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親友は私にはとても大事なもの

 私には常に今しかない。


 モーリーンは呟くようにぽつっと言った。

 こんなにも暗い声を出した彼女に対し、私は慰めてあげられる言葉が一つも見つからなかった。

 だから黙っているしかなかったが、彼女は私の返答など待っていなかったようにしてさらに言葉を続けた。


「社交デビューする前の二年間、それなりの家の娘はデビュー前の最終調整として寄宿舎に入るわ。嫌がる娘なんていない。だって、寄宿舎にいられる時間だけが、友人達と楽しく語り合って夢見る事が出来るのだもの。外に出た後の現実を知っているからこそ、私達はお金持ちで素敵な男性に求婚される夢をその間だけ夢見るのよ。」


「でもあなたは。」


「まともな結婚など出来ないわ。そもそも私には、デビューできる財産も後ろ盾も無いの。この学園の子達の殆どが私と境遇が似ているわね。この先は、パーティなんか一つも経験する事も無く、お金持ちでも商家か農家に嫁がされるでしょう。でも、それでもかまわなかった。最初から分かっていたもの。私には王子様なんか絶対に来ないって。」


「モーリーン様、そんなことは無いと――。」


「いいえ。結婚出来るだけ幸せね。ここから出られない私と比べれば、嫁ぎ先があるだけ幸せなのだと思うわ。」


 自分には幸せなど無いとモーリーンは確信しているような言いぶりで、私は彼女がそんな絶望を抱いていたと初めて知って胸が痛んだ。


「ねえ、プルーデンス様。私はあなたの目ではいくつに見えて?」


「私と同じぐらいの、ええと、十六歳か十五歳でしょう?」


 モーリーンはゆっくりと振り返った。

 それはいつもと変わらない彼女であるが、彼女の眼差しは私が母を思い浮かべるぐらいに落ち着いたものだった。


「ありがとう。わたしはもう二十七歳になるわ。」


「うそ、だって。」


 皺ひとつも無いモーリーンの肌は瑞々しく、私よりも赤ん坊の肌に近い。

 ふっくらしている体形でもあるが、それは幼い少女のような体形でしかないと思わせる、十代の張りのあるものだ。


 モーリーンはクスリと笑ったが、その時にできた目尻の皺によって、彼女が老婆であるような錯覚を私に引き起こした。


「まさか。冗談ばかり。」


「冗談では無いわ。本当の話。社交シーズンの前に両親が亡くなって、そのまま孤児になった私は、転々と寄宿舎を移動しているの。男性の身内がいない女は一人では生きていけない。だったら、衣食住を心配しなくていい学校に住みついたらどうかしらって、ふふ、浅はかな考えかしら?」


 私はモーリーンに何て答えていいかわからず、首を横に振っていた。

 彼女は笑顔のまま、残念ね、と言った。

 私の振る舞いが彼女への全否定に思わせてしまった?

 彼女は私を友人と思っているからこそ、大事な秘密を打ち明けてくれたのよ。

 私は焦りながら声を上げた。


「ね、年齢が違ってもお友達だわ。そうでしょう?」


「ええ。その通り。お友達は大切な宝物。私はどこの寄宿舎に行っても、それを大事にしてきたわ。そうすると、周りの人達も私を大事にしてくれるし守ってくれる。人の輪を作るのはとっても大事な事ね。」


 私は喉が締め付けられるような音を立てていた。

 人の輪を作る、それこそモーリーンが女王蜂であったという告白だ。

 彼女が仲間を操っていじめを行っていたっていうの?


 いいえ。


 セリーナを助けられなかったと嘆く彼女よ。

 言葉通りに、彼女が人の輪を大事にしていただけの人と取るべきだわ。


「え、ええ。そうですわ。私もあなたを大事に思っております。あなたの親友になりたいと思っております。だから、ええ、年齢の違いなどご心配なさらないで。ええ、あなたの告白を親友の証として誰にも内緒にすると誓いますわ!」


「ありがたいお言葉。あなたのお気持ちは嬉しいばかり。だからこそ私だって辛いわ。お友達に痛い思いはさせたくない。でも、この学校で暮らすのもあとわずか。私は別の学校に行かなければいけない。そして、私はこの姿を保ち続けなければいけないのよ。」


「え?」


「本当に残念。乙女の心臓を食べれば若さを保てるの。心臓を取り出すには大事な人を殺さなきゃいけない。ああ。痛みも感じない夢を見せてくれるポピーを先生が全部刈ってしまった。大事なあなたに痛い思いをさせてしまう。」


「え?」


「私の親友だとおっしゃるのなら、あなたのお洋服も持ち物も、全部私にくださいませね。セリーナの持ち物も彼女自身も私から奪われてしまいました。何度も何度も、私は彼女に自分を大事にしてとお願いしたのに!」


「モーリーン。」


「だから、ね?私はもうあなたにしかお願いする事が出来ないの。でも、いいでしょう?あなたは私以外の誰にも愛されていないのだもの。」


 私へと一歩踏み出したモーリーンの手には、不思議なナイフが握られていた。

 全体として小型のナイフであるが、切れ味が良さそうな刃が湾曲しており、峰はギザギザとしてのこぎりみたいになっている。


「お父様の形見ね。鱒だって鹿だっても、何でもこの刃で解体できるのよ。」


「待って、モーリーン!」


 彼女はナイフを握る手を振り上げた。

 その姿は私とフェリクスに襲いかかって来た酔っぱらいが拳を振り上げた姿を思い出させ、私はあの日のカイルの行動をありありと思い出した。


 私はその記憶通りに体を動かした。

 モーリーンから身を翻して走り、すぐにしゃがみこむ。

 カイルがあの酔っぱらいを転ばせた技だ。

 追いかける人は相手が逃げると思い込んでいるから、相手の不意のその動きに対応できはしない。


 小石となった私にモーリーンは躓き、走り込んだ分彼女は大きく転んだ。


「ぎゃあ!」


 地面に転がったモーリーンは絞め殺される鶏みたいな悲鳴をあげ、その後は倒れたまま呻き声を上げるだけとなった。

 彼女の足元から抜け出して彼女を見れば、うつ伏せになった彼女から赤い血が溢れて水たまりを作り始めているではないか。


「あ、ああ!モーリーン!モーリーン!」


 急いで彼女を仰向けたが、彼女の胸にはナイフが深く刺さっていた。

 私は大声で叫んでいた。


 でも、私とモーリーンだけの世界のままだった。


 どうしてデュラハンがいないの!


 もう一度叫んで、泣きながらもう一度叫んだ。


 誰か来て!

 お願いだからモーリーンを助けて!


 私の叫びに応える様にして、温室のすべてのガラスが粉々に砕けた。

 雨のしずくのように。

 世界が終わった事を知らせる印のように、私とモーリーンの上に粉々となったガラスの破片が降り注ぐ。

 日が落ちかけた夕日の輝きを反射させながら。

 真っ赤に染まったモーリーンの姿を映し込んだようにして。


「ラブ。君のせいじゃない。」


「でも、私じゃ無かったら、モーリーンは助かっていたかもしれない。」


「君じゃない子だったら、殺されて心臓を喰われていたな。」


「あなたは分かっていたの?モーリーンのことを?」


「ラブ。俺は万能じゃないよ。そして俺は臆病者だ。悲しいばかりの人の内面を覗くことから逃げてしまう、そんな脆弱者でしか無い。」


「そうね。モーリーンは悲しいばかりの人ね。」


 デュラハンは私を後ろから抱き締めた。

 私は彼に抱きしめられながら、哀れなだけの人生だった骸を抱き締めていた。

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