第三百二十九話「仲間の合流」
地平を埋め尽くすほどの赤。蠢く悪魔の群れに君臨する、邪悪の象徴たる獣。
一歩間違えば、この世界がこうなっていたのだと見せつけられ、城に残っていた者達は恐怖と絶望を味わう。それでも踏み止まれていたのは、敵を異界へと封じ込め、討伐するために力を揮えと、神々に選ばれた戦士たちが居たからだ。
映像に映る赤き竜と同等の力を持つという、黒き竜を従える冒険者。
ヒトの、否、あらゆる生命の理から外れた異端者にして絶大な魔法の力を持つ、死そのものの具現たる不死者。
西の大陸に住まう、エルフの国の女王にして、この世界でも最高峰の実力を誇る、至高の魔法士。
同じく西の大陸の女王の妹を名乗る、天族の女神官。その姿は映像に映る天使と呼ばれる存在に酷似した、聖霊と呼ばれるもの。
この四人がこれから、この絶望的な戦いに挑むのだ。
実際にはまだ戦力は存在しているが、この場に居る者たちには分からないし、一人二人増えたところで大した違いはない。
あらゆる攻撃を受け止め、パーティを護る者。神馬を駆る、人知れぬ聖騎士。
そしてたった一人で、あの邪悪の軍勢を食い止めている、境界神の分身。
これが全戦力なのだ。眉を顰めるなと言われても当然だが、かと言って他に兵を出したところで雑兵など邪魔にしかならないのである。だから見送るしかない。超常の力を持たぬ者に出来る事は、それだけだった。
「我が主。どうか我らもお連れください」
城から飛び立とうとする彼らの前に、そう言って現れたのはネクロの従者にしてユナと同じ聖霊である、アルド・ビューレル。そしてヴァンパイア・ロードのレミジオ・サルダーリ。そして戦闘型ドール・サーバント、キース・パーカーの三名であった。
彼らは恭しく頭を下げ、主であるネクロに懇願し、彼もまた小さく頷いて見せる。
「そうね。少なくともアルドとレミジオが居てくれなきゃ、あそこに飛び込むのが厳しいのは事実よ」
「ネクロ様。このキースめも」
「……わかったわ。キースにも戦闘の参加、お願いするわね」
今回の戦いにおいて、戦力の出し惜しみはするべきではない。この世界でも突出した戦力である以上、連れて行かない選択肢はなかった。
大事な従者を失うかもしれない戦いに、ネクロは僅かな迷いを見せた後、彼らの申し出を受け入れる。そんな自身の主の気遣いに、従者たちはただ平伏し、口々にその偉大さを称え始めた。
「……ま、頑張りましょう。限定世界に突入するまで、貴方も頑張ってね?」
「ああ。お気遣い感謝するよ」
「大変でしょうけど、もう少しの我慢ですよ」
気持ち声を抑え気味にレイが言うと、何もない虚空から返事が返ってきた。ここには居るが、姿は見えない。魔法で姿を隠蔽しているベリエスを気遣うものであり、ユナも彼を元気づけようと言葉をかけた。
彼は自国の立場上、正体を明かせない事もあって、こうやって隠れて参加するしかなかったのだ。そして他のプレイヤーたちとしても、自分たちと同レベルの仲間は一人でも多い方が非常に助かる。
「全員それぞれ飛べるから、そのまま行こう。一応前線から離れた場所に出現するよう調整するけど、中に入ったら即交戦に入るものと思って注意してくれ」
そうクロトが説明し、それぞれが準備を完了させて、空へと飛び出して行く。
この場に居るクロト自身は、あくまでメッセンジャー用の分身なので一緒に行く意味はないのだが、その場の空気と言うやつだ。
「よし、行こう。テュポーン!」
『おう、乗れユウリ!』
ユウリの頭に陣取っていた、小さな黒竜が軽やかに飛び上がり、そして真の姿である巨体を顕現させる。
少年は軽々とその頭に飛び乗り、先導するクロトに続く。同様に他の面々も天空城から飛び立ち、決戦の場へと向かうのであった。
「もうすぐ皆が来るな。シュル、イグ! そろそろ神の城に戻りなさい!」
「えー? 残って一緒に戦っちゃ駄目なの?」
「駄目だ。元々の能力とはいえ、神が意志を持って具現化し、自身である神剣を振るえるなんて知られたら、どんな面倒が起こるか分かったものじゃないからな」
