6 舞踏会
庭園会の前半が終わると、幻想庭園は一気に夜の装いへと変わった。
魔石のランタンが柔らかく灯され、噴水の周囲に張り巡らされた魔力が淡い光の粒子を散らし始める。
花々が夜風に揺れ、まるで生きているかのように光を反射する――これが、かつての「幻想庭園会」の真骨頂だった。弦楽四重奏が優雅なワルツに変わる。
カーネが大声で宣言した。
「さあ、後半のメインだ! 幻想庭園の魔力を活かした『光の舞踏会』! 皆さま、どうぞお楽しみくだされ!」
リーナはクロウの腕にそっと手を置き、微笑んだ。
「クロウさん……踊っていただけますか? この庭で、あなたと一緒に」
クロウは一瞬、眉を寄せたが、すぐに小さく頷いた。
「……お前が望むなら」
二人が噴水の前へ進み出ると、周囲の貴族たちが息を呑んだ。 スイとレンが少し離れた場所で控え、スイが小さくガッツポーズを取る。
「リーナ様、がんばってー! クロウ様もー!」
レンは無言で頷きながら、視線だけを鋭く周囲に配っていた。
クロウがリーナの細い腰に手を回し、右手をそっと繋ぐ。リーナは彼の胸に軽く寄りかかるようにして、ステップを合わせた。純白のスカートが夜風に翻る。 すると、庭全体の魔力が反応した。 花びらが光の渦となって舞い上がり、二人の足元を彩る。 黄金の髪が夜風に靡き、純白のドレスが幻想的な光に包まれる。 クロウの漆黒のタキシードと相まって、まるで闇と光が絡み合う一枚の絵画だった。
貴婦人たちからため息が漏れた。
「なんて……美しい……」
「リーナ様と庭師の……まるで運命の二人みたい」
リーナはクロウの胸にそっと寄りかかり、耳元で囁いた。
「クロウさん……この光、感じますか? あなたが蘇らせてくれた庭が、私たちを祝福してくれているようですわ」
クロウは低く答えた。
「ああ。……お前の笑顔が、一番輝いている」
その瞬間、二人の周囲で花びらが一斉に回転し、光のリングができた。
幻想庭園の魔力が、ダンスに呼応して最大限に輝く――まさに、3年ぶりの最高の舞台。
しかし、その美しさをぶち壊すように、男の声が響いた。
「これはこれは、リーナ様! お久しぶりですな!」
人垣をかき分けて現れたのは、派手な金髪に身を包んだ貴族の青年。エドガー・ローズウェル男爵。
リーナの元婚約者だった。彼は大げさに両手を広げ、リーナに近づいてきた。
「呪いが解け、庭が蘇ったと聞き、駆けつけてまいりましたぞ! 私はずっと、心の中でリーナ様を想い続けていました。『救ってあげたい』と……。婚約者として、当然の務めですからな!」
リーナの表情が一瞬、凍りついた。クロウの腕の中で、彼女の指がわずかに震える。
スイが小声で毒づいた。
「……噓つき。呪われてから一度も顔を見せなかったくせに」
レンは冷たく。
「……最低」
エドガーは構わず、リーナの前で片膝をつき、厚かましく手を差し出した。
「さあ、リーナ様。婚約者として、このダンスの続きを――」
その瞬間、クロウが動いた。リーナを優しく引き寄せ、エドガーの手を素早く払いのける。
「婚約者?」
クロウの声は低く、冷たい。
「リーナの命が呪いに蝕まれ、庭が死にかけていた三年間。 お前は一度もこの邸を訪れなかったな。救うと言いながら、ただの噂を聞きつけて今頃現れるとは……厚かましい雑草だ」
エドガーの顔が引きつった。
「な、何を言う! 私は忙しかったのだ! 男爵家を背負う身として――」
クロウは静かに腰へと手を伸ばした。コートの裏に忍ばせているのは、今日のために用意した装飾用の短い剪定鋏。刃は伏せたまま、ただその柄を軽く構える。それだけで、周囲の空気が凍りついた。ただ、命の流れを視る。エドガーをじっと見つめ。
「お前の命の流れ……腐った根のように黒く淀んでいる。リーナを『救う』つもりなど、最初からなかったな。 ただの政略結婚。呪いが解けた今、ガーデニア家の財産に群がろうという魂胆か?」
周囲の貴族たちがざわめいた。
「え……本当?」
「ローズウェル男爵、確かに三年間一度も……」
エドガーは顔を真っ赤にし、立ち上がった。
「ふ、ふざけるな! ただの庭師ごときが! お前など、ガーデニア家の使用人に過ぎん!」
クロウは淡々と答えた。
「庭師だ。だから、雑草は根元から剪定する」
彼はエドガーの足元に視線を落とし、指先で軽く命の流れを「摘む」真似をした。もちろん本気ではない。ただの威嚇だ。すると、エドガーの足が一瞬、びくりと痺れた。まるで本当に剪定されたように。
「ひっ……!?」
エドガーは後ずさり、尻餅をついた。貴族の威厳など、跡形もない。
スイが大声で追い打ちをかけた。
「わーい! クロウ様、かっこいいー! 雑草退治完了ですー!」
レンは冷たい視線でエドガーを睨み、静かに言った。
「……お帰りください。リーナ様の庭を、汚さないで」
カーネが遠くから大声を上げた。
「ローズウェル! お前はもう婚約者ではない!今すぐ出て行け!」
エドガーは這うように立ち上がり、顔を覆って逃げ出した。生き恥を晒し、貴族たちの嘲笑を背に受けながら。
リーナはクロウの胸に顔を埋め、彼のことだけを瞑られた眼差しで見つめる。そして、リーナの指先の震えはいつの間にか止まっていた。
「クロウさん……ありがとうございます。あなたがいてくれて、本当によかったですわ」
クロウは彼女の頭をそっと撫で、耳元で囁いた。
「お前の庭に、害虫は入れさせない」
ダンスは再開した。
光の花びらがより美しく舞い、二人の影を優しく包む。
しかし――
庭園の奥、闇に溶け込むように一人の影が佇んでいた。エドガーが逃げていく先で、黒いローブの男が小さく笑う。
「……面白い。あの元婚約者、利用できそうだな。ガーデニア家を滅ぼすための、良い駒になる」
黒ローブの男は、ゆっくりと闇に消えた。幻想庭園の光が、その影を一瞬だけ照らし――そして飲み込んだ。庭園会の夜は、まだ続いていた。しかし、新たな影が、静かに忍び寄ろうとしていた。




