雑踏
空港の外は雑踏に囲まれていた。その間を縫うように表通りへ向かう。実は元々ホテルに送迎をしてもらおうと思い、頼んでいた。しかし、後になって面倒くさそうな言いようになってきて、結局出迎えはしてくれなかった。このホテルとの事前のやりとりの段階で、既にバングラの心象は悪くなっていた。結果として、こうして、暗い中を歩いてホテルに向かっているという訳だ。しかし、この心象は後にあっさりと覆る事になる。空港は都心から15kmほど離れているので、周囲は閑散としていて、そこにホテルがポツンと建っているような佇まいを想像していた。実際にはしっかりした市街地で、広くない道はオートリキシャと人で溢れかえっていた、雑踏、人いきれ、クラクション、食べ物のの匂い、、、
日本の歩道も凸凹で時に電柱や街路樹に遮られたりするが、こちらも酷い。狭くなったり広くなったり、高くなったり、無くなったりする。その上を多くの人が行き交っている。車道はオートリキシャで溢れており、歩けそうにない。何故ここには普通の自動車が走っていないのだろう、不思議に思った。狭いので走りにくいことは確かだ。ちなみにオートリキシャは人力車の人の部分がオートバイになったものだ。後に分かるのだが、バングラではむしろ人力の「リキシャ」が主で、オートリキシャは少数派だったようだ。リキシャについては実にいろいろとあり、面白い体験をしたので追々お話しする。
さて、GPSを頼りに喧騒の中を歩いてゆくと、果たして目的のホテルがあった。これでとりあえず初日の夜は無事に過ごせそうだ。初日という事もあり少し良い宿にした、、、つもりだった。US$23だから安くない。一応、普通の宿で部屋も狭くなかったが、ちょっと小汚く、お湯も出ず、エアコンも無く、蚊も居た。おまけに既述のように出迎えにも来てくれなかった。後で考えてみると、US$10-15程度が適切かなあ、という感じだ。このホテルだけではないが、窓の防音が甘いので、遅くまで外で遊んでいる子供たちの声、近くの作業場の音がずっと聞こえている、しかし、寝泊りに本質的な不自由は無いので、これで良しとした。なにせ初日だし、別に文句を言うためにわざわざバングラに来たわけではない。飛行機で疲れ、時差もあったので、ひとしきり蚊と格闘した後、早々と就寝した。ちなみに蚊をやっつけるのは、壁や天井にとまっている蚊をめがけて、枕か、毛布を丸めたものを投げつけるのが有効だ。全滅できなかった場合には、電灯を消した後に耳元に「プーン」とやってくることになる。
寝付いたころだろうか、激しくドアをノックする音がした。何事だろうとドアを開けると、大きなスプレー缶を持った若者がニコニコして立っている。どうやら殺虫剤を撒くサービスらしい。丁重にお断りした。確認していないが有料のような気がする。この後も別のホテルで同じ経験をしたが、このサービスは安めの宿で行われているようだ。かつて安下宿で、いわゆる「電子蚊取り」を使っていて体調を崩した事があるので、殺虫剤は御免だ、
さて、明日はダッカ都心に向かう。思惑通りに列車に乗れるだろうか。こんなホテルでもスタッフは親切で、駅やキップの事など聞けば丁寧に教えてくれる。この親切さは、その後の道中でもずっと体験する事になる。人が余っているというと失礼だが、ホテルでもスーパーでも店員だらけだ。日本の様に、広ーい売り場に店員一人、なんて事はない。だから、ちょっとしたことでも時間をかけて付き合ってくれる。最初は店員と長々と話しをするのに気が引けたが、だんだん普通になってきた。旅先ながら、普段日本に居る時よりも多く人と話しをしている自分に気づいた。これだけでもバングラに来た甲斐があった、寝床で横になり、窓越しに入って来る様々な物音、人の声を聞きながら、「あっ、やっぱり来て良かった」、そんな思いに浸っていた。