駄々を捏ねるシュルとイグを諭しつつ、クロトは目の前の敵を抑え込みつつ、どうやってこの世界を維持しようかと頭を悩ませる。それと同時に大神雷霆と開闢焔源を解き、彼の持つ双剣は普段の姿を取り戻した。
自分たちが暴れている時点でも、かなりこの世界にダメージを与えているので、プレイヤーが勢揃いした後の崩壊は確定したも同然である。この大地、この惑星自体が消滅するのはいいが、それを内包する世界、即ち宇宙そのものさえも破壊されかねない。
限定的な世界とはいえ、宇宙ごと滅びるのだから、そのエネルギーは膨大なものであり、そんなものが外の世界で解放されれば、結果は火を見るよりも明らかであろう。
それは自分たちが守るべき、元の世界までもが大きく損なわれる。最悪、何もかもが滅びるのだ。
だからこそ境界神クロトがそんな事態にならぬよう、彼らが暴れても大丈夫なようにこの世界を守る必要があった。
「だったら尚の事、僕らは必要ですよね。マスター?」
「は……?」
「シュルシャガナは浄化の儀式を、イガリマは門の守護者を意味するんだよ。つまりマスターのおてつだいは、得意ってわけ」
原典である二柱は特に伝承の残されていない下位の神とは言え、その名の意味するものが彼らの役割と考えられても不思議ではない。そして実際にこの世界で具現化している以上、二人は境界神の補佐をするという意味でも適した能力を有している。
クロトは微妙な表情をするが、しかしそこまで言われてしまっては、これ以上強く帰れとは言い辛い。赤竜のヴリトラや天使や魔神が数多く居るとはいえ、自身の周囲を護れると言う意味でも、この二人が居るのは確かに心強いのだ。
「……っ、時間か」
転移の反応。つまりユウリ達がこの世界へ、応援として駆けつけてくれたと言う事に他ならない。クロトは大きく息を吐きながら渋々、二人に許可を出すのであった。
「これは……酷い光景ね。早速だけど、全力で薙ぎ払うわ。ユナ、寄ってくる雑魚はお願い」
「は、はいお姉ちゃん!」
この世界に入り、一瞬顔をしかめた後。レイは即座に美しい空色の鱗に覆われた、巨大な龍を召喚する。その巨大さは真の姿となった黒竜と同等であり、その上に乗って悪魔や獣を薙ぎ払う為の詠唱に入る。
そんな姉の補助に回るべく、ユナは広範囲を聖域化し、悪魔達の勢いを削いでいた。
「いやいや、一応ちゃんとした専業タンクが、ここにいるんだけどな?」
隠蔽を解いたベリエスは神馬グルファクシに跨ったまま、彼女たちに苦言を呈するのだがあまり意味はない。そして彼も馬上槍の魔力砲撃を行った後、ここに来て初めて彼自身の高位聖剣を抜き放ち、長く伸びた輝く刃で敵陣に切り込んでいく。
「じゃ、こっちも頑張らなきゃね。レミジオとキースは遊撃をお願いするけど、こっちの攻撃に巻き込まれないように気を付けて。アルド、アタシのサポートは任せたわ」
「っしゃ! お任せを!」
「承知いたしました。ネクロ様」
「ハッ! 全力で遂行いたします!」
ネクロ達もすぐに動き出し、陣形を組む。ネクロを中心に、正面をアルドが守り、レミジオとキースが両翼を担う形だ。キース自身は空を飛ぶ機能は無いものの、その辺はネクロから与えられた装備でどうにでもなる。
無数の光が天から降り注ぎ、悪魔どもを焼き払うものの、されど獣までは遠く。赤い悪魔そのものが壁となって、攻撃の威力を削いでいくのだ。
この世界を埋め尽くす敵を前に、一掃するべく大魔法の詠唱に入るのだった。
「テュポーン!」
『ユウリ。ベヒモスの時と同様、まずはオレ様が奴らを薙ぎ払うぞ!』
「わかった。任せたからね」
そう言ってユウリは寄ってくる悪魔を、使い慣れたスキルであるアンサラーを放ち、山や海などもお構いなしに切り払っていく。同様に彼の相棒であるテュポーンのブレスが、その周囲に展開された無数の魔法が、群がる悪魔を一切寄せ付けない。
山々を消し、海を溶かし、空を燃やす。絶え間なく聞こえてくるのは、悍ましい呪いの言葉と断末摩の悲鳴。およそこの世のモノとは思えない光景が、彼らの目の前に繰り広げられてる。
