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第五十八話「国境地帯へと」


 ユウリ達はセタジキス王国と、トレアート都市国家群と呼ばれる地域の国境付近にまで来ていた。依頼を受けてから数日を準備とマットたちの訓練に費やし、やっと仕上がった新たな装備をレガントから受け取ってから、ここまでやって来たのである。

 ユウリとアイリス以外はピカピカの新しい防具を着ており、なかなかに勇ましい姿だ。ワイバーンを素材にした皮鎧なのだが、偽装の為に上から普通の皮を張り付けてある特注品。

 武器もワイバーンの牙や爪などから作られており、ユウリ以外の全員が手にしているのだから、かなり贅沢なパーティだと言えるだろう。それこそ近隣諸国を見渡しても存在しないほどに、恵まれた装備をしていると言っていい。

 そんな彼らがやって来た国境付近は荒涼としており、街道はあれど、道そのものは整備されているとは言い難い。背の低い草が所々に生えているくらいで、木々もなく禿山ばかりがあるように見えた。


「……流石にこんな場所に、世界樹を植えられそうな場所は無いと思うんだけど」

「でも、一応は探す、です!」

「あーはいはい。それもいいけど、さっさと目的地まで行くよ。先に来ている冒険者達ってのにも顔合わせしとかないと、狩場が被ったら面倒だからね」


 森とは余りにもかけ離れた光景に愕然としているステラだが、ルナの方は比較的見慣れているのか、どこか気合が入っているようにも見える。そんなエルフの二人を嗜めながら、ヘルガはギルドから示された場所の確認をしていた。


「ヘルガさん、まだ着かないの?」

「……多分この辺だと思うんだけど、目印も何もあったもんじゃないからね。せめて人里でもあれば、マシなんだけど」

「ヘルガねえちゃん、この辺はなんにもいないよー?」

「道中も特に変わった事はなかったですからね。まあ、まさかワタシ達が王都に向かう為に歩いた道を、遡る羽目になるとは思いませんでしたが……」


 そろそろお子様のユウリとマットが退屈そうにしており、警戒に必要な緊張感も長続きしていない。ヘルガとしてもギルドから渡された、大雑把な地図が描かれた羊皮紙を片手に、少々手こずっているようだ。

 またアイリスが言う様に道中も問題が無く、精々前に捕まえて放置していた野盗の一団が居なくなっていたとか、アイリスとルナが捕まっていた、奴隷商人の隊商の残骸が街道の脇に寄せられていただとか、その程度の話題しかない。

 つまり、全員が退屈していた。

 どうせなら魔物の一つでも出てくれないものかと、ユウリだけでなくヘルガさえもそう考えてしまった、その時だった。


「あ、見つかった。っていうか空から来るよ!」


 ユウリが叫びながら剣を構えると、一拍遅れてヘルガも敵を感知したらしく、ユウリから渡されたマジックポーチから、新しく作ったヘビーメイスを取り出して構える。


「……魔法の小袋まであるなんて、本当にとんでもないね」


 受け取った当初はそんな事を言っていたヘルガだが、今はそこそこ使い慣れ始めている。普段は背中にワイバーンの牙や骨を削って作られたハルバードを背負っており、ヘビーメイスとウォーハンマーは、マジックポーチの中に収納してあった。

 やはり長年モールを使っていた事もあって、同じ感覚で使えるヘビーメイスを選びがちになっているらしい。

 普通ならハルバートが重くて、背負ったまま戦おうなどとは思わないのだが、ヘルガは気功で身体能力を底上げして強引に他の武器を背負ったままヘビーメイスを揮うと言う、色々とおかしなことをしている。そろそろ彼女も、常識とか投げ捨て始めているのは間違いない。


「またワイバーンじゃないでしょうね……?」

「そんなの来たら、全滅じゃないですか!?」

「あんちゃんなら、またあっという間にやっつけるよ!」


 殆ど気負っていないステラとマットに対して、常識的な感性と判断基準を持つアイリスとのズレは大きい。ルナは魔物の事を殆ど知らない事もあって、ステラが大丈夫だと思っているのなら問題ないのだと、最初から思考を放棄している気配すらあった。


 それはすぐに訪れた。ワシのような頭を持つ前半身、後半身が馬の姿をした奇怪な生き物。幻獣ヒポグリフ。同じ幻獣であるグリフォンが、何かの間違いで捕食対象であるはずの馬との間に設けたとされる、ありえないものの代名詞。しっかりと種族として定着している程度には、数が居るらしい。

 そんなヒポグリフはグリフォンよりは気性が荒くないため、騎乗用として調教される事もあると言うが、残念ながらユウリ達には大して欲しいとも思える理由が無かった。

 少なくともあちらから襲い掛かって来た事もあり、彼らが戦う気満々だったと言うのも、このヒポグリフにとっては不幸だったのかもしれない。


 結論から言うと、勝負はあっさりと決まってしまった。ユウリが戦うまでもなく、気功を纏い攻撃スキルを習得したヘルガのヘビーメイスの最初の獲物として、一撃で叩き潰されて終わってしまったのである。


「……随分とまあ、あっけなく終わったもんだね」

「ワイバーンの骨で出来たヘビーメイスに、気功の身体強化とヘビースマッシュだからね。空飛ぶ奴は防御力低いの多いから、こんなもんじゃないかな?」

「普通はとんでもない強敵の筈なんだけど、納得いかないねぇ」

「これがグリフォンだったら、凄く厄介だったよ。羽とかカマイタチで遠距離攻撃してくるし、ヘルガさんの攻撃も何度か当てないと、倒れてくれないよ」

「やっぱり、魔物ってのは理不尽なのばっかりだよ」


 最も理不尽の塊であるのがユウリであることからは目を逸らし、ヘルガはヘビーメイスをマジックポーチにしまいながら、そんな風にぼやく。

 本来なら一般的なシルバープレートがヒポグリフと殴り合いながらだと、一対一ではギリギリで勝てるかどうかも怪しい、という相手。それこそ耐久力以外は、この前のレッドホーンベアといい勝負と言っていい魔物なのだ。耐久力が低いからこそ、勝てるかどうかの世界に持って来れるとも言える。

