1-16 ヴェリアンデ邸
「ルシウス様が体調を崩した?」
ルシウスに温室を案内した日から1週間ほど経った日の朝。
朝食のあとにレインに引き止められたベルローズはレインの話を聞いてそんな声を上げた。
「あぁ。それで見舞いに行きたいんだが、今日は外せない用事があってな……代わりに行ってきてくれないか?」
「え……?」
ガシガシと頭を掻きながら発されたレインの頼みにベルローズはこぼれ落ちそうになるほど目を見開いて言葉を漏らす。
そんな妹の様子を見ながら申し訳なさそうな顔をしたレインは再び口を開いた。
「ベルローズがあまりルシウスに関わりたがらなくなったのは知ってる……理由はまったくわからないが。だけど頼む。今日だけは見舞いに行ってやってくれないか?」
「……ルシウス様は物珍しさで最近私に構っているだけでしょう? お見舞いに私が行ったってなにも励ましにならないと思うけれど」
ベルローズの言葉に「あー……」と気まずそうに視線を彷徨わせるレイン。
いつも話している最中は真っ直ぐに相手を見つめるレインが視線をずらすことは珍しく、ベルローズは少しだけ首を傾げた。
「確かにルシウスの最近の行動は興味本位のものだと思うが……言ってしまえば見舞いに行くのは誰でも構わないんだ。あいつと知り合いの人間ならな」
「そうなの?」
「あぁ。けど多分ルシウスが体調を崩したことは俺ぐらいしか知らないだろうから」
困ったように眉を寄せた兄の言葉を聞きながら、ベルローズは(ルシウスって……意外と交友関係狭いのね)と思う。
一人たりとも同じ年頃の友だちがいないベルローズが言えたことではない。
「見舞いに行くだけでいいから。少しだけルシウスの部屋にいるだけでいいんだ。昼には帰ってきたらいい」
必死に言葉を重ねる兄の様子に、さすがに突っぱねるわけにはいかないと思ったベルローズは見舞いに行くことを約束した。
ほっと息をついたレインは、「よろしく頼む」と言って自室に戻っていく。
レインの背中を見送ったベルローズは踵を返して自室へ向かったのだった。
***
(静かな屋敷……)
レインに頼まれたベルローズはあのあとササッと支度を済ませて、ヴェリアンデ邸へ向かった。
そうしてまだ朝と昼の間という時間に到着したヴェリアンデ邸は、馬車が通ってきた街中とは異なりしーんと静まり返っている。
時折窓の外から聞こえる小鳥の小さなさえずりだけが廊下に響いていた。
音を立てずに歩くヴェリアンデ家の執事のあとについて、ベルローズはルシウスの部屋まで案内してもらう。
「こちらです」
「ありがとうございます」
一室の扉を静かに開けながら部屋の中へ入るよう促した執事にベルローズは軽くお辞儀して、なかに入る。
部屋のなかは照明は使用されておらず、閉められたカーテンの隙間からこぼれる陽の光によって薄暗い空間になっていた。
そんな部屋に置かれた大きなベッドに執事とともにベルローズは近づく。
そこには薄く赤い顔でハァハァと苦しそうに息をしながらも眠っているルシウスがいた。
かなり体調が酷いようで額には汗が玉になって浮かんでいる。
「ルシウス様、フェルメナース伯爵令嬢が__」
ベルローズが見舞いに来たことをルシウスを起こして伝えようとする執事を無言で止めたベルローズは軽く首を振った。
できるだけ声を抑えるようにしながらベルローズは口を開く。
「起こさなくて大丈夫です。椅子はありますか?」
「持ってまいります」
「ありがとうございます」
執事は椅子を取りに部屋を出ていき、ベルローズはそれを見送ったあとルシウスに視線を戻した。
いつだって柔和な微笑みを崩すことがほとんどない彼は、苦しそうに小さくうなされながら眠っている。
(苦しそう……人間なんだから、当たり前よね)
ベルローズは彼をじっと見つめながらそんなことを考える。
彼女はどこか人間離れしていると考えていた彼が、突然同じ人間なのだと感じた。
「フェルメナース伯爵令嬢。椅子をお持ちしました」
「ありがとうございます。しばらくここにいますので、どうぞお仕事に戻ってください」
椅子をルシウスが眠るベッドの側に置いてくれた執事に礼を言って、ベルローズはそれに座る。
ベルローズが着席したのを見た執事は優雅にお辞儀をして、部屋を退出した。
執事が扉を閉めていったことに少しだけ驚いたベルローズだが、扉を開けていたら廊下の照明が差し込んで明るくなってしまうからだろうと納得する。
そうして薄暗闇のなかベルローズはぼーっとしながら過ごすのだった。
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