2-19 彼が先生
「はぁ……」
大事を取って意識が戻ったあとも何日か学園を欠席したことで、学園に復帰するとすぐに休日が訪れ、ベルローズはフェルメナース邸の図書室で難しい顔で教科書とにらめっこしている。
「ベルローズ、どうした?」
「学園を休みすぎて、授業がかなり進んじゃったの……もうすぐ定期テストなのに……」
丁度ベルローズの後ろを通りがかったレインが尋ね、ベルローズはため息をつきながら返す。
「なにで躓いてるんだ?」
「古文と歴史と経済学よ」
「ずっと苦手だよな。数学とか理科は得意なのに」
レインの言葉にベルローズは乾いた笑いを漏らす。
ベルローズが数学や理科が得意なのはこの世界が乙女ゲームの舞台となっていることもあり、人間が関わらない物事の前提は前世の知識と変わらないからである。
原子だとかの名称は多少の差異があるが、その差異を覚えてしまえば問題はない。
しかしそういった知識が通用しないのがベルローズが述べた3教科だ。
今現在使われている言語は自然と使うことができるベルローズだが、古文となると一気に意味がわからなくなってしまうし、歴史に至っては前世の世界と違う世界なのでまったく異なるが、時々前世の知識と混ざってしまってなかなか面倒くさい。経済学は前提となる国家体制が前世の日本とは大きく異なるため、自然と内容が変わってきてしまう。
「先生方に質問できる時間も限られているし……はぁ……」
「基本的に教師は放課後すぐ帰宅するからな」
後ろに立つレインにちらりと視線を向けて、ベルローズは口を開いた。
「お兄様教えてくれたりする?」
「休日なら多少教えられるが……平日は生徒会の仕事があるから無理そうだな」
「そうよね……」
一縷の望みをかけてレインに尋ねたものの、色よい返事をもらうことはできなかったベルローズはガクッとうなだれる。
そんな妹の様子を見ていたレインは少しの間考え込むような表情をしたあと、「あ!」と声を上げた。
「どうしたの?」
「ルシウスに教えてもらうといい」
「え? ルシウス様に?」
「あぁ。あいつ基本的になんでもできるし、経済学が一番得意だって前言ってたぞ」
レインの言葉にベルローズは「そうなんだ……」と返す。
「寮にいるときは割と暇にしているとも言ってたし、丁度いいだろ」
「そうね……お願いしてみるわ」
レインの言葉に(ルシウス様に向き合うって言ったんだし、丁度いい機会かもしれない)と思ったベルローズは、彼の提案に頷いたのだった。
***
「ベルが休んでいた分の勉強を教えてほしいって言うから来たわけだけど……なんでお前がいるの?」
「どうぞお構いなく始めてちょうだい?」
貴族学園の図書室。
早速休日明けからルシウスに勉強を教えてもらうことになったベルローズは、自分の目の前に座るルシウスと、自分の横に座るリアがバチバチと火花を散らせる様子に狼狽える。
昼休みにポロッとベルローズが今日の放課後ルシウスに勉強を教えてもらうことになったとこぼしてしまい、ベルローズ自身は『まぁ、言ってもなにも起こらないわよね』と思っていたがそんな予想に反し、ベルローズが図書室に着いた頃にはルシウスとリアが険悪なムードで待ち受けていた。
(お義姉様とルシウス様の組み合わせより険悪だわ……!)
「生徒会の仕事はどうした? レインが最近はずっと忙しいって言っていたけど?」
「残念、今日は私はお休みなの。今年から週に1回は休むっていうルールが増えたんだから」
「お休みならさっさと帰って寝たらいいんじゃないか? いつもいつも騒々しくしてるから疲れてるだろ?」
「ベルローズの側にいるだけで疲れが吹き飛ぶから心配無用よ。私の騒々しさが気に入らないなら貴方が寮に帰ったらどう?」
「お前が癒やされてもお前の騒々しさでベルローズが疲れるだろ?」
「ベルローズは私のこと『元気があって好き』って言ってくれてるけど?」
ベルローズが心のなかで困惑の叫びをあげる間も、ルシウスとリアはにこにこと笑いながら互いに毒を吐いている。
ちなみにこの二人はベルローズがいなければ互いを無視することが常だし、会話を交わすとしても今のような嫌味大会を無表情か苛立った表情で開催することしかない。
今現在嫌味大会を開催しながらもにこにこと微笑んでいるのは、『ベルローズがいるから』である。
「と、とりあえず! 経済学が一番不安なので、教えてください」
「あぁ、もちろん。お前は静かに自習でもしてろ」
「はっ! 言われなくてもベルローズの勉強の邪魔なんかしないわよ!」
ヒートアップする嫌味の応酬を遮ったベルローズに、ルシウスは穏やかに言ったかと思いきやリアに視線を移した瞬間刺々しい口調に戻り、リアはルシウスを鼻で笑いながら自分の参考書を開いた。
(胃薬が必要だったかもしれないわ……)
あまりにも仲が悪い二人の様子に心のなかで嘆いたベルローズは、経済学の教科書を開いて解説を始めたルシウスの話に耳を傾けるのだった。
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