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第八十四話「邪法」


 黒い塵が全てを穢すように、小さな祝福に護られたユウリ達に襲い掛かる。確実に聖なる力は削り取られていき、それに合わせて無数のインプが同じ魔法を放ってきているのだ。

 黒い嵐はますます大きくなり、インプの攻撃と合わせて誰もが傷ついている。


「ロッコ! ロッコ!? なぜこのような真似をするのです! これが貴方の為すべき事なのですか!?」


 自分達にまで襲い来るインプを叩きのめしながら、マクシム司祭が叫ぶ。隣ではオレール侯爵も自ら剣を抜き、鍛えられた剣技で気味の悪い使徒とやらを切り伏せている。


「奴は神からの啓示を受け、奇跡を賜ったと言い、目の前で実践して見せた。そして奴が属しているギルドの者達も、同じ神から力を授かったとも。それがこれだと言うのか……なんと恐ろしい」

「どういうことですかっ、侯爵閣下!?」

「奴は貴殿に何も言わなかったのか? 今や川向うの人買いギルドは、新たな神の神殿なのだと。商品を取り返すのはついでに過ぎず、その力で法で裁けぬ悪を討ち滅ぼすと言うから、手を貸したのではないのか!?」


 初めて聞く情報に、マクシム司祭が驚きの声を上げる。そして侯爵も驚いたように司祭の方を見た。


「私はただ、失った商品を取り戻したいとしか聞いておりません。閣下が所望していた者達であり、だからこそ取り戻さなければならない、と」

「なんだと!? ……つまり、お互いに奴らの口車に乗せられ、いいように使われたと言う事か。神の奇跡をこのように扱い、人々を傷つける者に加担するとは、何たる不覚!」

「それが事実であるならば、我がローヴィス教会も彼らを問い質さねばなりません。しかしこの状況でどうすれば……」


 自分達が加担した事で、この事態を引き起こした。ならば事態を収拾させ、本人から直接、事の真偽を糺さなければならないと、マクシム司祭が臍を噛む。

 そんな中、巻き込んでしまった冒険者たちに、視線を向けた。淡い輝きが彼らを包み、インプの襲撃から守っているように見える。しかし黒い嵐が淡い輝きを削り取り、今にもその光は消えそうになっていた。


「あれは、豊穣神の祝福、か? 冒険者たちの側に神官がいて、その力で抗していると言うのであれば……『大いなる聖者よ。天に上がりし雄々しき勇者よ。ここに正しき光を示せ。悪しき力、この世ならざる者を退ける力を、今こそ与え給え。ホーリーライト!』」


 インプと黒い塵に襲われていると言うのに、マクシム司祭は全くひるむことなく、朗々と聖句を紡ぐ。司祭を中心に強く、しかし見る者に安堵を与えるような優しき光が、周囲を照らしだした。

 その光は黒い嵐を掻き消し、飛び回っていたインプが嫌がって地に墜ち、大人しくなっていく。本来ならアンデッドなどに対して力を発揮する神聖魔法だが、ユウリの視点からだと、今回は神邪魔法との相殺が起きたのだと分かる。

 この規模を相殺出来たのは互いの魔法の相性に加え、ロッコの使った神邪魔法よりも、マクシム司祭の神聖魔法の練度の方が上回っていたからだ。

 仮にも司祭職に就くだけはあり、授かっていた奇跡もそれなりに高位のものだったお陰だろう。最近力を手にしたばかりであろうロッコと、長年積んできた研鑽の差が出た結果となった。


「おのれ! 司祭の癖に神意の邪魔をするか!?」

「やめなさいロッコ! 悪戯に人々を傷つけることが、神の意思であるはずがないでしょう!」

「いいえ、神の御意思です! この混沌こそが、我らの神が欲するもの! そしてそのお声を賜った我々こそが、為すべき使命! その対価として一儲けさせて貰うことの、何が悪い!?」

「貴方と言う人は……それだけの奇跡を授かっておきながら、己の欲の為にその御力を無駄にするつもりか!?」


 ロッコは怒りを露わにしながら、再び呪いを吐くようにおぞましい祈りの言葉を発する。手にした小さな杖がその力を何倍にも膨れ上がらせ、再び先程と同じような黒い塵の風が吹き荒れる。

