深まる謎!!桜小路みやびの誓い!!02
一章完結です。
5月初頭、早朝。太陽は明るく、澄み渡る青空、そして街を吹き抜ける爽やかな風。
この時間はやや肌寒さもあるが、歩いていれば気にならないくらいだ。
慌ただしい4月も過ぎたし、気分転換に軽く運動を……と人々が活動しだす時期である。
朝早いにも関わらず歩道にはランニングにウォーキング、犬の散歩へ向かう者の姿もあった。
皆が活動的になるすがすがしいこの季節は、外出するだけで気分がよくなるだろう。
しかしそんな5月の空の下、通学路を一人歩く瀬名優斗の心は暗黒へと傾いていた。
───あと数日寝ると、身の毛もよだつあの忌まわしき行事が開催されてしまう。
───体育の授業もあの行事のための予行練習で塗りつぶされていく。
───学校内も生徒たちの会話も、あの行事の話題でいっぱいである。
昨日何気なく隣席の友人にあの話題を振られたことを思い出し、ぶるりと背筋に寒気が走った。
あまりにも恐ろしい。気を紛らわせるように、優斗は天を仰いだ。
(体育祭と言う文化を発明したやつ、今から名乗り出て僕に謝罪してくれないかな……?)
空は答えず、ただただ青い。
何だか虚しくなって、視線を前へと戻した。
───瀬名優斗は運動が大嫌いである。
もちろん体育祭だとかマラソン大会だとか球技大会とかいうやつも大嫌いである。
滅びろ、と常々思っている。
しかし学生生活というのは無常なもので、私立月城学園もこの5月半ばに体育祭が開催される。
去年のこの時期、散々だった体育祭を思い出しまたしても背筋が震えた。
(雨になってくれないかなあ……)
毎年叶ったことのない願いをまた今年も掲げ、てるてる坊主を大量に作って逆さに吊るそうと思いつく。
本日は日直のため友人の士郎より早くの登校だが、心のうちを愚痴る相手もいないため自然と足取りは重く、思考も暗くなる。
心の中で「あめあめふれふれ」と歌ううちに、優斗の背は段々と猫のように曲がっていった。
そのままよろよろと力なく歩いていくと、まだ人気のない月城学園の校門が見えてくる場所へと差し掛かった。
とは言え部活動の練習をしている生徒がいるらしく、校庭から張り裂けんばかりの掛け声が響いてきている。
朝から元気ですね、とため息をついたが……ふとその声に違和感を感じて耳を澄ます。
「鷹司先輩!頑張ってください!あと1セット10回です!!!」
「はい!桜小路さん!!」
聞き覚えのある名前だった。
まさか?聞き間違いでは?と思いつつも気になって校門から顔を突き出し、声の出所……校庭の端へと目を向ける。
そこにいたのは朝から元気なスポーツ部員たち……では無い。
どう見ても知り合いでしかない美少年と体躯の大きい少女が、体操服姿で声をかけ合っている。
「1!!」
「ゆっくり!太ももを落として椅子に腰かけるように!!」
「2!!」
「戻るときも時間をかけて!筋肉を意識してください!!」
「3!!」
「よきポーズです!その調子!鷹司先輩!!!」
再び呼ばれた名前に、ああやっぱり知り合いだった。と優斗は無感動に思った。
鷹司、と呼ばれた美少年は己の友人、鷹司士郎。
そしてその隣にいるのは、先月何かと話題になった新入生、桜小路みやびである。
件の新入生を隣に立たせて士郎は、額に汗を浮かべながら膝をゆっくりと屈伸させている。
否、ただの屈伸ではなくどうやらスクワット運動らしい。
先ほど数えていた数は運動の回数を示していたらしいが……じっくり太ももを落としてゆっくり元に戻す動作は、想像するだけできつそうだった。
ぶるぶると不格好に震える士郎の体幹を目撃し、優斗は「うげ」と顔を青くする。
(何やってんですか暑苦しい……)
夏になったのかと思うほどの熱気がこちらに伝わってきている。
燃え上がる炎をバックにする二人にツッコミを入れに行きたいが、どうやら集中する彼らは優斗が覗いていることに気が付いていないらしい。
声をかけようかと迷って、しかし優斗はそのまま「スン」と気配を消した。
(関わらんどこ……)
見つかって、あんなスポコン地帯に誘われても嫌だ。前述の通り自分は運動が大嫌いなのだ。
ああ嫌だ。ああ走りたくない。雨よ降れ。
ぶるりと背筋を震わせて、優斗は二人に見つからないように裏門へと急いだ。
◆
太ももの筋肉をぎゅっと収縮させるイメージで士郎は腰を落とし、そして息を吐いた。
そのポーズで僅かに停止し、しばらくして太ももを伸ばして立ち上がっていく。
きしきしと筋肉が悲鳴を上げている。
気を抜けば転んでしまいそうな疲労の中、大きく息を吸って士郎はくっと背筋を伸ばして立った。
「10!!!あーっ!!!終わった!!!」
「お疲れさまでした、鷹司先輩」
カウントを終えると途端に体の力が抜けた。
みやびの労いを聞きながら、士郎はしりもちをつくように地面に座りこむ。
体育着越しの冷たいグラウンドの感触が気持ちいい。
いつの間にかかいていた額の汗をぬぐい、士郎は疲れたなあと真っ青な空を仰いだ。
桜小路みやびに特訓を頼んで、今日が初日の朝である。
きついだろうと予想はしていたが、まさかここまでとは……。
そう言えば彼女に出会ったすぐに、ともに修行するのでは?と予想していた気がする。
───当たったじゃないか。と懐かしいことを思い出していると、持参したバックから何かを取り出したみやびが戻ってきた。
「運動のあとはプロテインとビタミンの補給を。健全な筋肉が建設されます」
「ああ、そうだった。ありがとう桜小路さん」
プロテインシェーカーを手渡され、礼を言って士郎はみやびを見上げる。
鬼コーチよろしく隣に立って指導してくれていた彼女は、うんうんと何かに納得して頷いていた。
「鷹司先輩はまず筋肉をつけねばいけませんからな。良き筋肉をつければ良き技も放てます」
「いや、技は……無理なんじゃないかな?」
「ははは、ご謙遜召されるな」
ご謙遜でもなんでもなく、士郎には桜小路流の技を放つ自分のイメージがわかないのだが、みやびは違うのだろうか?
