1-14 様子がおかしい
「おかしいわ……」
夜会から数日、ベルローズはレインの部屋の前でそう呟いた。
ベルローズがルシウスへの心変わりを宣言した日から、ルシウスはほぼ毎日フェルメナース低に訪れていた。
それ自体は以前もよくあることだったのだが、あれ以来彼は毎回ベルローズを呼ぶのだ。
今までベルローズを自分から呼び出すことなんてなかったルシウスが、レインの部屋に訪れるたび「ベルローズもおいで」と言うらしい。
そのうち何回かは断ったベルローズだが、そう何回も断れるものではない。
はぁーっと深くため息をついたベルローズはガチャリと扉を開いた。
「やぁ、ベルローズ」
「……昨日ぶりですね、ルシウス様」
レインの部屋のなかにはいつも通りルシウスがいて、にこにこ笑いながらベルローズに軽く手を降った。
そろそろ呼び出されるのにもうんざりしてきてしまったベルローズは明確な嫌味を言い、レインが眉をひそめた。
「ベルローズ」
「いいんだよ、レイン」
ベルローズを諌めるように彼女の名を呼んだレインをルシウスがなだめる。
「なんのご用でしょう?」
「いや、べつにこれといって用はないよ」
ベルローズの言葉にケロッと返したルシウスに、彼女は心のなかでため息をついた。
(ほんとうになんなのかしら……)
ベルローズはできる限りルシウスから離れた場所に腰掛け、ちらりとレインを窺う。
ベルローズが心変わりを告げて以来……というよりもルシウスがベルローズに構うようになって以来、彼はずっと困惑したような表情でルシウスを見ている。長年の友人といえど、ルシウスの急な態度の変化にはついていけていないようだ。
しばらくレインとルシウスが話し、時折ベルローズが話を振られるという謎の時間を過ごしていると、部屋の中にフェルメナース家の執事が入ってくる。
「レイン様。ユリアデナ伯爵令嬢がお見えになりました」
「彼女が? 今日はなんの約束もしていないはずだが」
「はい。あちらもそのことは理解したうえで、『偶然近くに立ち寄ったので、もし時間があれば会いたい』とのことです」
「そうか。すまないルシウス。少し会ってくるよ」
兄のレインの突然の退出にベルローズが「え?」と言葉を漏らす前に、ルシウスが「あぁ。気にしなくていいよ」と発した。
レインは少しだけルシウスとベルローズを二人残していくことを気にするような表情をしたが、結局何も言わずに部屋を出ていった。
部屋の主がいなくなった部屋のなかでベルローズは思わず視線を彷徨わせる。
「ベルローズ」
「…………なんでしょうか?」
ベルローズの名を呼んだルシウスに警戒心を剥き出しにしてこたえたベルローズに、ルシウスは一瞬キョトンとしたあと、堪えきれないように笑い声を上げた。
「ははっ! 別に取って食いやしないよ」
レインと話しているときは年相応に笑うことも多いルシウスだが、ベルローズの前でここまで笑い声を上げることは初めてで、思わずベルローズは目を見開いた。
「……なら、なんで私に構うんですか?」
ベルローズの口をついて出た疑問にルシウスは少しだけ考え込む素振りをして、口を開く。
「……君が『普通』になったから」
「…………」
「僕に執着する君は全く『普通』ではなかったけれど、それが急にレインと同じような『普通』の人間になった。だから少しだけ興味を持った、それだけだよ」
にっこりと微笑みながらそう述べるルシウスは、その美貌も相まって確かに美しいはずなのに、ベルローズにはどうしても美しさより恐ろしさが感じられた。
ベルローズはギュッと自分の拳を握りしめ、ゴクンと唾を飲み込んでから口を開く。
「……私は別に『普通』じゃありませんわ。私のルシウス様に対する態度が『普通』になったのは、ルシウス様が好きじゃなくなったからです。また違う人を好きになれば、私はきっとルシウス様を好きだったときと同じようにその方を愛すと思います」
これはベルローズの精一杯の嘘だった。
前世を思い出したベルローズがルシウスを愛していたときのように我を忘れて誰かを愛することなど、この先あるはずもない。
しかしそれでも、ベルローズはルシウスの興味関心を避けるためにこのような嘘をついた。
そんなベルローズの言葉を、ルシウスが真実と受け取ったのか、それとも嘘だと見破ったのかはベルローズにはわからなかった。
彼の表情は常に微笑みを被っていて、どんな感情を抱いているのかなんてわかるはずもない。
「へぇ、そう」
ベルローズの嘘にそう返したルシウスはその後も他愛のない話をベルローズに振り続けたのだった。
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