 邪な暴威が、ただ荒れ狂う。その時、辺りを覆う暗い塵の壁を切裂き、一条の閃光が杖を持つロッコの腕を切り落とした。



 ユウリは何も出来なかった。否、する訳にはいかなかったと表現した方が正しい。

 この暴威はユウリには何の痛痒も与えず、仲間たちも新たな装備とブレスの魔法でほぼノーダメージであり、ここで無理をする必要など無かったのだ。

 またユウリがもつ武器やスキルは、このように人が多い場所では間違いなく、周囲にも大きな被害を与えてしまう事が予想できる。強すぎる力は、時には使う事さえ出来ないのだと、ユウリはインプを叩き落としながら、眼前の暗い風を睨む事しか出来なかった。


「光の精霊じゃ、この風やインプには効果が薄いみたい! あれは単純な闇じゃない、違う何かよ!」

「アイリスはこのまま、ブレスを維持しててくれ。クソッ、俺がもう少し高位の奇跡を授かってりゃあ……」

「は、はい! ワタシとしても足手纏いの汚名を返上する、絶好の機会ですので! 嬉しくありませんけど!」

「こんな状況だってのに、私らは意外と余裕あるねぇ……っていうかそこの筋肉達磨が前々から、アイリスに対して熱心に説法してたのは知ってたけど、本当に豊穣神様から奇跡を授かってたのは流石に驚いたよ」


 焦っているような、しかしどこか気が抜けたような、一行のやり取り。ユウリと一緒に居るからか、すっかり図太くなったようで、このようじゃ状況でもどこか雰囲気が緩い。


「おかげさまで、ワタシこれでも生きて行けそうですが、ユウリさんとの生活は手放したくないので、今後も頑張る所存です!」

「……とても助かってるはずなのに、素直に感謝し辛いわ。とりあえず風の精霊たちに頼んで、あの暗い風をどうにか出来ないか試してみるわね。ルナ、一緒に力を貸してくれる?」

「は、はいっ。ステラ姉さま!」


 状況を打開すべく、それぞれが出来る事を考え、実行していく。魔法が使えない前衛組も、手を拱いて見ているつもりはない。


「マット、僕と一緒にインプから皆を守ろう。ヘルガさんもいいよね?」

「おう! おれ、頑張るぞ!」

「他に出来る事もないしね。兵に周りを囲まれてるのもあって、下手に気功で吹っ飛ばせないのが憎たらしい。ユウリもスキルとかは使うんじゃないよ?」

「うん。わかってる」


 そう言い合い、ユウリ達は武器を構える。ステラたち後衛を中央に置き、前衛が周囲を固める形だ。クレストは当たり前のように、前衛として魔法を使いながらも武器を振るっている。

 そんな時彼らの横を、黒い風をものともせずに誰かが走り抜けた。身に纏うその輝きは、ユウリも見た事のない、不思議な光だった。



「汝らは邪悪なる徒。破邪のオーラよ、悪しき力を打ち払え!」


 光が迸る。自分達の周囲を浄化するように、アルベルトを中心に黒い塵とインプたちが力を失っていく。

 それはただの直感だった。そうしなければならない、そうせよと頭の奥で、声が響いたようにも思える。それに従い、アルベルトは己の力を解放した。破邪のオーラと呼ばれる、勇者だけに与えられた聖なる闘気。


「これは……勇者様の御力が、この黒い風を邪悪だと判断した……?」

「あいたたた……でもお陰で助かったわ。この気味の悪い生き物も、アルベルトの勇者の力を嫌って、近寄って来ないみたい」

「っ、皆さん大丈夫ですか!? すぐに癒しの奇跡を!」


 いきなり正体不明の小さな黒い気味の悪い生物に襲われ、勇者一行も少なくない痛手を受けていた。本来前に立って彼らを守るべきフィルも、クレストとの戦闘で体力を使い果たしていたのが災いした。

 周囲の兵士たちも混乱の極みにあり、こちらを守ってくれることまでは期待出来なかったのだ。

 その為サポート役であるノルバロが仕方なく前に出てはいたものの、たった一人で全員を守るような真似が出来るはずも無く、アルベルトが力を使うまで、身体で敵の攻撃を防いでいたに等しい。


