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撃退せよ!!学園に迫る謎の黒い影!!03

 それは巨大な漆黒の塊だった。

 ぶくぶくと肥えた体部分から、枯れ木のような、虫のような、細い手足が何本も生えている。

 そこから伸びた五本の指が地面を掘るように動き、ずるり、ずるり、とこちらに這いずってくる。


 異様としか言いようのない『何か』が、吹きすさぶ風の中にいる。

 否、それが風を巻き起こしているのだとわかった。


 目の前に広がるのは現実味のない、生理的嫌悪感を催す光景だった。

 ぞわりと肌を粟立たせながらも、何とか士郎は百合香たちをかばうように前に回る。


 しかし体の芯まで揺さぶられそうな突風のせいか、背中で風を受け止めるだけでこれ以上は動けそうにない。

 婚約者と下級生を支えながら、士郎は自分たちの前で立ち尽くしている巨体を振り返った。


「桜小路さん!逃げるんだ!あれはおかしい!」

「否!案ずるなかれ!!」


 ぶうん!と太い首を振り、己の言葉を跳ねのけたみやびは「こう」と深く息を吸う。


「ぬうん!!」


 気合を入れるように桜小路みやびが吠えた。


 戦いの構えを取り、険しい顔をしていた彼女から強いエネルギーが放出される。

 その瞬間、吹きすさぶ風が相殺されるように掻き消えた。


 一種の凄みを感じるそれは、もしかしてバトル漫画によく出てくる『気』というものだろうか?

 彼女自身が黄金に光輝いているかのように感じるそれに、士郎はしばし圧倒される。


(……いや、そんなことある???)


 圧倒されてからすぐ我に返った。

 超常的な現実に呆然とする士郎の目の前で、みやびは呼吸を整え構えた拳をぎゅっと強く握った。


 風を消されたことを怒ったのか、暗い影が気味の悪い咆哮をあげる。

 獣の唸りのような、嵐が家々をなぎ倒す音のような醜悪な声。士郎たちの体に言いようのない怖気が走った。


 顏らしきものをぎらりとみやびに向け、バッタのように足を曲げる。

 今一度威嚇するようにそれは吠え、地面をえぐり大きく跳ねた。


「さ、桜小路さん!危ない!!」


 腕の中から覗いていた百合香が、悲鳴のような声をあげる。

 が、みやびは微動だにしない。


 好奇と見たのか、勢いよく影は彼女に襲い掛かる。

 液体のようにずるりと大きく広がり、闇は今まさにその巨体を飲み込まんとした。


 しかし桜小路みやびはまるで鋼鉄かと思うほどたじろがず、ぐっと握ったその拳を怒涛のごとく前に突き出す。

 瞬間、士郎が聞いたのはぱぁんっ!!と何かが弾けるような音だった。


 巨大な風船が割れたかのようなそれに、士郎の鼓膜がびりびりと痛む。

 音の源はみやびに襲い掛かった巨大な影……彼女の太い腕に貫かれた影が、背後に向かって弾き飛ばされた音だった。


 粘性の液体のようにびちゃびちゃと細切れになり、地面に叩きつけられた影。

 やったかと士郎は思ったが、しかしまだそれは激しくうごめき、集まっていく。


 ぐねぐねと再び体と手足を構築した影は、三度(みたび)吠えて今度は触手のような手を背中から生やした。


「ほう、これでも倒れぬか……」


 感心したように桜小路みやびが笑う。

 余裕のある態度のまま、彼女は再び鋭く構えを取り呼吸を整える。


「ならば我が一族秘伝の拳で打ち倒そう。覚悟せよ!」


 力強い声で、みやびが叫ぶ。

 士郎の目には、その巨体が再び黄金色に輝いているように見えた。

 決して威圧的ではない、神々しいほどの独特の存在感が桜小路みやびにはある。


 その揺ぎ無き存在感をまとう彼女は、深く吸った息を勢いよく吐き、その両手を黒い物体へ向けて突き出した!


