1-21 街へ再び
ヴェリアンデ邸を訪れた日から1週間後。
ベルローズは回復したルシウスとともに街へ訪れていた。
なぜ二人で街へ出かけることになったかというと、フェルメナース邸を訪れたルシウスが「ベルローズに看病をしてもらったお礼がしたい」と言い出したからである。
そんなふうに言われてしまえば断ることなどできないベルローズは隣に立つルシウスを複雑な思いで見た。
「どうかした?」
ベルローズの視線に気づいたルシウスは首を傾げながら尋ねてくる。
その声音が今までと少し異なっていることにベルローズは気がついていた。今までは柔らかい声ではあったものの壁があったのだが、今の声音はどちらかというと彼がレインに向けるものに近いような気がする。
その事実にタラーっと冷や汗を流しながらベルローズは「なんでもありませんわ」とこたえる。
「それじゃ、行こうか」
なにやら機嫌よく言ったルシウスのあとについてベルローズは街を歩く。たいていの貴族は目的地まで馬車に乗って行くことが多いのに、馬車から降りて目的地へ歩いて向かうルシウスは珍しい存在だ。
意外だな、と思いつつもベルローズは彼の半歩後ろを遅れることなくついていく。
しばらくしてルシウスが足を止めたのは社交界でも有名な宝石商の店だった。ここって予約が必要なんじゃないか……とベルローズがおろおろとしている間にもルシウスは扉を開いて店内に入っていく。
「ベルローズ? どうかしたの?」
店に入ったすぐのところで後ろからついてこないベルローズを不審に思ったルシウスが振り返って尋ねた。ベルローズは慌てて「あ、いえ……」と返して店内に入る。
「おや、ヴェリアンデ侯爵令息。お久しぶりです」
「あぁ……なにかアクセサリーを買いたいんだ。彼女に似合いそうなものをいくつか持ってきてくれ」
店長らしいにこやかな人物とルシウスが親しい様子で会話しているのにも驚いたベルローズだが、続いたルシウスの言葉にこぼれるほどに目を見開いた。
「ルシウス様!?」
「あのヴェリアンデ侯爵令息がアクセサリーを贈りたい令嬢ですか! そこにお座りになってお待ちください! このお方に一番お似合いになりそうなものをいくつか持ってきます!」
ベルローズの素っ頓狂な叫びを無視した店長はキラキラと瞳を輝かせながら店の奥に引っ込んでいく。
ルシウスもベルローズの叫びを無視して店長に指し示された応接室の一室のなかにあるソファに腰掛ける。
「ルシウス様! アクセサリーを……それもこんなに高価なお店のものをいただくわけにはいきません!」
「気にしなくていいよ、看病のお礼だから」
「お礼にしては高価すぎるから言っているんです……!」
アハハと笑いながらベルローズの言葉を躱すルシウスに、ベルローズは真っ青になりながら悲鳴にも似た声で言った。
まぁ、座りなよ。とルシウスにニコニコと促されてベルローズは仕方なく彼の隣に腰掛ける。
ほんとうなら対面に置いてあるソファに腰掛けたかったが、そちらは多分店長が座ることになりそうだったしルシウスに彼の隣を示されたのだから仕方がない。
ルシウスの隣でピンっと背筋を伸ばしながらこわばった顔でベルローズは口を開く。
「ほんとうにこのお店のアクセサリーはいただけません、高価すぎます」
「別に一つぐらいだったらそこまで高くないよ?」
「今はお父様に社交界への参加を止められているんです。使うところがありませんわ」
「じゃぁ、日常使いできる小ぶりなものにしようか」
ベルローズの言葉に流暢に返してくるルシウスに、ベルローズはガクッとうなだれる。彼のお見舞いに行った日まで彼を乙女ゲームの黒幕としか捉えていなかったベルローズだが、あの日からどうしても彼が人間くさく見えてしまう。
しかしだとしても、乙女ゲームの黒幕という肩書をなくしたら兄の友人という関係性でしかない彼にアクセサリーをもらうのはかなり気が引けた。
どうにかして断ろうとベルローズは色々な言い訳を述べるが、すべてをルシウスは楽しげに笑いながら丸め込んでくる。そんなことをしている間に満面の笑みを顔に浮かべて店長が応接室に入ってきた。
「お待たせいたしました! ご令嬢にお似合いになりそうなものを3点ほどお持ちいたしました」