 ヘルガの場合は相手の急所に、最大の一撃を即座に叩き込めた事。これは彼女自身が卓越した戦闘技術を有しているからこそ、ヒポグリフの攻撃を掠らせることすらせずに倒すことが出来たのである。

 彼女も伊達にネメアンライオンを相手に、一人で殴り合えた訳ではないのだ。

 ユウリの言うグリフォンとは前半身がワシ、後半身が獅子という幻獣であり、単純な強さだけであればネメアンライオンとほぼ同格と言っていい存在だ。ネメアンライオンのような理不尽な防御力ではないため、攻撃を当てさえすれば今のヘルガなら十分に勝ち目のある相手ではある。但し相手は空を飛ぶので、まず攻撃を当てる事が課題となるが。


「ところで、魔物はこのヒポグリフだけかい?」

「うん、そうみたい。こいつはどうする? 強さ的にはレッドホーンベアとそんなに変わらないけど、持っていくの?」

「……そうだね。そうしようか」


 最早このレベルの相手は、ヘルガ一人でも倒せるようになってしまっていたことに、ヘルガ自身が軽く戦慄している。身に付けたスキルという超常の力がどれほど桁外れなのか、その身を以て知る事となったからだ。

 この戦果を目の前にしてしまえば、ギルドマスターのロドルフォが、ヘルガをゴールドプレートと同等だと言った意味がよくわかる。そして自分の実力がどれほど目立ち、そしてどんな厄介事を引き寄せてしまうのか。容易に想像できてしまった。


 過去の苦い思い出が蘇る。亜人でありながら冒険者として突出し、力を持ち過ぎたが故に、魔王の間者なのではないかという、根も葉もない噂をばら撒かれた事もあった。

 英雄として輝かしい道を歩み始めた、かつての相棒の邪魔はしたくない。当時のヘルガは碌に別れも告げず、逃げるようにメイージュから旅立ち、各地を転々としてきた。

 その道中も決して穏やかなものではなく、シルバープレートを持っていると言うだけで、随分と苦労もさせられたものだ。その苦労のほぼ全てが、人間からの嫉妬や猜疑から来るものだったのだから、よく人間嫌いにならなかったものだと今でも思う。



「……ヘルガさん。ヘルガさんってば」


 昔の事を思い出して、思考の海に沈んでいたヘルガを引っ張り上げたのは、ユウリの呼ぶ声であった。どうしたのかと肩を揺さぶり、漸くヘルガは現実に戻ってくる。


「ああ、すまない。ちょっと考え事をしてたよ」

「……大丈夫? 疲れているみたいだし今日はもう、この辺で休みましょう? 多分今日は二つの月が隠れる消月の日だから、マナが僅かに乱れるみたいなの。ヒトによっては体調を崩しやすくなるっていう話だから、無理は禁物だわ」


 顔を覗き込んでくるステラを見て、仲間たちに心配させてしまった事を素直に詫びた。


「そうだね。少し早いけれどこのまま街道から外れて、今日はもう休憩してしまおうか? ヒポグリフを狩ったからという言い訳が出来るから、他の冒険者に文句を言われる事は無い筈だよ」

「うん。じゃあコテージ出すね」


 街道を離れて丁度いい開けた場所を見つけると、意気揚々とユウリがコテージを展開させる。待ってましたとばかりに、アイリスがルナとマットを連れて、さっさと中に入っていった。その様子がどこか可笑しかったのか、ユウリは楽しそうに笑いながら後に続いていく。

 

「さあ、行きましょう?」

「……そうだね」


 ステラに促され、ヘルガもゆっくりとコテージの中へと歩いていく。少しだけ、その足取りは重いようにも見えた。



 誰もが寝静まった夜。不意にユウリは目が覚めてしまった。何かを確認するように少し目を閉じた後、のそのそとベッドから這い出てから上着を羽織って、同室のマットを起こさないようにそっと部屋のドアを開けた。

 部屋を出るとユウリはもう一度目を閉じて、何かを確認する。そしてそっと歩き出し、そのままコテージの外へと向かう。黒き竜のテュポーンは、相変わらず全ての生物を駄目にするというクッションで眠ったまま、起きようとはしなかった。


 満天の星が、夜空を埋め尽くすかのような夜だった。何時もはどこかに見える二つの月は無く、それ故に夜の闇は暗く深いものの、それに負けじとばかりに星々が存在を主張している、そんな静かな夜。

 コテージを出たユウリは周囲を見回した後、ゆっくりと歩き出す。流石に真っ暗なのは危険なので、魔法の多機能鞄から闇を見通すゴーグルを取り出して身に付ける。

 ゴーグルを通して見る世界は、まるで昼間のように周囲をはっきりと見る事が出来、問題ないと判断してからそのまま歩き出す。そのままユウリは迷うことなく、一点を目指して進んだ。


 まばらに生えた背の低い草と、岩ばかりの荒野をしばらく歩くと、星明りの中、ユウリは人影を見つけた。

 何もない荒野に一人、何をするでもなく空を見上げる人間の女性が、そこに佇んでいたのだった。


ユウリが出会った女性とは……?

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