アシュリー殿下
王宮の王族が住む区域に入るには、まず、女王メラディスを模した女神像が見守る広間にて執拗なボディチェックを受けねばならない。
ダニエルにもミゼットにもあっさりだったのに、私に関しては少しどころかかなり無遠慮に体に触って調べて来たと思い出す。
ソーンはボディチェックをされるどころか、ここで待つ、と彼こそ門番のような顔で私達がボディチェックされるのを見守っていた。
私はじっと我慢した。
だって、デュラハンの首を探す、それが目的だもの。
しかしながらこの計画は、アシュリー殿下にお会いしたそこでとん挫した。
私は考えるべきだったのだ。
ダニエルが彼女にお見舞いしたいと申し出れば必ず叶う、その理由に。
お病気のために体は大きくはなくやせ細られていても、そのために十二歳くらいにしか見えなくとも、殿下は私と同じ十六歳の少女である。
素敵な年上の男性に恋をしてしまう年頃なのよ。
侯爵であるダニエルはお姫様の結婚相手としては申し分ない身分の上、キャサリン達が国中の若い女性の憧れの人と言っていた通り、彼の外見は素晴らしいことこの上ないのだ。
その上、ダニエルは物凄く優しいのよ?
彼に恋をするなと言う方が無理である。
つまり、ダニエルが婚約者を連れてきたと鼻の下を伸ばして言ってしまったそこで、アシュリーは機嫌を酷く損ねてしまったのだ。
赤っぽい金髪の巻き毛に青い瞳という可愛らしい外見の彼女は、髪の色よりも顔を真っ赤にすると、彼女の体が粉々になるぐらいの大声をあげた。
出て行って。
もう顔も見たくない。
殿下はそんな悲しい二言を、きっと彼女が大好きなはずのダニエルにぶつけてしまったのである。
私は私のせいでダニエルとの親交を絶ってしまった殿下に申し訳なく、彼女の気持ちを考えて胸が痛んだ。
「そうね。お洋服を脱いでいただきますから、侯爵には席を外して頂かないといけませんわね。」
「お前は何者です。私は出て行ってと申しておるのです!」
「うふふ。私は医者ですわ。ご存じない?あなた様のお薬を調合させてもいただいた事があるダート男爵です。兄が亡くなり私が跡を継ぎましたが、兄の医術や薬学の知識も受け継いでおります。ご心配なく。」
「ダートは知っておる。亡くなった事も。だが、お前が私の体を見たいなどと、侍従達は何も申してはいなかった。」
「内緒ですから。」
「内緒?」
そこでミゼットは学園の生徒達を魅了した笑みを殿下に向けた。
ミゼットの笑みはハンサムな男性のイメージが湧くというもので、彼女の笑顔を向けられた者はみな、彼女を王子様か何かのようにして憧れるのが常である。
そして、彼女の笑みはお姫様にも効いた。
彼女は真っ赤になって黙り込み、けれど百戦錬磨のミゼットは、そんな状態と姫君がなったとわかるやさらに追い打ちを掛けたのである。
「聡明なあなた様は、女性がどんなに知識と経験があろうが医師免許を手にでき無い事をご存じですわよね。そして、その現状では助けられる人も助けられないということも。私はあなたを診察したい。そして、聡明なあなたに、女性の医師の存在を第一に認めて頂きたいの。」
「わた、私に認めて欲しい、と?」
「そうです。今日は侯爵に頼み、侯爵の婚約者として私はこちらに参ることができましたが、次からはあなたの主治医としてあなたに私を呼んで欲しいと、私はそう望んでおります。」
「それは、ええと、私に会いに来るために、あなたはダニエルの婚約者として名乗られたと、そういう事なのか?」
ミゼットは太陽のような笑みをアシュリー殿下に向けた。
ダニエルは違うと叫びたい自分を抑えたからか、ぐふっと喉を詰まらせたような音を立てた。
私はミゼットの素晴らしさに、胸元で両手の指を組んで、せんせい、と呟いた。
