1-22 彼とヒロイン
「なにか甘いものでも食べに行こうか。甘いものは好き?」
宝石商を出て少ししたあとにコテっと首を傾げながら尋ねてくるルシウスにベルローズはコクっと頷いた。
彼女の首元には先ほどルシウスが購入したネックレスがキラキラと輝いている。
「どこかいい店はあるかな……」
そう呟きながらきょろきょろと視線を動かしながら街を歩くルシウスに対してベルローズは口を開いた。
「あまり街には来ないんですか?」
「いや……レインとはたまに来るんだけど、レインは甘いものが苦手だからね」
「あぁ、お兄様はそうでしたね」
慣れたように宝石商まで歩いていたルシウスがきょろきょろと店を探していたことに疑問をもったベルローズだったが、兄のレインが甘味が苦手だったことを思い出し納得する。
それにしてもほんとうにレインとルシウスは仲が良いことがわかる。だからこそ面倒な妹であるベルローズがいても、ルシウスはレインと会うことをやめなかったのだろう。
「リア姉ちゃん! 待ってよー!」
「早く来なよー! お母さんが怒っちゃうよ!」
ルシウスとベルローズが街の中心にある広場を通ったとき、小さな男の子と聞き覚えのある少女の声が響いてベルローズはバッとそちらに視線を向けた。
そこにはルシウスとベルローズから少し離れたところで小さな男の子と戯れるヒロインがいた。
ベルローズは大きく目を見開き、顔がみるみるうちに真っ青になっていく。以前ヒロインに偶然会ったときでさえここまで慌てることはなかったベルローズだが、今日は隣にルシウスがいる。
乙女ゲーム内の彼がいつヒロインに執着するようになったのかはわからない。すでにルシウスはヒロインと面識があるかもしれないし、ないかもしれない。お見舞いに行ったからかベルローズに対する態度が少々和やかになったルシウスだが、それでも彼とヒロインが顔を合わせる場面にベルローズが同席するのはどんなふうに転ぶかわからない。
「ベルローズ? どうかした?」
ヒロインの姿に釘付けになってピタリと動かなくなってしまったベルローズを不審に思ったルシウスが、ベルローズが向ける視線の先を追う。
その事に気づいたベルローズは彼がヒロインの姿を視界に入れる前に、彼の視線を遮るように彼の前に立った。
「なんでもありません! 少しぼーっとしてしまっただけで……あ! 以前街を訪れたときに寄ったカフェがあるんです、そこに行きませんか?」
アワアワと焦ったように言葉を重ねるベルローズを訝しげに見つめるルシウスだが、結局はベルローズの誘いに頷いた。
「多分、こっちだったと思います」
「あぁ」
ベルローズは少しでも早く広場を離れたほうが良いと判断してルシウスの腕を引きながら歩き出そうとした。
しかしその瞬間__
「あの……以前助けてくださった方ですよね?」
ベルローズの背後から鈴を転がすような可憐な声が響いた。
自分に話しかけたのではない、と思いたかったベルローズだがどう考えても彼女はベルローズに話しかけている。
無視するわけにも行かず、ベルローズはゆっくりと振り返った。
そこには先ほど小さな男の子にリアと呼ばれたヒロインが意を決したような表情で立っていた。その様子にベルローズはそういえばヒロインのデフォルト名がリアだったな……と思い出す。
「…………」
「先日はほんとうにありがとうございました」
なんと返せば良いのか分からず黙り込んでしまうベルローズに、リアはぺこりとお辞儀をしながら言う。
「……お礼をされるようなことでもないです」
「いえ、ほんとうに助かったので……」
ベルローズの言葉にそう返すリアは、先ほどからずっとベルローズをじーっと見つめている。そんなリアに混乱や困惑や一抹の不安を決して気づかれることがないようにベルローズは表情に気をつける。少しの間口を閉じていたリアは意を決したような表情になり再び口を開いたが……
「あの__」
「知り合いなの、ベルローズ?」
リアの言葉に被せるようにベルローズの背後に立っていたルシウスが言葉を発した。
ルシウスの存在に気づいていなかったリアは彼に目を向けて小さく息を呑みながら後ずさる。
その反応にやはりこの子は転生者なのだ、とベルローズは理解した。前世の記憶がなければ容姿端麗で穏やかな笑みを浮かべるルシウスに恐怖心を抱くことなんてありえない。
「いえ……以前街でお会いしたことがあるだけです」
ルシウスのほうを向いて彼の言葉にそう返したベルローズは、再びリアに意識を戻す。彼女は愕然とした顔つきでルシウスを見ていた。
「わざわざお礼を言ってきてくださってありがとうございます。それじゃぁ失礼しますね」
ベルローズはリアにそれだけ言って強引にルシウスの腕を引き、その場を去る。ベルローズが未だに衝撃を受けたような表情をしているリアを振り返ることはなかった。
***
「……ロー……ベル…………ベルローズ?」
「はい!」
どこか遠くから自分の名前を呼ばれている気がして、ベルローズは大きな声を上げながらパッと顔を上げる。
しかし彼女の目の前には誰もいなくて、道を歩く人々が突然の大声に不審そうな視線をベルローズに向けながら通り過ぎていく。
「大丈夫?」
右隣からルシウスの声が聞こえて、ベルローズがそちらを見ると少し心配そうにルシウスがベルローズを見つめていた。
「すみません、ルシウス様。少しぼーっとしてしまって」
ベルローズは大丈夫だと言うようにそう告げながらへらっと笑うが、広場を出たあとからずっと彼女はどこか心ここにあらずという感じである。
ルシウスは護衛にこそっと馬車を回してくるように伝えてベルローズに向き直る。
「今日はもう帰ろうか……急な誘いだったから疲れただろうし」
「え……あ、ありがとうございます」
ベルローズはルシウスの提案にのらせてもらうことにした。リアの登場によってベルローズの頭のなかは糸がグチャグチャに絡まっているような気分だったので彼の提案はありがたかったからだ。
しばらくして馬車がルシウスとベルローズの前に到着して、ベルローズはルシウスに差し伸べられた手に自分の手をのせて馬車に乗り込む。
向かい合うように馬車のソファに座ったベルローズとルシウスだが、ベルローズはぼんやりと窓の外を眺めているので視線が合うことはない。
広場であの少女に出会ってからベルローズの様子がどうみてもおかしいことに気づいているルシウスが、ベルローズの様子を探るように彼女を見つめていることもベルローズは気づかないのだった。
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