#77 束の間のひと時
そんなわけで休憩時間なわけなのだが、時刻ももうすでに昼を過ぎている。一般の冒険者もかなりの数ギルドに集まってきており、その誰もが初々しいと私たち受験者に視線を向けてくる。
そして受験者の方も、この一時間の使い方は様々だ。食事をとっている者、眠る者、武器の手入れをしたり更には先輩の冒険者にアドバイスをもらいに行ったりと様々だ。たしかに、助言をもらってはならないというルールはないし問題ないだろうが、試験内容は毎年違う。筆記ならともかく、次の実技試験でその知識が役に立つとは限らないが。
「それにしても、今考えたらかなりギリギリだったよ……あと何問か間違っていたらと思うと………」
「まぁまぁ、合格したのだから、それでいいじゃないか」
発表から少し時間が経ったというのに、ヒユウはまだ心臓の鼓動が落ち着いていないようで、いまだに左胸を抑えて深くため息を吐いている。
先ほどの筆記試験を合格したのは、全部で七十三人。実に二十人以上はここで不合格となってしまったわけだ。そして全体から差し引けば………四十三人。それだけの人間が、すでにこの試験から消えた。
「不安や邪念はいざという時に足枷になって、いざという時の焦りとなる。反省は大事だが、あまり終わったことで思い詰めても意味はないぞ」
「それはわかってるんだけど………」
まったく、最近の若い者は色々抱え込みすぎなのだ。ほんの少し楽観的になるだけで、物の見方も変わってくるだろうに。
「お前も私も、ネストに一泡吹かせるためだけにこの試験に挑んでいるわけじゃない……今後の未来、夢のために今戦っているんだ。考え込んでいる間に不合格になってしまうのは、本末転倒だろう?」
「そうだね。でも、まだ実技試験の内容が分からないから、正直ドキドキするよ………!」
「!………そうか」
どうやら、不安と緊張だけではないらしい。
勉強、そして筆記試験で普段よりも動かせていなかったヒユウの体は疼いており、まるで戦いを待ちわびているかのようなだった。
(……少し、杞憂だったかな)
なんにせよ、大丈夫そうなら心配はいらない。どんな結果になるのかも、最後は結局自分次第なのだから。
「………なるほど、それ相応の知識は頭に叩き込んだようだな」
ギルド長室にて、ネストはコーヒーを飲みながら筆記試験の結果が記された資料に目を通していた。合格者の中には先日の二人の名前がしっかりと記載されており、巨人の間を滅茶苦茶にした張本人は、これまでの冒険者試験でも稀にしか見ない……それどころか、今回少女に課したのは過去最難関レベル……と言っても、内容自体は例年とあまり変わらないが、それでもあの量の問題全てを正答してのけ、筆記試験を一位で通過していた。
「本当にびっくりですよ……!一時間であの量……私でも解けきれるのか怪しいくらいなのに………」
「君があれらに無断で貸した問題集のおかげかな?」
「そうですね、あの子たちもしっかり……………な、なぜそれを………?」
「たとえ気の知れた仲間だろうと、信頼に足る人物だろうと、魔物が一切いない安全地帯であろうとも、まずは疑うことを忘れるべからず………随分とあいつらに肩入れしていたものだからな。少し見させてもらったよ」
「………それで、処罰は如何程に………?」
「……………構わん。あのような小娘如きに無茶苦茶を言っているというのは自覚している………そうでもしなければ、そもそも合格など出来ていないだろう」
(あっ……自覚はしてるんだ………)
決して顔にも声にも出さないが、リンは内心で苦笑いを浮かべる。そしてため息をついたネストが一口コーヒーを啜り鼻から息を吐くと、続けるように口を開く。
「………だが、今後冒険者に必要とされるのは、集団での秩序を乱さないこと……その考えは変わらない………近年増え続けている冒険者という職業に就く者………組織内での自重も出来ん奴に、冒険する資格などない………!」
曲がらない確固たる信念が、ネストを突き動かす原動力となっている。大きな博打はせず、ただひたすら堅実に、そして何よりも秩序を重んじる。その考えを、彼は決して揺るがせない。
「………ギルドマスター、もうそろそろ準備した方がよろしいのでは?」
そう呟いたのは、面談用のソファに座って、ネストの物と同様に淹れられたコーヒーを 口に運んでいる灰色の髪の女性。
「そうだな。レイア・オルフロスト………手加減する必要はないぞ?」
「うーん………まぁ、生半可にやったらあの子に怒られてしまいますからね。手を抜くつもりはありませんよ………」
「よろしい………リン。あれを、一般の受験者用にチューニングしておいてくれ」
「かしこまりました。屋外へ転送する魔法陣もご用意しておきます」
「あまり試験まで時間は残ってはいないが、時間厳守だ。頼んだぞ」
リンは頷き、一足先にギルド長室を後にした。レイアは愛剣であるレイピアをそこに置いたまま立ち上がり、ネストの方も残りのコーヒーを一気に飲み干した。
「さぁ………見定めてやろうじゃないか―――――」