雲霞の如く押し寄せてくる悪魔を蹴散らしながら、彼らは獣に向かって突き進む。彼らの向かう先に、孤軍奮闘を重ねてきた仲間が待っているのだ。
テュポーンが黒いブレスで道を開き、その穴を埋めようとする悪魔どもを、同時展開した強大な魔法で滅ぼしていく。最高位の古竜の容赦のない攻撃に続けとばかりに、広範囲に、世界そのものを破壊する大魔法を、レイとネクロが解放していった。
ユウリ、ユナ、ベリエスの三人は派手さには欠けるものの、魔法を使う者達を守るように立ち回り、隙が多くなりがちな魔法士たちを堅実に守護していく。
最早どちらが天地であるかの見分けも付かず、赤々と燃え盛る大地と、あらゆる天災が降り注ぐ空。まだかろうじて、大地は大地としての姿がある辺りは、この世界はそこそこ頑丈なのだろう。
敵の数も大きく減りはしたが、未だ獣からは赤い雫が溢れ、悪魔となって生まれてくる。特に潰れたような、未だ傷の癒えていない八つ目の頭だったものからは、特に多くの悪魔が吐き出されていた。
彼らが戦闘に入ってから、まだそう長い時間は経っていない。明らかにベヒモスと戦った時よりも、ペースが速いとユウリやネクロは感じている。プレイヤーが揃うと言う事は、こういう事なのだと。
しかしそんな光景よりも、彼らが微妙な表情をするものが、漸く合流出来た仲間のもとにあったのだった。
「クロトさん……流石にちょっと、こんな場所に裸の子供がいるってのは、どうなの?」
少しだけ落ち着いたからか、合流したレイがクロトに非難の視線を浴びせる。
彼女の言うようにクロトの両脇には、二人の少年が居る。シミターだけを持った、全裸の男の子が。
この悍ましい世界、光景の中で如何にも餌ですよと言わんばかりの存在が居れば、苦言の一つも言いたくなるのは道理であろう。他の面々もだが、当然のようにユウリでさえもドン引きしている。
「あー……その。援軍というか、俺の手持ちというか。あと服を着ないのは、こいつらの我儘というか」
「シュルです。マスターの守護と手伝いは、僕らがするのでお構いなく」
「イグだよ! シュル兄といっしょに、マスターを守るよ!」
気まずそうに視線を逸らすクロトの隣で、二人の裸の少年が無邪気に笑っているのだ。ただその実力は確かであり、迫りくる悪魔達を軽々と切り捨てているので、色々と訳アリなのだろう。
それでも防具どころか服すら着ていない点については、白い眼を向けられるのはごく当然の事である。仲間たちからの視線が、ますます冷たくなっていくのを感じたクロトは、慌てて言い訳をするべく口を開く。
「いやだからこいつらは、神双剣児シュルシャガナ・イガリマなんです。自立型の特殊能力持ちの」
「え!?」
「シュルシャガナ・イガリマって、確か半透明の子供の幽霊みたいなのが、剣を持って自動的に戦ってくれる神器よね……?」
クロトの必至の説明に、ユウリやレイが驚くのも無理はない。明らかにゲーム中との性能や姿に、大きな隔たりがあるのだから当然だろう。
「神が神器を使うと言う事は、こういう事も起こるんだって思ってくれ……いやもう本当に、俺のせいじゃないんだ」
「でもマスターは、こういうの好きでしょ?」
「うんうん。マスターは喜ぶし、僕らは好きな格好でいられるし、ウィンウィンってやつだね」
「二人とも黙ってなさい」
色々と不名誉な評価をされそうなので、クロトも割と必至である。
文化の違いや風習もあるだろうが、古代の神ですら彫像や絵では男女関係なく、全裸である事はそう珍しい事ではない。珍しい事ではないのだが、現代の価値観とは相容れないのも当然だろう。
そう主張するのだが、どうにもそれだけではなさそうな雰囲気が、二人の少年から見え隠れする辺り、業の深い話である。
この世の最後の如き光景。世界を埋め尽くす悪魔。それを生み落としながらこの世界から脱しようとする獣。そんな最悪の状況の中で、どこか締まらない空気で決戦に挑む彼らなのであった。
おかしい。真面目な最終決戦のはずなのに……?




