え?」
ルシウスに何点か確認したベルローズは、ルシウスが疑問符を残したままであることにも気づかずに「準備してきます!」と言って個室を出て、去っていく。
一人残されたルシウスはぽかんとした表情で固まるのだった。
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