第三百三十話「怪力乱神」
獣は怒り狂い、その衝動に身を任せるままに暴れる。だがそれ以上に、己を傷付ける者たちが、決して自由にはさせてくれない。赤い悪魔どもをけしかけるが、それを難なく焼き尽くし、打ち払い、そして屠り尽くす。
自身と対等に戦えるだけの力を持つ驚異的な存在に対して、獣は怒号と共に漸く本当の意味で、敵対者と向き合う事を決めた。
シュルシャガナとイガリマについては、とりあえず横に置いておくことにした。まず何とかしなければならないのは、獣と悪魔どもであり、今も尚クロトの赤い竜と天使、魔神たちが戦っているのだ。
「皆、悪いけれどのんびりと、お喋りをしている暇はなさそうだ!?」
「我が主に集る、薄汚い蠅どもの分際で!!」
獣の異常な行動にいち早く気付いた、タンク職であるベリエスとアルドは前に出ると同時に、巨大な青白い城壁を築き上げた。直後、巨大な光が襲い掛かって来る。二人はそれを防いでくれているが、思った以上にその威力は大きいようだ。
よく見ると光を放っているのはメガセリオンの七つの頭そのものであり、それぞれのブレスは徐々に一つへと束ねられ始め、威力を底上げを図っている。手下の悪魔どもが巻き込まれることを気にすることもなく、こちら諸共薙ぎ払うつもりらしい。
クロトが召喚した天使や魔神達さえもが、悪魔どもと戦う事をやめ、こちらを護るための防護領域を何重にも展開しているのだから、ただ事ではない事が伝わってくる。
「手伝います!」
「僕も行く! テュポーン!」
『チッ! あの獣、うぜぇ!!』
こういう状況では、壁役は一人でも多い方が良い。サブタンクとしても動けるユナとユウリの二人も慌てて盾を掲げ、光の城壁を重ねてその防御力を上乗せする。それでも徐々に削られていき、僅かに漏れ出た余波だけで、かろうじて残されていた大地も蒸発していく。
つまりこの一撃が大地に向かって放たれていれば、この惑星そのものを容易に破壊する事が出来るだけの威力が、自分たちに向けられていると言う事でもある。
「……不味いな。ヴリトラ!」
『分かっている。黒鱗の、やれるな?』
『オレ様に指図すんじゃねえ、赤鱗の!』
光の威力を少しでも減衰させるため、二頭の竜も獣や悪魔どもにではなく、光に向かってブレスを放つ。
メガセリオンの放った光を僅かに削る事には成功しているが、しかし相手の攻撃が終わる様子はない。徐々に悪魔どももこちらに接近しつつあり、このままではじわじわと磨り潰される事になるだろう。
「……ネクロさん。『コキュートス』を、お願い出来る?」
「レイちゃん? ……出来なくはないけど、『ジュデッカ』までの四重凍獄を連続展開させるのは、あまり自信が無いわよ?」
レイの提案に、防御魔法の詠唱を中断したネクロは、軽く難色を示す。
かつてベヒモスと戦った時に、彼は『コキュートス』と言う冷気系統の最上位魔法を使用しているが、ネクロが使用したのはあくまでもその最初の段階である、『コキュートス・カイーナ』のみに過ぎなかった。
そのネクロが言うように、最大で四連続で放てるという異色の大魔法であり、その難易度や威力は相応のもの。少なくとも灼熱地獄と化しているこの惑星を、その芯である核に至るまで、一瞬で凍らせるだけの力があるのだ。
「構わない。『ジュデッカ』まで使われるとこの惑星が持たないし、それ以前に私達も無傷じゃ済まないはずよ。加減してくれるくらいが丁度いい」
本来なら地獄の最下層を、この地上に顕現させるものでもあるため、現実となっているこの世界でそんな事をしては、自分たちもただでは済まないとレイは見ているのだ。
実際、ベヒモスとの戦いの時ですら、ネクロの放った『コキュートス・カイーナ』は見渡す限りの地表全てを、氷漬けにしてしまっているのである。
「……よくわかんないけど、レイちゃんに考えがあるのね? だったら任せて頂戴。レミジオ、キース。アタシに敵を近づけないで!」
