7 春の終わりと共に
春風が窓辺を優しく撫で、桜の花びらがひらひらと舞い散る。ガラス越しに、散る桜の花びらが春の終わりを告げかけている。カーテンがなびき、桃色の花弁がコップに落ち、小さな波紋を拡げた。
リーナの一室では、クロウとリーナが円卓のテーブルに腰を落ち着け、室内にはレンとスイがメイド服で佇んでいる。円卓には紅茶の豊かな香りが、ゆらりとほのかな湯気と共に漂っている。
クロウは精錬された所作で、コップを持ち、口元に運ぶ。桜の花弁で彩られた紅茶を一口含み、一呼吸を置いて独り言を呟く。
「俺も飼い慣らされたものだな…」
淡い桃色の軽装のドレスに身を纏ったリーナは微笑みながら、クロウの言葉を拾い、言う。
「こうしてあなたとお茶会を楽しめて私は幸せですよ」
柔らかな笑顔のリーナはとても綺麗で、窓際に座る彼女の黄金の髪が優しくなびく姿は一枚の絵画のような芸術的な美しさがある。
「…外の花と合っていて…きれいだと思う…」
小恥ずかしそうに、顔をリーナから背けながらクロウは言う。
「ですよね!クロウ様、女性は褒められると嬉しいのです!素晴らしい発言です!」
「…その調子…」
双子のメイドたちは、待ってましたとばかりにクロウの発言を後押しし、身振り手振りでリーナのことを褒め称える。
リーナは少しの間、目が点になっていたが、頬をほんのりと染め上げながら答える。
「彼女たちに何か言われたのかしれませんが…それだとしても飾り付けた言葉ではなく、あなたの言葉でそう言ってくれたのは本当に嬉しいです…」
リーナも恥ずかしさからか、クロウを少し見た後、顔を下に向け、両手の指先をもじもじさせる。
「二人とも本当にお似合いです!」
「…式はいつにしますか…?」
双子たちは、二人の姿をまるで、純愛物語を見ているかのように、各々の好き放題言い出す始末であった。
「こら、あなたたち調子にのりすぎですよ」
リーナは双子たちの調子を嗜めるように言うが、カーネに対して以外、人に対して怒るということができない性分であるため、迫力など皆無であった。
しかし、リーナのことを崇拝する双子のメイドたちは、それをわきまえてから必要以上に騒ぐのはやめ、一言、申し訳ありませんでしたと言うと、二人をにこやかに見守り、職務であるお茶会の続きをするために、二人に甘いデザートを用意する。
「おれは…いえ…私は、あなたのことを本当にお慕いしています。リーナの黄金の輝きは必ず私が取り戻す」
クロウは背けていた顔をリーナに真っ直ぐ向け、漆黒の双眸に、決意を宿しながらリーナに向けて伝える。
「私もあなたのことを、とてもお慕いしています。これからも末長くよろしくお願いしますね」
そう言いながら、満面の笑顔を向けるリーナの顔はすでに輝いてるように見えた。
「レン…これってどんな恋愛小説?」
「…そのへんの恋愛小説なんて目じゃない…至高の物語ね…」
双子の年頃の娘たちは、最高の恋愛物語を、現実の世界で目視できることに感動し、リーナとクロウの二人だけの世界を手を目の前で組み、恋に憧れる少女たちの姿がそこにはあった。
「…おい、庭師よ!私の前で娘のそんな姿見させてないで!まだ、早いよリーナちゃん!パパと一緒にいてよ」
いつから見ていたのかは、定かではないが、ベリアを横につけながら、ガーデニア家当主のカーネは、顔から大粒の涙を流しながら、リーナに思いの丈をぶつける。
「あらあら、お父様ったら。いつからいらしていたのですか?」
「わたしのことが見えないくらい、庭師との時間が悠久の時のように感じたのかい!」
「おれがしゃべっていたときにははいってきてたな」
三者三様に言う。
「庭師!お前は私をもっと敬いなさいよ!てか、リーナちゃんはお前なんかに絶対渡さないからな!」
「…もう語尾がおかしくなってないか?俺が使えているのはリーナだ」