ルシウスとベルローズの座るソファの対面に置かれたソファに座った店長は、3つの箱をローテーブルの上に並べる。
丁寧な手つきでそれらの蓋を開けると、どれもキラキラと輝く宝石で彩られたネックレスが入っていた。
宝石の色はベルローズの瞳に合わせたようで、ピンクや赤色などの系統だ。
「どれも本店にしかない一点ものですよ、ぜひよくご覧になってください」
自慢げに話した店長はずずいっとアクセサリーをルシウスとベルローズの前に押し出した。
どれも鮮やかで綺麗ではあるのだが、豪華すぎてベルローズは一番に『こんなに豪華なもの普段使いしないのに、買うなんて勿体ない』という感想が出てきてしまう。
困ったようにアクセサリーを見つめるベルローズをちらっと見たルシウスが口を開いた。
「もう少し日常使いができそうなものはないか?」
「日常使い、ですか?」
「あぁ、彼女はまだあまり社交界には顔を出さないからな」
「左様でございますか! それであればシンプルなデザインのものを持ってきますね」
ルシウスの言葉に納得したように頷いた店長は再び店の奥に消えていった。
「あまり宝石のたぐいは好きじゃないの?」
「……えぇ、昔からあまり興味はありません」
店長が消えていった扉を見ながらベルローズはルシウスの質問にこたえる。ルシウスはベルローズの言葉が意外だったようで少しだけ目を見開いていた。なんとも感情がわかりやすくなったものである。
しかしルシウスの驚きも頷けるものではある。
ベルローズはルシウスに懸想するようになってからは、会うたびになにか新しい装飾品や服を身に着けていた。だからルシウスのなかでベルローズは宝石や服に目がない少女だ、と判断されていたのだろう。
だが実際のところベルローズは昔からあまり身を飾ることには興味がない。元から整った顔立ちをしていたことも大きい。宝石は好きだが、決していくつも欲しいわけではない。
ルシウスの前で必死に着飾っていたのは彼に片思いをしていたからだ。加えてなにか新しいものを身に着けていればそれが会話のネタになる。
そこまで思い出したベルローズは、前世を思い出す前でもルシウスとの会話に苦戦していたのだなと気づいた。
当の本人であるルシウスはというと、すでに興味なさげにティーカップに入った紅茶を啜っている。別に関心を持ってほしかったわけではまったくないが、そちらが聞いたのだからその態度はいかがなものか、とベルローズは思うが黙っておくことにした。
「ヴェリアンデ侯爵令息! こちらなんていかがでしょう!?」
ほくほくとした表情で応接室に飛び込んできた店長は手に持っている一つの箱を、ソファに座るより早くパカッと開く。
その箱のなかにはキラキラとローズピンク色に輝く小さな宝石が一つついたネックレスがある。先ほどのものと比べるまでもなくシンプルで洗練されたデザインだったのでベルローズはほっと胸を撫で下ろした。
「うん、綺麗だね。ベルローズ、どうかな?」
「とても綺麗です……デザインも洗練されていますし」
ルシウスとベルローズの会話に店長は嬉しそうにコクコクと頷いた。ルシウスがアクセサリーを贈ることは諦めそうにないので、ベルローズはこのネックレスをいただくことにした。デザインも先ほどのものより気に入ったので、なんだかんだ嬉しくなってしまうベルローズの隣で彼が店長に会計を求める。
といってもルシウスは「請求は僕の口座にしておいて」と言っただけなのでネックレスの価格はわからない。
「ヴェリアンデ侯爵令息……」
ルシウスとベルローズが店を出ようとすると店長がルシウスを引き止めてこっそりと耳打ちをしている。
一体どうしたのだろう、とベルローズがそちらを窺っていると店長の言葉にルシウスがクイッと口角を上げた。
最後に少しだけ頷いてみせたルシウスは店長に「それじゃ、また」と言ってベルローズのほうへ向かってくる。
「なにを言われたんですか?」
「……秘密」
ベルローズの疑問に上機嫌に笑いながらルシウスはそれだけ言ったのだった。
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