「ハッ、お任せを!」
「承りました」
ネクロが詠唱に入り、彼の従者たちは主を守るべく動き出す。
彼の唱え出したのは短縮詠唱や圧縮詠唱ではなく、正規の通常詠唱だ。時間は掛かるが、今回ネクロは確実性を優先しての選択でもある。それだけ最上位魔法と言うのは難しく、失敗するリスクも存在するのだ。
「あれは……不味いな。シュル、イグ」
「わかってる、マスター」
「こっちに来る赤いやつ、ぜんぶ切っちゃうね」
ネクロに合わせ、レイも最上位魔法の詠唱を開始しているのを見て、この世界を維持する事に力を費やしているクロトは、自身が呼び出した存在であるシュルシャガナとイガリマを、赤い悪魔の掃討に向かわせた。
あれらは元のメガセリオンが呼び出す悪魔とは違う。こちらの世界の神ジユムバークが創り出した悪魔がベースとなっており、あれらよりも多少は強くなっているが、逆にメガセリオンが呼び出す本来の悪魔よりも数段弱くなっている。
少なくとも、ベヒモスの体液から生まれたミニベヒモスとでも言うべき雑魚と比べても、更に弱いのだ。
だからこそこれまでクロトが神剣の力で呼び出した、最高位の天使と魔神の軍勢だけでも、ある程度余裕をもって抑え込めたのである。
これはジユムバークが、メガセリオンと同化したことによって起きたバグのようなものであり、この一点だけは彼らにとって優位に働いていた。
しかしそのバグによって、ユウリ達が不利になっている点も存在する。それが今現在放たれている、終焉の滅光と呼ばれるメガセリオンの攻撃だ。
これはメガセリオンが戦闘の中盤以降、つまり残り生命力が半分を切った辺りで放たれる攻撃であり、文字通り惑星を滅ぼすものなのである。
それがこんな戦いの序盤もいいところで、この大地ではなく自分たちに放ってきたと言う点からして、異常事態だと言っていいだろう。
八つ目の頭でもあるジユムバークの部分を、クロトが事前に潰しておいたお陰か、威力は多少マイルドになっているようだが、それでもプレイヤー達とて重傷から、最悪死に至る程の威力を持つ攻撃であった。
無論それは彼らが無防備に受けていたらと言う前提ではあるが、現実である以上、万が一と言う可能性は十分に存在している。
「……それじゃあ放つわよ。ちょっと遠いから、メガセリオンに直撃はさせられないけれど。『コキュートス・カイーナ』」
慎重に狙いを定め、味方を巻き込まないように、全てを凍らせ封じ込める地獄の最下層の、その表層が顕現した。悪魔どもを氷の塵に変え、メガセリオンの終焉の滅光をも、その力を僅かに減じさせられるだけの威力。
その瞬間を狙っていた、レイも即座に動いた。
「クロトさんも可能なら、防御魔法を展開して。『偉大なる精霊よ、我が声に応えて来たれ。真なる闇を纏う者、全ての光を消し去る者。対は重なり、ただ消えるのみ。アンチマター』」
「……もっと早めに言って欲しいな!?」
彼女の隣で、人の形をした闇の塊が、静かに寄り添った。それは闇の精霊王とされる存在であり、その力を借りた最上位の精霊魔法が発動する。
その正体は反物質による対消滅であり、それをネクロの放った『コキュートス・カイーナ』によって一時的に弱まったメガセリオンの終焉の滅光を、完全消滅させたのである。
無論そんな事をすれば地上どころか、自分たちもただでは済まないのだが、既にあらゆる防御が展開されている状態であり、そしてレイの放つ魔法が何であるかを理解したクロトは、慌てて境界神の力をも使い、『アンチマター』の影響から自軍を保護したのだ。
星一つを消し去るほどの力。そのエネルギーの全てが拡散し、無差別に襲い掛かる。それは力を放ったメガセリオン自身も例外ではなく、獣は大きく傷を負う事となった。それでも獣は健在であり、不遜なる七つの頭は嘲笑にも似た咆哮を上げた。
本来ならこの激突で、惑星は消滅している。それでもまだ彼らが地上に居るのは、間違いなく境界神の力によるものであろう。
