されど、ごはん!
私にグルメ志向は無く、「安ければいい」という食生活だ。なので味覚は鈍いと自覚している。でも、おいしいものはおいしい。バングラではトルカリと称するが、やはりカレーが主体だ。野菜、マトン、チキン、魚など。魚屋さんに行くと分かるが、バングラは魚が豊富だ。種類は良く分からないが、食堂ではフィッシュカレー的なものが数種類ある。多くの安い系の食堂は、これに野菜と数種類の肉が加わったものが選択肢となる。ごはんは白米と、チャーハン、チキンライスなど。露天では白米のみの場合もある。これらの組み合わせで食べることになる。肉・魚に比べて野菜は安い。ミックス野菜や、野菜カレー的なものは、30円から50円くらい。これを白米にかけてもらって、併せて50円~100円程度。ごはんが多めなので、十分一食になる。チキンライスや、肉魚との組み合わせにすると、200円前後と一気に高くなる。ケチで、ちょっとだけ摂生中の私は、野菜中心にしていたので安くついた。もちろん、魚もチキンもおいしい。ただ、魚は川魚なのだろうか、小骨が多くて食べるのに悪戦苦闘した。でも味は絶品だ。全般にスパイスが効いていて、日本の辛口~大辛くらいだ。料理に入っているチリをまともの食べてしまうと、しばらく口内がマヒする。食後の口直しにチリが出る事があるが、私には辛すぎる。しかし、辛い物はおいしい。いつ飽きて来るかと思っていたが、結局帰るまでカレー味には飽きず、毎日おいしくいただいていた。
お店の感じは東南アジアと似ている。エアコンと玄関ドアがあるのは、ちょっといいお店。次に家族でやってるような、入口開放型の小規模なお店、そして最後に、ブルーシートを張ったような、露天のお店。安い方が良い私は露天のお店に良く通った。店の人も客も明るい。そしてよくしゃべる。ワイワイ賑やかになっていると、誰が店の人だか分からない。外国人、或いは日本人は珍しいらしく、客が一緒に写真を撮りたがる。無理やり肩を組んだりして。でも、皆あっけらかんとして、嫌みな所は全然ない。食堂に限らず、実にいろいろな所でバングラ人と写真を撮った。若い人も私と写真を撮りたがるのには驚いた。こんなしょぼくれた日本人と写真に納まって何が嬉しいのだろうと思ってしまう。
ごはんを食べていると、ごはんの追加はどうか、おかずの追加はどうかと聞いてくる。もちろん有料だ。一度ダル(豆)スープが、すっと出てきた事があり、これは無料で付いているものだと思ったら、後でしっかり料金をとられた事がある。15円ほどなので、目くじらを立てる事はない。商売熱心なのだが、一貫して、皆明るく、屈託なく接して来るので、嫌な感じはしない。食堂は、ごはん兼、バングラ人との交流の場だった。この心地よい人当たりは食堂に限らず、バングラ中、どこもかしこもそうだった。普通なら少しはブスッとしていてもおかしくない、入管審査係や国鉄職員なんかも皆、明るい感じだ。都市部はストレスが多いので違うのではと思ったが、やはりいい感じの人達ばかりだった。そんな人達なので、食堂やスーパーで店員同士がペチャクチャおしゃべりしていても気にならない。バングラ人に対する私の気持ちに「嫌悪感」や「排他感」ではなく、「親近感」が芽生えてきているからだろう。「うるさ型」、或いは「厳し型」の日本人なら店員同士がおしゃべりしていたら眉間に皺を寄せて、イライラして来るに違いない。
高級な店を除けば、皆、手で食べている。朝食のパロタ(ナンのようなパン)を右手だけで器用に丸めてちぎって食べている。私はスプーン持参で店に行っていた。私のスプーンを見て、店の人や客に大笑いされたこともあるが、嫌みが無いので気にならない。しかしある時、スプーンを忘れてしまった。ホテルに取りに帰るのが面倒なので、私もバングラ人よろしく手で食べた。これはこれで便利だ。意外と普通に食べられる。もちろん、左手で食べ物を取ってはいけない。食べ終わると、店員が手拭きの紙を渡してくれる。ちょっと大きめの店であれば、食前後に手を洗う為の流しを備えている。実に良く出来ている。ただ、手のべたべたを考えると、やはり外国人はスプーン持参の方が便利のように思う。
いずれにしても、安いという事もあって、私としては珍しく「食」を堪能した。食だけでもバングラに行く価値はある。お土産にスパイスを何種類か買って来て家でカレー作りに挑戦中だ。バングラの香りが広がって嬉しくなる。しかし、やはりスパイスから作るカレーは難しい。水っぽくなったり、コクがでなかったり。でも、それなりにバングラで通った、あの露天のカレーの味を楽しめる。
食堂でもう一つ嬉しいことがあった。スマホを見ながら食べている人がいないのだ。既述のように、そこそこスマホの所有率は高いのだが、食堂でスマホを睨みながら飯を食っている輩はついぞ見なかった。これは精神衛生上、大変良い。日本に帰り、スーパーのフードコートに行ったら、あっちもこっちも「スマホメシ喰い」の人だ。二人連れなのに、二人ともスマホを見ながらメシを食っているのも良く見る。子供連れも、親がスマホを見ていて子供は手持無沙汰だ。皆、背を丸め、スマホに目を落として寡黙だ。そんな時、安食堂の、ちゃんと顔を上げて、明るく、楽し気におしゃべいをしながら飯を食う、バングラ人が懐かしく目に浮かぶ。