意外と美味しいチョコレート味のプロテインに舌鼓を打っていると、ふいに士郎は「技」で思い出したことがあった。
「そうだ、闇乃木里美さんのことなんだけど、何かわかったかな?」
「彼女ですか……」
隣に立つみやびの顔が、ぐっと険しくなる。
先ほどの朗らかな空気が消え去ったことに緊張感を覚えたが、士郎はプロテイン片手に彼女の答えを待った。
桜小路流の後継者は、しばらく何か考え込むように口をつぐんでいた。
楽し気な声を上げながら空に一羽鳥が羽ばたいた姿を見、やがて彼女は重々しく語り始める。
「我も色々と調べてみたのですが、今の闇乃木流の使い手に里美という名の女性はいないようです」
「そうなのか?」
「ええ。闇乃木流の主な使い手はこの前我々を襲った闇乃木四天王。そして現当主の闇乃木新左衛門と言われています」
本当にバトル漫画みたいだな、という感想を士郎は抱いたが、無言で相槌をうって続きを聞いた。
「もちろんこの他にも門下生はいますが、他者に強い影響を及ぼす拳を使えるのは彼らでしょう」
「でも闇乃木さんは僕の夢に直接影響を与えていたよ。彼女も自分の技だと明言していたし」
士郎の言葉に、みやびは深く頷き目を閉じる。
「闇乃木流に存在を隠された力の持ち主がいるのかもしれません……」
深刻そうな彼女に、士郎もまた腕を組んで唸った。
みやびにもわからないのなら、せめて闇乃木里美の連絡先くらいは聞いておくべきだったかもしれない。
里美が着ていたセーラー服から通っている学校の目途はつくかもしれないが、調べるのに時間がかかる。
そもそも彼女が中学生か高校生かも、どの地区に住んでいるかもわからない。
優斗に聞けばわかるか?と考えながら、士郎はもう一つ気になっていたことを訪ねた。
「闇乃木さんが桜小路さんは『前世』のある『転生者』なんだって言ってたけど、これに心当たりは?」
「ふむ。古く桜小路流には輪廻転生を操る秘術があったと伝承がありますが、真実かどうかは……」
「眉唾ってことか。なら……うーん、闇乃木さんは何を伝えたかったのかな?」
そもそも前世や転生など本当に神話や伝説の中の話だ。
今一つ闇乃木里美の語る桜小路みやびと現実の彼女がリンクせず、士郎はさらに首を捻る。
うんうん唸る己に、みやびがふと笑った気配がした。
ふと見ると、彼女は鋭い目の光を僅かに柔らかくして士郎を見つめている。
「礼を言います、先輩。我のためにここまで心を砕いてくださることを……」
「いや。君だってこの学校の生徒だしね」
何より己の思い人の思い人……かもしれない。
彼女に何かあれば百合香が傷つく。士郎にとっても、それは避けねばならないことなのだ。
もちろん純粋に、みやびを心配してもいる。彼女はすでに士郎の友人だった。
そう告げた己の目を見てまた深く頷いた彼女は、ぐっと力強く拳を握る。
そしてその瞳を晴れ渡る天へと向けた。
「闇乃木流がまた攻めてこようと我は負けませぬ。この我を受け入れてくれた学校の皆様を守って見せます」
誓う言葉が青空の下に響く。
隣でそれを見上げ、士郎はぼんやり「たくましい」と呟いた。
お読みいただきありがとうございました!
次章は体育祭、柳谷肇編となります。
別シリーズの投稿が続くので、こちらはしばらくお暇を頂きます。