「せんせい、と?」
「あの子は私の助手でございます。」
アシュリー殿下は私を再び見返して、しかし、数分前の殺意のこもったものではなく、路傍の石を眺めるような興味を失った視線だった。
「暴言を聞かなかった事にしてくれ。それと、ダニエル。誤解してごめんなさい。いえ、私の体の事を考えて手を尽くそうとしてくださっていること、ありがとうございます。」
私への言葉とダニエルに向けた言葉では殿下の口調が全く違うが、そんな事は私には全くかまわなかった。
だって、健気な彼女への罪悪感で私こそ胸が苦しいのだもの。
「い、いや、いいよ。私は少し席を外そう。そ、その間に、みんなで庭でお茶会をするにはどこがいいか見て回ってくるよ。」
「い、いってらっしゃい。」
ダニエルは勝手知ったるなのか、入って来た戸口では無くて、殿下のベッドがある部屋をつっきって庭に続くドアあるサロンの方への扉を開けて出て行った。
彼の後姿を見送るアシュリーの表情が切なくて、私の胸は罪悪感で粉々になりそうだ。
「がんばれ。あと少しだ。どうなるかわからなかったが、あの男に庭に埋められた首を探したいと伝えておいて良かったな。」
そう。
ダニエルは私の歴史研究の検証を叶えるためと、王族の親族である彼ならば出ていくことができる中庭に向かってくれたのだ。
そして彼は知る由も無いが、後で私達みんなでお茶会するために、と言ってくれた事で、デュラハンはダニエルの歩いたそこに自分も進むことができるようになった。
「いい男だろ?あいつは。」
「今は止めて、デュラハン。」
「わかっている。宿願が叶うと思うと、人はかえってナイーブになるものだ。失言だった。許してくれ。」
「ええ許します、あなたは私とのキスだけを考えて。」
「それは俺のセリフだ。君は余計な事に胸を痛めるんじゃない。恋する乙女としてフワフワしていてくれればいい。俺とのキスだけを考えてな。」
「わかったわ。」
「私の体が分かったのか?」
私は自分が声を出していたと気が付き、しまったと思いながら助手の振りをするためにミゼットの後ろから殿下を見返した。
ミゼットの後ろだからミゼットの表情はわからないが、私は自分の顔がどんな表情を作ってしまっていたのかは分かった。
アシュリー殿下の身体は胸元から下腹部に向けて真っ黒に染まって見えるが、それはあのメラディスが手の平に描いていた紋章がそこにあるからだ。
「誰がこんな魔法陣を殿下の体に描かれたの?」
「プルーデンス。あなたは何をおっしゃっているの?」
「先生には見えませんか?アシュリー殿下の体に病の魔法陣が描かれています。ほら、ケイトの手の平にあったあの魔法陣です。」
ミゼットは私に振り返ったが、その顔は眉根を寄せた、何を言っているの?そんな顔であった。
「デュラハン。どういうことなの?」
彼に呼びかけて、彼の存在が近くにない事に気が付いた。
そうだ!
あの人は女がする事については見ない振りや近づかない、というルールがある人だったわ。
私はミゼットが持って来た用紙を一枚奪うと、そこにアシュリー殿下の体に書かれた魔法陣を書き込んだ。
私の画力では二重の円の中におかしな大きな記号を真似て書く程度しか出来ないが、それをミゼットに掲げて見せた。
「プルーデンス?」
「これが見えるの。ケイトの手の平にあった魔法陣と同じものが殿下のお腹にあるの。どうしてかわからないけれど、私には見えるんです!」
「あなたは何を。」
「この体を私が貰ったからだよ。」
私とミゼットは同時に殿下へと振り返った。
殿下は百歳を超える老婆のように猫背となり、上目遣いで私を睨んでいた。
「ジュリアが恋をして子供を産む事など許さない。」