「うう……役立たずでごめんなさい」

「いいから、フィルは体力回復に努めろ。あの【剛剣】とやり合った後だったんだ。今は勇者様のお力のお陰で何とかなってるから、早く復活しろよ?」

「うん。アルベルト様、ノルバロ兄貴……ごめん」


 力なく項垂れる少年の頭を乱暴に撫で、ノルバロはアルベルトの方を見る。普段から凛々しく堂々としている若者だが、今はそれが更に強調されているようだった。

 勇者としての力は、これまでの旅で何度となく揮われて来た。しかしその力は邪封剣のように、直接的に相手を攻撃するくらいのものだとしか、認識していなかったのだ。

 しかし今のアルベルトを見て、勇者の力とは本来、このような相手にこそ使うべきものなのだと、誰もが確信にも似た何かを覚えるのであった。


「……行かなければ。討つべき邪悪は示された……今なら、まだ間に合う」


 そう呟いて、アルベルトは我に返る。隣で聞いていたシャルロッテとディディエは、驚いたような表情で彼を見ている。


「え? ……俺、何か言った?」


 力を使っている間の記憶は、どうにもあやふやだった。これほど長く、そして強く勇者の力を使った事が無かったので、その反動だろうかとアルベルトは困惑する。


「ちょ、ちょっと。大丈夫なの!?」

「勇者様。貴方様は今、討つべき邪悪は示されたと、そう仰っていました。まさか、陽光神様からのお告げが!?」

「……分からない。でも、やらなくちゃいけない気がする。勇者としての使命を、果たさなければ!」


 自身の内に燻るのは、衝動にも似た使命感。初めて陽光神エルードの声を賜った時のような、強い高揚感を伴っていて、すぐにでも動かなければと叫び声をあげている。


「邪魔を……するな!」


 剣に集う光が輝きを増し、一閃すると群がるインプだけが綺麗に両断されていく。そのままアルベルトは黒い嵐の中をものともせず、一人で駆けだしていった。


「勇者様!? 神官様、宮廷魔法士様。あの人を一人で行かせるなんて、何やってんですか!?」

「いきなりだったんだから、仕方ないじゃない!」

「大丈夫です、ノルバロさん。勇者様は今、陽光神様のお告げに従い、その義務を果たそうとしているだけですから」

「えっ、はぁっ!?」


 困惑するノルバロを尻目に、ディディエとシャルロッテは勇者の向かった方を見つめている。自分達の周りには、勇者の力が残ったまま。つまり今しばらくは安全なはずだ。


「信じましょう。我々の勇者を。人間の希望を」




 光が迸る。その光は呪いのような穢れた風を裂き、邪魔をするインプを斬り捨て、そしてこの災禍の元凶となっている、杖を持つ腕を切り落とした。


「っぎゃああああああああああああああっ!?」


 一拍遅れて、ロッコの身体が地に横たわり、血を流しながらもがき苦しんでいる様が見えた。彼と対峙していたマクシム司祭とオレール侯爵は何事かと、光が放たれた場所を確認しようと首を動かすと、そこには全身に不思議な光を纏う若者が立っているではないか。


「勇者……アルベルト!?」

「この中を走って来たのか……なんという無茶を」


 かの勇者が自分達のすぐ側まで来ていて、驚くなと言う方が無理がある。確かに司祭のホーリーライトによって、黒い風とインプの猛攻は一時的に弱まっていた。かといって、全く安全になったわけではなかったのだ。

 今も観客席にいる人々の悲鳴が聞こえ、彼らを守らんと奮闘する者達の怒号が聞こえてくる。決して楽観視していい状況では、なかったはずである。


「汝は邪悪の為さんと蠢く者。勇者としての力が、陽光神の意思が、お前を討てと俺を呼んだ」

「ふざけるなふざけるなっ! 私は、私こそが崇高なる神の信徒に他ならないのにっ。下賤な神モドキの勇者の分際でえええええっ」


 ロッコが苦痛に歪んだ顔でそう叫んだ時。アルベルトの前に、誰かが立ちはだかった。


「えっ……君は!?」

「カスパル! 何故そこに居るのです。危ないからこちらへ来なさい!」


 聖兵を動員するにあたり、見習いも何人か今回は連れて来ていたらしい。その中でもカスパルの実力は正規の聖兵と遜色がないほどの実力者であり、応援としてこの場所に来ているのはある意味当然だった。

 しかしマクシム司祭が呼び掛けても、彼は何も答えない。

 その目はをよく見ると、ゾッとするほどの強い憎悪で塗りたくられたような、恐ろしい表情をしていた。


「兄貴の、仇……【剛剣】を、冒険者を、殺す! 邪魔する者も、全部ぜんぶゼンブ、ぶっ殺すっ!」


 地の底から響いてくるような、凡そ人のものとは思えない怨念のようなの声が、この場に居る全ての人々に届く。その声を聞いた者は余りの恐怖に気を失ったり、よりパニックに陥るなど、混乱を加速させている。

 そんな周囲の事など知らぬかのように、憤怒の形相を浮かべたカスパルは手にした剣を振り上げ、目の前の勇者に襲い掛かる。予想外の出来事にアルベルトは動揺し、振り下ろされた剣をなんとか盾で受け止めるのが精一杯であった。


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