悪びれることなくクロウは言う。
「うぬぬぬ!」
カーネはどこからか出したハンカチを口で噛み締めながら、恨めしそうにクロウを睨みつける。そこへ、ベリアが一礼し、間に言葉を挟む。
「カーネ様心中お察しますが、本題について話をされては?」
「フガフガ!!」
カーネはハンカチを口に噛み締めたまま答えたが、一人を除いて呪文を解読できるものはいなかった。唯一の解読者であるベリアは言う。
「分かりました。私の口からお話ししましょう」
クロウがなぜこいつは解読できたんだと、不思議そうな顔をベリアに向けてから、ベリアの僅かな表情から真面目な話であると感じ取り、言う。
「穏やかなら話ではなさそうだな」
「クロウ様のおっしゃるとおりでございます。前日の春の装いでの、あれとの一件で少々不穏な動きを掴みました」
ベリアはリーナに確認するため、リーナの方に顔を向け許可を取ろうとする。
「私に関係あることでしょ?続けて下さい」
「かしこまりました。前日のローズウェル男爵との一件で、ローズウェル男爵が貴族会で平民からの恥ずかしめを受けたため、平民の処罰を検討するような発言がありました。」
スイが珍しく真剣な顔で言った。
「……あの厚かましい男爵、絶対に何か企んでますよね」
レンが目尻を鋭く尖らし、冷たく付け加えた。
「……成金息子が」
神妙な顔つきで眉間にシワを寄せ、考えているような仕草をしていたがクロウが口を開く。
「それで俺はその貴族会とやらに、顔を出せばいいのか?」
リーナが庇う様に答える。
「クロウさん行かなくていいです…行ってもいいことにはならないですから…」
最後の方は声の力が薄くなりながらリーナの顔は悲しみがぬられていた。
ベリアは表情崩さないようにしながらも、リーナの影を落とした顔に悩んだ末に一呼吸をおいて言葉をつなぐ。
「…現在、ガーデニア家には貴族会への参加を求められています。もちろんクロウ様の同伴での要請です。申し上げにくいですが…貴族会での平民への扱いはお世辞にも良いものでありません…最悪のケースを想定したほうがよいかと思われます」
「私がきちんと付き添う。それに我がガーデニア家は伯爵である。貴族会といっても爵位は子爵までが多数だから、少々金を積んでも連れて帰ってみせるぞ。パパに任せなさい」
カーネは珍しく自信に満ちた表情で、豊満に膨れた腹部を張り出しながら、力強く答えた。
「頼みますよ…お父様…」
目に溜まった涙が雫の様に垂れ、リーナは父に請う。
「愛娘の命の恩人に変わりはないからな!パパに任せなさい!」
「それで会はいつだ?」
クロウが問う。
「ローズウェル男爵は会の開催を随分と急いでおりまして、明日にはこちらをたっていただき、明後日の王都で開催が予定されております」
「なにか不穏な気配を感じるが、俺がみればすべて分かる。リーナ、心配するな。私はあなたのもとに必ず帰ってくる。」
そう言いながら、クロウは腰の剪定鋏を静かに抜き、彩り豊かな花の中から一輪を選んだ。淡い桃色の花弁が幾重にも重なるその花を、優しく摘み取る。
摘み取られた花は花弁が幾千にも織り込まれていて、淡い桃色の花であった。
「最近は花のことも学んでいるんだ。花言葉は『また会う日を楽しみに』だ。これ持って待っていてくれ」
そう言いながら、クロウはリーナの頭に手を置き、一輪の花を大切に愛でる様にリーナの頭を優しく撫でる。
リーナは悲しみの顔を呑み込み、クロウに向けてそれは模造花のような作り笑いではあったが、彼を送り届けようと、満開の笑みを向けながら言う。
「分かりました…再会できることをこの花とともに願っています」
スイとレンが感動し、抱き合いながら涙を流しているよこで、カーネはまたどこからか出したハンカチを噛みちぎるような勢いで噛み締めていた。ベリアは微笑ましく二人の姿をしずかに見守る。