「メガセリオンの攻撃は何とかなったが、あまり無茶をしないで欲しいんだけれど……」
そう零したのはクロト。通常の防御方法ではとても間に合わず、境界神としての力を使う事になってしまったのだ。本来この戦いにおいては、この限定世界を維持する事が前提となっていたため、その一部を味方の防御に転用したのである。
突然もいいところの無茶振りであったため、クロトとしても苦言の一つも言いたくなるのは当然であろう。
「終焉の滅光だと分かった瞬間から、並みの方法では防ぎきれないと判断したの。ここに居る全員で防御してもいずれは押し切られるのが分かっていたから、少しでも威力を抑えた上で光を対消滅させて、そのエネルギーを大本に返すくらいしか思いつかなかった」
「……よくもまあ、あの短時間で思いついたものだと感心するよ」
「クロトさんの防御、思った以上に便利だった。今後は大魔法も使いやすくて助かるわ」
「少しは遠慮してくれ! 味方を巻き込むこと前提じゃないか!?」
レイの発言を聞いて、クロトが慌てた様子で反論する。ただでさえ高位の魔法ほど周囲への影響が強い魔法が多く、フレンドリーファイアも起こりやすいのだ。わざわざ自分から事故を起こしに行こうとする行為を、黙って見過ごせるはずがない。
ゲームの時でさえ、そのうっかりで数百人もいた味方の半数近くが戦闘不能になると言う、悪夢のような事件もなかったわけではないのである。現実となった今、そんな事になれば目も当てられない。
「駄目か。そうなるとメガセリオンへの攻撃は、大分威力と範囲を絞らないと不味いのだけれど……『ビッグバン』か『グラビティ・コラプス』辺りで、一気に勝負を決めてしまいたかったな……」
「レイちゃん。流石にそれは人としても、どうかと思うわよ?」
「なんで大丈夫だと思ったんだ。自分で世界を滅ぼすような真似をしないでくれるかな!?」
どうやらレイはまだ懲りてはいないようで、流石にネクロからもダメ出しを喰らっている。それらの影響を抑え込む立場であるクロトとしても、とてもじゃないが看過できるものではない。
彼女が挙げた『ビッグバン』や『グラビティ・コラプス』は、当然ながら宇宙規模の破壊力を誇る魔法であり、現実となった今使えば、味方どころか自分さえも巻き込んで滅びるのは必然ですらある。
かつてベヒモス戦等でネクロが使った『タルタロス』もそれに近しいモノではあるが、あの時は人数が少なかったことに加え、ネクロが上手に範囲を調整していたこともあって、周囲への影響は最小限に抑えられていたのだ。
「……わかってる。なるべくやらないようにはするけど、メガセリオンの行動次第ではまた、クロトさんにお願いするわね?」
「あの、出来るだけこっちの仕事を、増やさないで欲しいんだけれど……?」
状況次第ではあるが、止める気は無いとレイに告げられて、クロトも顔を引き攣らせている。現在、内外からこの限定世界を護っているのであり、それを行使する力が増せば、守るべき外の世界にも境界神の影響が出てしまうのだ。
可能な限り境界神としての影響を排除しておきたい身としては、その力を乱用すると後始末が大変面倒になるのである。
「どうせユウ君やそのドラゴンが暴れたら、被害の規模は変わらないんじゃない?」
「そこは否定できないわねぇ……」
「お願いだから、手加減してくれ。頼むから……」
どこ吹く風と言った様子のレイの言葉だが、その内容には流石のネクロも同意するしかない。自分たちの魔法だけが、厄介な影響を及ぼす訳ではないのだ。寧ろ前衛職であるユウリが全力で暴れる方が、自分たちよりも局地的ではあるがその頻度は多くなる。
その事実を突きつけられ、クロトはただ仲間たちに懇願するしかない。
世界を滅ぼす獣との、最終決戦。まさか立ち向かう側が、手加減をしなければならない等と、誰が考えるのであろうか。




