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悲劇の王女と愛されし男

 レディ・ジュリア。

 教養豊かで民に対しても気さくで優しいと評判の美しき姫君。

 女王メラディスによって魔女の烙印を押され、王族の一人でありながら魔女として火刑に処せられてしまった悲劇の王女。


 しかし歴史書においては、メラディスが従妹の救命のために何度も改宗をするように諭したとある。

 何度も何度も牢に足を運び、ジュリアの信じる悪魔への信仰を捨てるように説得していたとされている。


「お前は真っ黒く染まって腐れ死ぬはずだった。毎日毎日私は、お前の苦しむ様を眺めてやったというのに、お前こそは私をあざ笑っていたな。」


 アシュリー殿下が私に向ける目は憎しみそのものであり、けれど、彼女のあどけない唇から吐き出される怨嗟は彼女のものでは決してない。


「あの人を誘惑したお前の指だって、二度とハープシーコードを弾けないように全部潰してやった。毎日眺めて毎日お前の変わりざまを嗤ってやっていたのに、身代わりなんかで逃げおおせていたとは!だが逃がしはしない。お前の子供が生きていく事など私が許さない。ハハハ、ご覧。お前の娘は、ほら、私の容れ物になって、毎日毎日私に命を喰われている。」


「そんなあなただから彼はあなたを愛せないのよ!」


 私はアシュリーの中にいるらしいメラディスに言い返していた。

 デュラハンが不幸になったのも、なん百年も苦しんだのも、ぜんぶ、ぜんぶ、この自分本位な女によるものかと、そう思ったら私は自分を止められなかった。


「あなたは綺麗だったかもしれない。でも、中身はヘドロみたいなドロドロじゃ無いの!そんな人を彼が愛するはずはない。彼は自分以外の人の苦しみに敏感で、繊細で、とっても優しい人なのよ。」


「優しい?繊細?力を手にするためには私の爪先にキスをする男よ。私が彼を騎士に取り立ててやったんだ。」


「騎士じゃない!あなたの獣になっただけよ!彼は、ああ、彼は。」


 ピアノを奏でるデュラハンの滑らかな指使い。

 私に教えるうちに、彼こそ自分の曲に没頭してしまうような所もあった。

 ええ、私の為と言って、彼は曲を編曲した。

 彼はメロディを自分で作れる事を楽しんでいた。


「あなたに出会わなければ、彼は吟遊詩人として世に名を遺せていたわ!彼の栄光ある人生を壊したのはあなただわ!」


 アシュリー殿下は断末魔のような悲鳴を上げると、両手をかぎづめにして私に対して掴みかかって来た。

 彼女の腹の魔法陣が黒々と輝く。


「殺してやる!」


「魔法陣に触れると体が真っ黒くなる病にかかって死ぬ。」


 デュラハンの言葉を思い出した。

 私はアシュリー殿下のベッドの掛け布団を掴むと、自分の手に彼女の呪印が触れないようにして彼女の体を押さえた。

 アシュリーの暴れ方はとても大きく、彼女が私の一回りは小さい体とは思えないほどの力を発揮している。


「殺してやる!ジュリア!お前の子供など、あの人との子供など殺してやる!」


「え。」


 アシュリーの言葉に私は怯み、その一瞬、私はアシュリーに蹴り込まれていた。

 体の中の空気が否応なく吐き出され、私からは完全に力が抜けた。


「プルーデンス!」


 私は床に転がっていた。

 ベッドの上には上半身を呪印で真っ黒に染めたアシュリーが立っていて、獲物に襲い掛かる烏のようにして両腕を広げた。

 アシュリーが床に転がる私の上に飛び掛かかり、しかし、私はミゼットによって引き起こされて抱きかかえられていた。


 私が転がっていた場所にアシュリーは着地していたが、そこに私がいれば私は確実に死んでいたはずだろう。

 アシュリーの足の下の床は、黒く色が変わり、腐った匂いまで放ってる。


「まさか。ありえないわ。」


 ミゼットは珍しく震え声で呟くと、私をぎゅうと抱きしめた。

 私もミゼットを抱き返した。

 アシュリーは私達に向かって一歩踏み出した。

 体を猫背に屈め、恨みばかりだという風に私達を睨みながら。

 アシュリーが踏み出した足の下の床に、蜘蛛の巣のような黒い影が出来た。


「殺す、殺す。ジュリアの最初の子はあの人との子供のはず。苦しめて苦しめて、大人にさせずに殺してやる。殺す、殺す。ジュリアの子供達を私よりも長生きなんかさせない。四十二を越えさせたりしない。」


「兄は四十二で亡くなった。」


「先生?」


「プルーデンス。殿下の母親はファーニヴァル侯爵家の方よ。侯爵の叔母です。ファーニヴァル侯爵家は短命で有名だわ。そして、我が家もファーニヴァル侯爵家の血を継いでいるの。それでダート家は途絶えかけ、海外にいた私達家族がこの国に呼び戻されたの。ああ、兄が亡くなったのは、四十二歳になる年よ。全部、メラディス女王陛下の呪いだっていうの?幽霊なんてありえないでしょう!」


 ミゼットの言葉に私は亡霊の言葉を思い出し、私は様々なデュラハンが私に言った台詞の本当の意味に気が付いた。


 殿下とダニエルが共通している、赤味が掛かった金髪。

 ダニエルはいい男だとデュラハンが囁くのは?


「あなたが愛しているのはジュリアだけなの!」


 私は叫んでいた。

 だって、私こそ騙されたような気持ちで混乱してるのだもの。


 メラディスは子を産んではいない。

 だから、結局は彼女の子孫ではない王族がこの国の王として国を治め、そしてそして、デュラハンと彼が愛した女性の子孫が王城に戻っているのだ。

 一方のデュラハンは、恋人と自分の不幸をもたらしたメラディスに復讐を誓っていたはずで、ひいてはメラディスの象徴である王家を恨んでいたはずだ。


 あなたの呪いがあなたの子孫に向かっている?

 あなたこそ大事な子供達を不幸にしている術具になっているの?


 それで自分の首を掘り返して呪いをお終いにして欲しいと考えていた?

 あなたの心は、最初から最後まで、ジュリアと彼女の子孫にしかなかったの?


「ああ!私は愛する男に騙された!」


「プルーデンス!」


「先生!大声を上げますよ。動けないならば助けを呼びましょう。」


「そうね!」


 だが、私達が大声を上げる間もなく、部屋中の扉が一斉に開いた。

 それから、大きな音を立てて一瞬で全部が閉まった。

 とても大きな音を立てて。


 私とミゼットが部屋で起きた現象に慄きつつ再びアシュリーに意識を向けた時、アシュリーは床に倒れていた。


「もう大丈夫だ。姫君は眠らせた。」


 女性のする事には手出しはできない。

 しかし、当の女性達から助けを求められたならば、彼は女性だけの部屋でも飛び込むことはできる。

 死してもなお自分のルールに縛られている男が、横たわるアシュリーの傍らに立っていた。



お読みいただきありがとうございます。


アシュリー殿下に侍女が付いていなくて、変、とか、色々あるでしょうが、流してください。

メラディス女王の呪いを前面に出したかったことや、エンディングに雪崩れ込む勢いを消したくなかったので、余計な登場人物は排してしまいました。


さて、昔の男デュラハンですが、彼が好きだとプルに披露して見せた曲については、バッハのBWV1052をイメージしています。

奴はピアノの方が力強くて好きだと言ってますが、蔵前はハープシーコードによるものの方が繊細で煌びやかで好きです。


この物語はあと少しで終わります。

よろしければもう少しだけお付き合いください。

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