「桜小路流拳法、一の拳!玄武豪撃拳!(げんぶごうげきけん)!!」


 突き出した両手から、膨大な光が放たれたように見えた。

 みやびの背中に隠れている士郎でさえその勢いに圧倒され、「ぐう!」と低いうめき声が出る。


 衝撃の反動か立っているのがやっとの中、それでもみやびを見つめていた士郎は目撃した。

 彼女が放った光が影を飲み込んでいる。


 不気味な影は抵抗するように触手を前に突き出していたが、やがて断末魔の叫び声を上げながら光の中へ溶けて消えていく。


 やがてその叫び声さえもどこかへ消えて無くなった時、士郎たちは我に返る。

 桜小路みやびはすでに構えを解いていた。


 どことなく哀愁の漂う背中を見つめていると、彼女はゆっくりと振り返りこちらに目線を合わす。


「……終わりました。ゆみこ、先輩方。お怪我はありませんか?」

「あ、ああ……」

「みやびちゃん!」


 士郎が彼女に怪我の有無を尋ね返す前に、宮村ゆみこがみやびへ走り寄った。

 彼女はぎゅっと友人に抱き着くと、今にも泣きだしそうな声で「大丈夫?」と問う。


「び、びっくりしたわ、みやびちゃん!あ、あんな怖いものに立ち向かって…!!」

「すまない、怯えさせてしまった……。ゆみこを怖がらせるつもりは無かったのだが…」

「私じゃなくて!みやびちゃんが心配なの!!」


 ぴしゃりとそう言って、ついに宮村ゆみこは桜小路みやびの胸…というか腹筋あたりに顔を埋めて泣き出してしまった。

 勇敢なみやびも流石に泣く友人には勝てないのか、おろおろとしている。


 その様子を見て何だか気が抜けた士郎は、なるべく落ち着かせるように努めて優しい声で彼女らに言った。


「ひとまず移動しないか?優斗たちはまだゆみこさんを探しているだろうし、桜小路さん。君から少し話を聞きたいんだ」

「はい……。わかりました」

「そんなにかしこまらなくていいよ。僕たちは助けられたんだし、純粋に話したいだけなんだ」


 確かに問い詰めたいことも多いが、みやびと顔を上げたゆみこが緊張して不安げなので、胸にわだかまるツッコミの言葉は押し隠す。


 終始穏やかな士郎に二人も安心したのか、今度はもう少し柔らかく「わかりました」と聞こえた。

 それじゃあ行こうかと言いかけて、ふと視界の端に己の婚約者、速水百合香の姿が映る。


 先ほどから一言も発していない彼女は、どこか落ち込んだ顔で桜小路みやびと宮村ゆみこを見ている。

 まだショックから立ち直れていないのだろうか?士郎が「大丈夫か?」と問うと、百合香ははっと我に返った様子でこちらを見た。


「士郎様……。いいえ、何でもないのです。行きましょう」

「でも……」

「大丈夫ですから」


 すっぱりと気遣いを跳ねのけて、百合香は踵を返し体育館裏から歩き去る。

 取り付く島もない態度にほんの少しだけ落ち込む…が、なるべく表情には出さぬようその背を追った。


 みやびたちも士郎のあとについてくる。

 婚約者はちらりとこちらを……否、仲がよさげに談笑するみやびとゆみこの方を振り返り、その顔に憂いを浮かべた。


「うらやましいわ……」


 百合香の唇が小さくそう動いたのを確認して、士郎は思わず「え?」と首を傾げる。

 何となく、嫌な予感が頭の中で警鐘を鳴らした。



 優斗、猛とも合流し、一同は開いていた教室へと移動していた。

 すでに校内に生徒の姿はない。職員室に行けば教員が残っているだろうが、あまり遅くならなければ誰かが来ることは無いだろう。


 一応廊下の様子をぐるりと確認した後、士郎は扉を閉めて一同を振り返った。


 桜小路みやびはまるで審判を待つ罪人のように目を閉じ、無言だった。

 その隣で宮村ゆみこはおどおどと目を動かしている。日比野猛も緊張した様子で直立し士郎を見つめ、速水百合香は不安げな眼差しをみやびへと向けていた。


 何故か瀬名優斗だけは全て納得したような顔で腕を組み、眼鏡を光らせている。

 長年の付き合いで彼が『察しの良い知能キャラ』を演じたいのだとわかったので、放っておくことにした。


 一同のところに士郎が歩み寄ると、すっと目を開けたみやびが重々しく口を開く。


「まずは巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。全てをお話しさせて頂きます」


 深々と一礼した彼女に、士郎は「気にしなくていいよ」と首を横に振った。


「みんな怪我がなかったわけだしね。それで、さっきの黒い怪物のことだけど……」

「あれは闇乃木流拳法の一つ、邪黒暗心拳(じゃこくあんしんけん)です」

「なんて?」


 さらりと言われて士郎は首を傾げることも忘れて固まった。


 しかしその言葉を脳みそで処理出来なかったのは己だけのようで、一同は「なっ!」だの「邪黒暗心拳!?」だの口々に叫んでいる。

 順応が速い。


 自分もみんなと一緒に驚いた方がいいのだろうかと士郎が迷ううちに、深刻な顔をした優斗が一歩前に出る。


「桜小路さん、闇乃木流拳法というのは……まさか」

「ええ、この世を支配せんとする闇の拳法のこと。彼奴らは私を追ってこの学校に侵入したようです」

「なんと……!」


 なんと!はこちらの台詞である。何もかも知った風で話を進めないでもらいたい。

 きっとみんなもついていけてないだろうなと士郎は周りを見回すが……何故か一同、固唾を飲んで見守っている。


 どうやらノリきれていないのは自分だけだと悟り、士郎は黙ってみやびの話を聞くことにした。

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