1-13 もうやめる
次の日の朝。
ベルローズはずーんと落ち込んだ気分で目を覚ました。
窓の外は眩しいほどの快晴だが、ベルローズの行く末には暗雲が立ち込めている。
「よりによってルシウスにバレるなんて……」
ベルローズはふかふかなベッドの上で顔を覆いながら呟く。
昨夜のルシウスは確実にベルローズの心変わりに気づいていたし、ベルローズが彼の質問に即答できなかったことが彼の疑いを決定づけてしまった。
ベルローズの起床に気づいたメイドが部屋に入ってきて、朝の支度を始める。
メイドに促されるまま朝の支度を手伝ってもらいながらベルローズはこれからどうすればいいのか考え込む。
(……バレてしまったことはもう仕方がないわ。バレる前には戻れないわけだし……ルシウスは私に興味がないから、大丈夫よ……)
そんなふうに自分に心のなかで言い聞かせるベルローズだったが、どうしたって不安は残る。
ベルローズが黙り込んで考え込んでいたら、いつの間にか朝の支度が終わったようだった。ベルローズはメイドに礼を言って部屋を出る。
「お兄様……おはよう」
「ベルローズお前……酷い顔色だぞ。まだもう少し寝ていたら良かったのに」
朝食を食べるために向かった食堂ではレインと両親が先に席についていて、レインは妹を見るなり朝の挨拶もせず言った。
確かにベルローズは今酷い顔をしていた。
昨夜ルシウスに心変わりがバレたことでなかなか寝付けなかったベルローズは、今朝もこうして早い時間に目が覚めてしまい、眼の下には隈ができている。
「レインの言う通りよ、ベルローズ。あんなに怖い目にあったのだから、もっと休んでいてよかったのに……」
レインの向かいに座る母__伯爵夫人が立ち上がり、ベルローズのほうへ近づいて彼女の頬を擦りながら心配そうな声音で言う。
「お母様……別に大丈夫よ。少し眠りが浅かっただけだから」
ベルローズは自分をぎゅっと抱きしめた伯爵夫人に、そんな返事をするが彼女はまだ心配が晴れないのかベルローズを抱きしめ続けていた。
「ベルローズ……お前はしばらく社交界に出ないほうが良いだろう。お前はまだ11歳なのだから社交が必須というわけじゃない」
「お父様……わかったわ」
それまで静かに座っていた父__伯爵の言葉にベルローズはコクっと頷く。
その様子を見守っていたレインが伯爵のほうを見ながら口を開いた。
「あの男はどうなりましたか?」
「あぁ……彼は公爵家の縁者なようでね。酔っていたということもあるから、今回はお咎めがないらしい」
「……酔っていたとはいえ、11歳の少女に手を出そうというのはいかがなものかと思いますが」
「それには賛同するよ。だがどうにも公爵家という盾があるとこちらも強くは出れない」
レインの言葉に肩をすくめながら返した伯爵は大きくため息をついた。
「あなたもレインもベルローズの前でそんな話はやめてください……ほら、朝食をいただきましょう」
夫と息子を咎めながら伯爵夫人はベルローズを自分の隣の席に座らせる。
伯爵夫人の言葉にきまりが悪そうな顔をした伯爵とレインは、伯爵夫人の言う通りに朝食を食べ始めたのだった。
***
「お兄様、今なんて……?」
「ルシウスがベルローズに会いたがっている。昨日のお礼もしたほうがいいだろう? 俺の部屋で待っているから支度が整ったら来い」
朝食を終えて自室で静かに刺繍をしてたベルローズは、部屋を訪れたレインの言葉にピシッと固まる。
レインは「できるだけ早く来いよ」とだけ言い残して部屋を去っていったが、ベルローズは彼が去ったあとも数秒間動くことが出来ずにいた。
今までルシウスが自分からベルローズに会いたいだなんて言ったことがない。それなのに突然どうしたのだろうと疑問に思う反面、昨夜のルシウスがもし万が一にもベルローズに興味を持ったのだとしたら一大事だ、とベルローズは思った。
ベルローズは出来る限りルシウスから離れたいのだ。ベルローズが彼のことを好きじゃないと彼が知っていたとしても、ヒロインを手にするために彼がどんな手を使うかわからない。
ヒロインを手に入れるためならばなんでもする、というスタンスの彼は友人の妹であっても手駒として捉えるだろう。
(もうこの際、お兄様の前でハッキリ言ったほうがいいかもしれないわ……)
ルシウスに都合の良い手駒と思われないよう、自分の意志を明確に表現したほうが良いとベルローズは判断して、なんの飾り気もないシンプルな部屋着のままレインの部屋へと向かったのだった。
***
「ごきげんよう、ルシウス様」
レインの部屋に訪れたベルローズをレインは信じられないものを見る目で見ていた。
その一方ルシウスはいつもの通り穏やかに微笑みながら「あぁ、昨日ぶりだね」とベルローズに返す。
「ベルローズ……お前この前まできっちりめかしこまないとルシウスに会えないとか言っていたのに……」
「えぇ、前まではそうだったわ。けどもう必要ないの」
「必要ない?」
「そうよ。だってもう私ルシウス様のこと好きじゃないから」
レインの言葉にそう返したベルローズ。
部屋のなかに一瞬沈黙が訪れ、そのあとにレインが「……は?」と声を漏らす。
ぽかんとしたレインの隣でにこにこと微笑みを深くしたルシウスにベルローズもにっこりと微笑みを返したのだった。
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