2-23 可愛らしい花冠
「ベルお姉ちゃんとあのお兄ちゃんは恋人なの?」
「え!? 違うよ!」
お手洗いを終えた男の子と花畑へ戻る道で、ベルローズは男の子の衝撃発言に動揺しながら返す。
ちなみに、ベルローズという本名は長かったのか、男の子はベルローズのことをベルお姉ちゃんと呼ぶようになった。
「違うの?」
「違うわ」
「でもあのお兄ちゃんはベルお姉ちゃんのこと見てたよ。お姉ちゃんがルイスくん見てるときと似てた!」
「そ、そっか」
男の子の言葉に(子どもってやっぱり鋭いのね……)なんて思いながら、ベルローズは頬に熱が集まるのを感じた。
一旦落ち着こうと深呼吸を繰り返すベルローズを男の子は不思議そうに眺めている。
「あ、戻ってきた」
花畑まで戻ると先にベルローズと男の子に気づいた女の子がそう呟き、ベルローズと男の子のほうに背を向けていたルシウスが驚いたように振り返った。
「あ、ベルローズ。お帰り」
「はい、待っていただいてありがとうございます」
不自然に腕を後ろに回しているルシウスを疑問に思いつつも、ベルローズはルシウスの言葉に返す。
「この子に話を聞いたら、ここに来る予定だったらしいんだけど、途中ではぐれたみたいだ。だからしばらくしたら親御さんも来るってこの子は言ってる」
「ここが目的地なら確かに親御さんも来るかもしれないですね……あまり動かないほうがいいのかも」
ルシウスの言葉に頷きながらベルローズは言う。
結局女の子と同じ判断をしたベルローズとルシウスは、二人の保護者が来るまで二人の側にいることになった。
「ベルお姉ちゃん、こっち来てー!」
「えぇ、ちょっと待ってね」
すっかりベルローズに懐き、トイレを済ませたことで元気が増幅した男の子は花畑を縦横無尽に走りながらベルローズを呼ぶ。
ベルローズは女の子をルシウスに任せて、男の子のほうへ駆け寄った。
そうしてしばらく過ごしていると、二人の保護者らしき夫婦が現れた。
「ほんとうにご迷惑をおかけしました」
「ほんとうにありがとうございました」
二人の保護者はベルローズとルシウスの装いを見て、二人が貴族だと気づいたのか顔を真っ青に染めながらペコペコと何度もお辞儀をする。
「いえ、大丈夫ですよ。僕らも楽しかったので」
「えぇ」
ルシウスの朗らかな言葉とベルローズの肯定に少しばかり顔色が良くなった夫婦は子どもの手を取って何度もお辞儀しながら去っていく。
その去り際に女の子と男の子が口を開いた。
「お兄ちゃん! あれ、ちゃんと渡すんだよ!」
「ベルお姉ちゃん、ばいばーい!」
身分制度などまだ知る由もない子どもは無邪気に手を振りながら大きな声で言う。
彼らの両親は『貴族に向かってタメ口なんて!』という表情で慌てているので、ベルローズはそれを落ち着かせるためにも微笑みながらひらひらと手を振った。
「とても元気でしたね」
「そうだね」
遠ざかった家族を見つめながらベルローズが言うと、ルシウスが頷く。
ベルローズがちらりとルシウスを窺うと、彼は腕を後ろに回していてどこか不自然だ。
「女の子が言ってた”あれ”ってなんですか?」
「え、あぁ……いや」
ベルローズの疑問に言葉を濁らせるルシウスは、視線を彷徨わせてから小さくため息をついて後ろに回していた腕を前に持ってくる。
彼の手には綺麗に編まれた花冠はが乗っていた。
「花冠……ルシウス様が作ったんですか?」
「あぁ、あの女の子に教わってね」
「とても綺麗ですね、作ったのは初めてですか?」
「初めてだよ、今日まで存在すら知らなかった」
「手先が器用なんですね……」
ルシウスの手の上に乗った綺麗な花冠を見ながら、ベルローズは感心したように呟く。
「あれ、そういえばあの女の子”渡す”って__」
「……」
ベルローズが漏らした言葉に、ルシウスは黙り込んだままビクッと肩を揺らした。
ベルローズはルシウスを見上げるが、彼はふいっと不自然なほどに視線を合わせない。
「もしかして、”渡す”って私ですか……?」
思わずベルローズからこぼれ落ちた質問にルシウスは気まずそうに視線をそらし続けながら、しばらくしてから観念したように口を開いた。
「…………あぁ」
ベルローズはルシウスの肯定に息を呑み、カーっと頬を赤くする。
(また頬が熱く……! 最近おかしいわ!)
「いや、あの女の子にのせられて作っただけだから……そろそろ帰ろうか。もう日が落ちそうだ」
「……あ!」
花冠をその場に置いて帰ろうとするルシウスの腕をベルローズは反射的に掴んでいた。ルシウスはベルローズの突然の行動に驚いたようで、目を見開いている。
「ベル?」
「……ください、その花冠。欲しいです」
「え?」
ベルローズの言葉に虚を突かれた表情になったルシウスを前に、ベルローズの頭のなかはパンク寸前だった。
(私は一体なにを言ってるのかしら!?)
「いるの? これ」
「……」
ルシウスの言葉にベルローズは黙り込んだままコクっと頷く。
するとルシウスは俯いているベルローズの頭の上に花冠をそっと置いた。
「……似合ってるよ、ベル。綺麗だ」
ルシウスの言葉にゆっくり顔を上げたベルローズは、ミルクティー色の髪を風に揺らしながら夕日を背にして柔らかく笑うルシウスに言葉を失う。
「……あ、ありがとうございます」
花冠のお礼だけはなんとか言えたベルローズだったが、その後はルシウスと言葉を交わすことができず、沈黙のままフェルメナース邸まで送り届けてもらうのだった。
帰ってきたベルローズを見たレインは、
「また随分かわいらしい土産だな」
と苦笑しながら言ったのだとか。
お読みいただき、ありがとうございました。
なんとか今日中に完結まで書けると良いな、と思っています……!




